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(なんでこんなことになったんだろう)
そう考えながらフィーアは馬車に揺られていた。
答えはわざわざ考えるまでもなく明白だった。驚きのあまり思考が止まっている間に、騎士に言いくるめられてしまったからだ。
「だって、予想だにしないもんねぇ」
作りが良さそうではあるが揺れの激しい馬車の中にいるのはフィーア一人きり。誰にも気兼ねせずにいられるのはありがたいが、受けた衝撃の余韻がなくなってしまえば追ってやってくるのは疑問だらけ。
「だって、聞いてないもんねぇ」
フィーアははあとため息を漏らした。
「私の父親がこの国の王様って、どーゆーことよ」
呟いたところで、もちろん答えは返らない。
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フィーアの元にやってきた騎士は、彼女がそのことを知らないだなんてとんでもないと言わんばかりの態度だった。
「貴女のお父上、国王陛下がお呼びです」
驚いて固まるフィーアに対する配慮など騎士は持ち合わせていないようだった。
「背に腹はかえられぬと仰せでした。このようなことで呼びたくはなかったと」
「ど、どういうこと」
畳み掛けるような騎士に、フィーアは動揺しつつもなんとか尋ねることができた。
「ボーゲンシュットの王太子殿下が、こともあろうに姫様にお会いしたいだなどと言い出されまして」
「え、いや、そーじゃなく」
「もちろん陛下は一旦は断られたのです。しかしそもそも姫様のことを自慢して殿下の興味を煽ったのは陛下。何度も打診されれば外交上断りきることもできず、私が任を受けました」
騎士はフィーアの疑問に気づいた節もなく、自分の言いたいことを言いたいように告げた。
そして唖然呆然とするフィーアを着の身着のままで連れ出して、近くに待機させてあった馬車へと押しこんだのだ。
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騎士自身は護衛と称して馬車を先導するように走っているようだ。
一緒にいたところで堅苦しいだけだろうが、いないことには質問に答えてもらえるわけもなく疑問が解消されるわけがない。
「つーまーりー」
眉間にしわを寄せて、フィーアは記憶をたどる。ツァルトは自分の住む国だ。住まいは国土の端に位置しているけども、それなりには中央の噂が届く。
ツァルトの現在の国王陛下にはお妃さまが三人いる。他国から嫁いできた正妃さまに、この国出身の側妃が二人。そして、王子が三人に、王女が一人――と、言われている。
「でも、存在が知られていない娘がもう一人いましたって、こと?」
信じられないわと続ける言葉にはいろんな意味合いがこもっている。
その当事者が自分であることもそうだし、仕事で関わる以上に王族や貴族に関わろうとしない母がよりによって一国の主と子供を作ってしまったこと。
フィーアはカリカリと頭を掻いた。
「魔女は、そういう権力を結び付いちゃいけないんじゃなかったの?」
首を傾げて呟いても、当然答えはどこからも返らない。フィーアは魔法を使えず、だからして魔女じゃない。魔女の掟のあれこれなど何かの拍子にちらと聞いた位だから、確信は持てない。
「だからこそ、私になんにも知らせてないってことはあり得るのかなー?」
それにしてはあの騎士と自分が昔面識があるらしいというのは解せないが。
「母さんのことだから、なんか勢いでやらかしたんだろうけど……よりによって国王様ってなー」
フィーアはフィーアなりに存在を知らない父のことを想像したこともあったが、母のことだから二度と会わないような相手と勢いでなんだろうなあとおぼろげに悟った気になったから、あえて尋ねたことはなかった。
そもそも、魔女はちゃんとした所帯をもつことがまずない人たちばかりなのだ。知り合う魔女知り合う魔女全員そうだから、父という存在に期待をもつことは不可能だった。
「それにしても」
益体もない考えを頭を降って追い出して、フィーアは息を吐いた。
「一番信じられないのは、王様にもう一人娘がいたってことなんだけど」
その娘が自分であることをさておいて、フィーアは思いを巡らせる。
当代の国王さまは正妃さまの生んだ王太子さまよりも何よりも、三番目のお妃さまとの間の王女さまを溺愛していると下々にまで伝わっている。
病弱だからめったに姿を見せないらしいけれど、その実王さまが溺愛しすぎて大事にひた隠しにしているんじゃないかともっぱらの噂だ。
フィーアの住む田舎でも、そんな話を聞くくらいだから相当の物だろう。なにせ、王さまの他の子供、つまり王子さまの話は三人いるというくらいしか伝わっていないくらいだ。
「娘がもう一人いるってのなら、もうちょっとは可愛がってもらえてもいいんじゃないの、私」
想像しようとしても夢が見れなくて、例えばマリーならと想像してしまう自分にフィーアはため息を吐いた。
「誕生日にドレスと花を送ってくれて、なんて言いそう」
思い返してもカードさえ送ってもらった記憶がない。
もう一度息を吐いて、フィーアは窓の外を見た。がたごと揺れるその外は、木々が次々に後ろに遠ざかって行っている。
もうすぐ日暮れだと思うと、憂鬱な気持ちが湧いてきた。
「例え自分の血を引いていても魔女の娘に愛情があるわけがないってことの証明よね」
だとしたらなんで自分が呼ばれたのか、想像するだけで嫌になりそうだった。
「――つまりは、大事な大事な王女さまを誰にも見せたくないもんだから、今まで捨て置いていた娘を身代わりにしようって話じゃないの」
あーあとフィーアは息を吐いた。本当に夢も希望も全くないわとささやいた声は、騒々しい音にかき消されてすぐに消えた。