15
この際だからで始まった話は、大筋でフィーアの予想通りだった。
魔女である母は契約により側室に収まり、契約により城を去り、しかして契約が故に戻ってくることになった、らしい。
詳細はまったく予想外だったけれど。
深き森の魔女は独り立ちしてからずっとツァルト国の辺境の森の中に居を構えていた。
魔女はあちらこちらの国に行き仕事をするけれど必ず住まいを持つ。何故ならば、形として住まいを持たなければ依頼を受けることも出来ないからだ。
居を構えるところはどこでも構わなかったとファランティアは言った。だけど、なにかと煩わしい都会よりは田舎がよいし、北の国よりも南の国が良かったと続けた。
何故かと問うたフィーアに母は真面目な顔で言った。
「北方の国はあたしたちの力を自分の都合のいいように扱うことしか考えない。対して南側はわりあいあたしたちを尊重してくれるからね」
歴史的な話になるから簡単にとファランティアは本当に簡潔に説明をする。
「北には昔悪い魔女がいて、南にいい魔女がいただけの話さ。仕事が多いのは北の方でも、住むには南が居心地がいいってことだ」
「なるほど」
フィーアは身にくすぶる違和感が少しだけ減ったことを自覚した。思いのほか歓迎されたのはこの国が南側に含まれているかららしい。どこを境にして魔女に対する印象が変わるのか地理に疎いフィーアには分からなかったけれど、いつか見た世界地図ではツァルトは確かに南寄りに位置していた。
「だからといって、いつまでもそれが変わらないわけじゃあない」
現に、とファランティアはツァルトよりも南にある国の名をあげて「あそこの二代前の国王は魔女を厭っていた。一人魔女が住んでいたが、一時期住みにくくなったとボヤいていた」とさらりと言った。
「北の方に比べて魔女を尊重してくれると言っても、結局あたしらは異端だ。それに嫌悪を示す人間は住む場所問わず、どこにだっている」
それはフィーアが身をもって知っていることだ。魔法も使えない魔女の娘でもそう扱われるのだから。
同意の意味で一つ頷いて、フィーアはそれと現状がどうつながるのかと首をひねる。
「だから、あたしは住まいがあるこの国が世代交代する時は確認することにしている」
口にしない疑問に答えるように母は告げた。何を確認するかは言うまでもないことなのだろう。国王を、だろう。
「あたしは城に潜り込んだ。潜り込むのには難がある場所でも、まったく手がないわけじゃない」
「やっぱり魔法を使ったの?」
「いいや、真正面から雇ってもらった。中枢深くない、騎士団くらいなら身元定かでないあたしでも簡単に下女になれた」
フィーアは驚きで目を見開いた。
「ちょっと待って、母さんが下女ですって?」
「そうさ」
「下女ってあれよね、使用人とかそういった類の、下働きするアレよね?」
娘の驚きを無視して母はしれっとうなずいた。
「そんな枠に母さんが収まるの?」
フィーアにとって母は人に媚びない尊大な魔女だ。長い時を生きる魔女にとって、普通の人間は子供に等しいのだろうとなんとなく思っている。
気にくわない依頼をあっさりと袖にしても許される魔女が、どんな理不尽な命令でも飲みこんで身を粉にして働く王城の下働きに身をやつすなんて想像もできなかった。
そんな面倒そうなことをするくらいならあっさり住みかを変える母なら想像ができるのだが。
「あんたはあたしを何だと思ってるんだい」
「母さんだと思ってるけど」
当たり障りのない返事にすっと目を細めた母はしかし深く突っ込んでくることはなく、苦々しげにため息を吐いただけだった。
「結果として、下女なんて十日としなかったがね」
「仕事がつらかったから?」
いざとなれば魔法でいくらでも手抜きができるんだからそんなわけないかと口にしてから気付いたが、フィーアは返答を待つことにする。
「まさか。このあたしにつらい仕事があると思うかい?」
「ないよねえ。掃除でも洗濯でも水汲みでも、魔法があれば簡単なんだし。でも、人目があったらやらないわけにいかないよね?」
「そうさね」
ファランティアは重々しくうなずいた。そして、それが問題だったんだよと顔をそらして続けた。
「その手抜きがバレなければね」
「えっ」
フィーアは驚きの声を上げて、自分から顔をそらした母の横顔を眺めた。
バツの悪そうな母がすぐに言葉を続けないので、ぐるりとめまぐるしくフィーアの想像はめぐる。けれど、王城で正体がばれるなんて発端から最終的に側室になる結果に至る工程は、いかなフィーアでも予想がつけられない。
「そいつは近衛騎士の制服を身に着けていた。下女の姿をした魔女の目的を怪しむでなしに、平然とその目的を聞いてきたからあたしは答えた。新しい国王が魔女を厭う人間じゃないかを調べに来て、目的は果たしたようだとね」
「えええ?」
フィーアは驚きの声をあげた。それを見てファランティアはにやりとする。
「近衛の騎士っていうのは王族に近しく、忠誠を誓ったような人間だよ。そんな騎士が魔女に敵意を向けるでなく普通に応対してくれたなら、トップである国王もそう悪くないだろうと思ったんだよ」
「なるほど」
部下がそうでも上がそうとは限らないが、最終的に魔女と知りながら母を側室にしたのだからその判断は間違ってなかったのだろう――フィーアはそう思った。
「そいつはあたしの目的を聞くと笑って心配ないと言った。次の国王は温厚だし、聞いたことはないが取り立てて魔女のことを疎んでいる節はないと」
「それで目的を果たして下女をやめたとして――それでなんで私が産まれたの?」
どう考えても、下女の真似事をした母が国王に見染められるとは思えないので、フィーアは思い切って尋ねる。
「魔が差したんだよ」
ファランティアはそれに後悔を覚えているような苦々しい顔で、ぼそりと呟くと再び言葉に迷うように沈黙した。




