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その交流はうまく行きそうなこともあれば、そうでないこともある。
日に何度も人払いをできないし、その時間は限られているから仕方ない。交流しようと言っても、共通点が少ないのも問題だ。
例えば、フィーアが王城に来る原因となったボーゲンシュットの王太子に関する話題は失敗だったと言える。
フィーアに丁寧に応対してくれるとはいえ、内心思うところがあるのだろう。
「なんでその王太子さまは私に会いたいんだって言ったの」
聞いたフィーアにしてみたら、とりあえず間を持たすためだけの気軽な質問だった。
まさか病弱設定の王女と他国の世継の縁談はないだろうから少し不思議だなとは思っても、絶対に理由を知りたいというわけでもない類の。ほんの少しは知っていれば応対に差が出るかもしれないなーとは思うものの、ボロが出たらまずいからいざとなれば「少し気分がすぐれませんの」とでも言って逃げるつもりなので知らなくても大差はなかろう。
その気軽な質問に、アルトベルンは目に見えて気分を害したようだった。
「陛下が、かの殿下に姫さまのことを自慢して興味を煽ったからだとすでにお伝えしたと思いますが」
「あー、そういえば聞いたかも。で、あの人がそんなことで呼びたくなかったけど背に腹は代えられないとか言ったんだったっけ」
フィーアの言葉にアルトベルンは「そのように呼ばれると陛下は悲しむと思います」と前置きして、
「それはもちろんそうでしょう。確かにボーゲンシュットは我が国にとって重要な国ですが、無理を押して対外的に病弱のため療養されている姫さまを呼びもどしてまでかの国の機嫌を伺う必要は本来ありません」
そう不機嫌に続けた。
「ふーん。それなのになんで私をその王太子さまに会わせることにしたの?」
「それは……外交上断れない問題が生じたら姫さまを呼び戻すことができるだろうとの計算が働いたから、でしょう」
フィーアは思わずなるほどと呟いた。
そこまでして会いたがってもらったのはありがたいが、なんだかなあとフィーアは思う。あの国王陛下という存在の父はきっと娘という存在に幻想を抱いている。
フィーアにとってみれば降ってわいたような父は、すんなりと存在を受け入れるのにやや難がある。フィーアに受け入れ態勢が全くできていないにも関わらず、多すぎるくらいの愛情を注ぐ気満々なところが特に。政務に忙しく、あまり自由時間がないのはフィーアにとっての幸いであった。
「婚姻相手を探している王太子相手に姫さまを自慢するなんて、私には何をお考えなのかさっぱりわかりませんが」
棘のある口調でアルトベルンは続ける。それって不敬じゃないのかしらと思いつつ、フィーアは素直にそれに同意した。
「その王太子さまが奥さん探してるなら、そんな人に娘をアピールするってのは馬鹿がすることだと思うわ、私でも。うちの娘はどうって言ってるようなもんじゃない」
「条件反射だったのだと思います」
フィーアの言葉に深々とうなずいた彼は、深いため息とともに言った。
「じょうけんはんしゃ?」
「陛下は、姫さまのことを尋ねられると自慢せずにはいられない方なのです」
「なんでよそれ」
それこそ反射的にフィーアは呟いた。
「国王陛下が娘ラブなことは田舎に住んでた私が耳にしたことがあるくらい有名だからわかるけどさー。実際わが身のことを考えると謎すぎるし」
「そうですか?」
「なんでそこで不思議そうな顔すんの」
実際はそんなに表情を動かさなかった男にフィーアは八つ当たり気味に突っ込みを入れる。
「わかんない? あの人は私の記憶にさっぱり残ってないくらい長いこと会ってなかったんだけど。自慢できる要素があったとしても、遥か過去の記憶頼りでしょ。その自慢話で私に会ってみようって考えた王太子さまも意味不明なんだけど」
ぽんぽんと続けるとアルトベルンは何とも言い難い顔になった。
「姫さまが城外で療養されていて、城に詰め通しの陛下とあまり会うことができないのは周知のことですから」
「あまり以前に、私の記憶にある限り会ってなかったけどね」
「――定期的な報告は受けておられたのです」
「は?」
裏返った声を上げるフィーアに、ひどく言いにくそうな顔でアルトベルンが告げた事実はこうだ。
「姫さまの母上さま、つまり深き森の魔女たる第三妃ファーラさまが、せめてもの情けだと王室の方々に姫さまの状況をお知らせされていたそうです」
「初耳なんですけど」
「そのようですね」
こくりとうなずいたアルトベルンの表情は何とも言い難い渋い顔だ。
「まさか当人である姫さまがご存じないことだとは、私も予想だにしておりませんでした」
「母さんが勝手なのはいつものことだし。でも、私の状況を報告って言っても、別に自慢できる要素は何にもないと思うんだけど」
森での生活を思い起こしても目新しいことなんて何にもない。きらびやかな世界で暮らす王室の方々には目新しいのかもしれないが、田舎暮らしは決して自慢にならないだろう。まさか病弱の姫が自分で家事をして生活しているなんて話すわけにもいかないはずだ。
「そう、でしょうか?」
なのにどこか不思議そうにアルトベルンが呟くのが不思議で、次に思い当たった。
「待って、私のことを尋ねられると自慢せずにいられないっていうことは、周りの人間は少なからずその被害にあってたってこと? あなたも?」
一体何を自慢することがあるのと思わず呟き、答えを寄こそうとした彼に慌てて待ったをかける。
「いい、言わないで。なんか聞いてもろくなことじゃない気がするわ!」
「そうですか?」
アルトベルンはどこか残念そうだ。これまで自慢に自慢を重ねられた腹いせに本人を褒め殺して身もだえさせて溜飲を下げる気だったのだろうかとフィーアは瞬時に勘ぐってしまった。
「陛下も殿下方も、いかに姫さまが愛らしいのか常に真剣に語ってらっしゃいましたが」
「ちょっ、愛らしいとかそれ誰の話……」
思わずうめいたフィーアの言葉にアルトベルンは当然のような顔でこう答えた。
「もちろん姫さまのことですよ」