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魔女の娘の秘密  作者: みあ
本編
18/53

18

 王城にいる誰もかれもが、久しく城に現れた王女に優しい。

 フィーアに付けられた侍女たちももちろん国王陛下の愛しいいとしい愛娘の素性を知らず、とても丁重に扱ってくれる。


 それが不満というほど傲慢ではないが、記憶のない昔はさておき育ちが一般庶民に近いフィーアには気詰まりだった。フィーアはまだまだ若い少女だが、新しい環境にすんなりなじめるほど純粋ではないのだ。


 だから、フィーアは時折人払いをして自分の時間を楽しむことにした。

 病弱な王女はあまり活動範囲を広げるわけにいかないのだから、そうするしかない。親身になってくれ、王女の身を心配する侍女たちを追い出すのは気が引けるが、息がつまりそうになるのだから仕方ない。


 しぶしぶそれを受け入れた侍女たちだが、代わりとばかりに突きつけられたのがアルトベルンだけは傍に侍らせておいて欲しいという要望だった。真剣な顔で「お一人の間に姫さまの身に何かあれば心配ですから」と理由を告げられれば拒否はできず、苦渋の末にフィーアはそれを了承した。


 苦渋の末だったが、案外悪くない判断だったと思ったのは実際二人きりになってしばらくしてからのことだった。


 初めはなんでこいつと二人きりなんだと不満だったことを否定できない。


 年頃の娘と男を二人きりにさせることにそもそも問題があるような気がする。

 たとえその娘が王女で、男が王女に忠誠を誓った騎士だとしても。本当のことを考えれば余計に問題がある気がする――まあ、男の方は魔女の娘になんぞ興味はなかろうが、一応は年頃の娘であるフィーアにとっては居心地が悪いにもほどがある。


 しぶしぶその意見を撤回しようと考えたのは、割り切ろうと思ったからだった。

「そんなに突っ立ってないで、ちょっとこっちで座ったら?」

 何を割り切ることにしたかというと、彼の前で猫を被ることをだ。


 自分の時間に気軽に過ごそうと思ったのに、それを咎めるように真顔のアルトベルンがいたらたまったものじゃない。だけど、彼は数少ないフィーアの正体を知る人物なのだ。

 事情を知らない他の誰かが残ったより、その点でははるかにマシだ。


 そのようなわけには、と真面目に渋る彼を半ば脅すようにしてフィーアはなんとかアルトベルンを席に座らせることに成功した。


 彼を脅すのは実に簡単だ。猫を被って、王女の権威を振りかざせば一発である。真面目な彼はそれでも一瞬眉間にしわを寄せて、「そこまでおっしゃるのでしたら」としかめつらしく呟いてフィーアの意のままに座った。


「私、思ったんだけど」

 アルトベルンが座るやいなやフィーアは再び猫を取り払った。


「気兼ねしないでいい人間の前で、お上品にふるまう必要はないわよね!」

「……と、おっしゃいますと?」

 フィーアの唐突な主張に、彼は驚いたように目を見張る。フィーアは拳を握り締めて、テーブルに身を乗り出した。


「あなたが一番よく知ってると思うけど、私育ちは上品じゃないの。わかるわよね? 田舎に住んでたんだからそんな必要、ほとんどなかったの」

「ええ、まあ。どうやらそのよう、です、ね」

 渋い顔でアルトベルンはフィーアの主張を認めた。


「あなたはご不満だろうけど、四六時中気を使って過ごすなんて息が詰まるのよね。だから悪いけど、二人きりの時は気を使わないから!」

 びしっと言いきると、あまりの勢いに押されたのか彼は一瞬言葉を失ったようだった。


「心配しなくても、いつもは取り繕うからそれでいいわよね? 今までもそこそこうまいことやってたでしょ?」

 その隙にフィーアはたたみかけるようにまくし立てた。

「細かいことに目をつぶって、話し相手になってくれると気晴らしになってうれしいんだけど、どう?」

 言いたいことを言い終えて、フィーアはじっとアルトベルンを見つめる。


 アルトベルンは目を見張って身じろいだ。監視するようにフィーアを見ていた彼からするとあり得ない要求だっただろう。だが断るというなら、次の脅しも考えてある。


 王女らしく「私の言うことを聞けませんの」とでも言えば真面目な彼は立場上断れないだろう。「気晴らしできないなら侍女の前でボロが出るかも」と脅すように主張するのもありか。「言うことを聞かないならあなたに襲われたって吹聴するわよ!」というのも、彼の立場を悪くするから有効か――いや、さすがにそれは身を切りすぎだから最終手段か。


 フィーアが断られることを前提に次の言葉を考えていると、ようやくアルトベルンは結論を出したらしい。

 具体的にはため息をひとつ漏らした。


「わかりました。それが姫さまのご希望なのでしたら」

「えっ」

 てっきり一度は拒否されると考えていたフィーアは驚いた。


「い、いいの?」

 口ごもった挙句におずおずと問いかけると、アルトベルンはゆっくりとうなずく。

「――姫さまこそ、よろしいのでしょうか?」

 フィーアの問いかけには、疑問が返ってくる。フィーアは目をしばたたいて首をかしげ、その様子を見ながらアルトベルンは言葉に迷うように視線を宙にさまよわせる。


「私は気の利いた話題など提供できませんので」

「――えーと」

 迷った末の言葉はあまりにも真面目な響きを伴っていて、フィーアは思わず口ごもる。


 最初からそんなものを期待していないし、他に選択肢がないから「姫さまらしからぬ行動」にだけ目をつぶってくれれば御の字だと無茶ぶりしてみただけのつもりだったのだが。


 どうやら真剣に話し相手を務めてくれる気があるらしくて、意外だ。

「べ、別に気の利いた話題を求めてるわけじゃないし。適当に息抜きに付き合ってくれたらそれだけでありがたいから……」

「そう言っていただけると気が楽になります」

「そ、そお?」

 真面目な騎士はどこまでも真顔でうなずいた。


 フィーアはすっかり毒気が抜けて、呆けたようにきりりとした顔を見つめるしかない。

 最初に見た時から変わらぬ、整った美貌。一つ一つのパーツが綺麗な上、実にバランス良く配置されている。その美貌のせいか丁重な言動をされると冷たく見えるのだが、見えるだけで話せば案外悪い人ではないのかもしれない。


 なにせ、王女とはいえ育ちのよろしくない魔女の娘のフィーアに、どこまでも丁寧に対応してくれるのだから――時々、何とも言えない棘を感じることがあるが、少なくとも今は感じない。

 頑張って猫を被り続けた努力をいつの間にか認めてくれたのかもしれない。


 そんなわけで、近頃のフィーアはアルトベルンと密かな交流を楽しもうとしている。

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