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男性陣が部屋を出て行くと、途端に室内には静けさが戻った。
「まったく、あの方ときたら」
ため息混じりにぼやいたのはサリアナ。ゆるゆると頭を左右に振ると気遣わしげにフィーアを見やる。
「驚いたでしょう」
「――いろいろと」
問いかけにフィーアは素直に同意を返した。色々な疑問が短い時間に詰め込まれ、そのくせ解答は一つとして得られない。
どこから手をつけていいのかさっぱりなフィーアがわかったのは、誰もが確実に自分が魔女の娘だと知っているうえでどうやら好意を抱いてくれているらしいことだった。
そして、あまり世間には知られていないはずの母の名を愛称で呼ぶことを許されているらしき王妃サリアナが、きっと間違いなく母のお気に入りであること。
「王妃さまは――」
呼びかけたフィーアに「サリアナ母さまです」と彼女は冷静に訂正してよこす。固辞する元気もなくフィーアが言い直すとサリアナは満足げにうなずいた。
「母と親しいんですか?」
「ええ、親しくして頂いています」
表情は薄く真意は見えにくいが、サリアナが魔女を厭っている様子はないように見える。それがフィーアには不思議で、新鮮だった。
何をどう聞けばすべてが理解できるのか、とっかかりさえ見いだせない。
「陛下の御心もわからないではないですけど、性急に過ぎますね」
「はあ」
なので、同意を求めるように視線を向けられても曖昧にうなずくことしかできない。
「不在の時にあなたを連れ出すなどファラがどれだけ怒るかわかりそうなものですのに」
「ボーゲンシュットの方がいらっしゃることが正式に決まったから、気が急いたのでは?」
マイラの言葉にサリアナは唇の端を上げた。
「あちらの要求をむざむざと飲んだのがそもそもの間違いだとファラなら言うでしょうね」
「それは……陛下はお優しい方ですから」
フィーアの理解の及ばないところで話は進んでいく。救いを求めて沈黙を守っているアデレイドに視線を向けても、訳知り顔で口をつぐんだままだ。
公爵令嬢といえど、王妃と側室の会話に入るのは抵抗があるのかもしれないなとは思ったが、少しは解説してくれてもいいではないかとフィーアは思うのだけど。
「それは否定はしませんが」
サリアナはため息を漏らした。
「陛下はそこまで甘くはありませんよ」
「かの国との間で事を荒立てたくなかったのでは?」
「無理を押してきたのはあちら。我が国に非はありません」
「ですが、最終的にはかの国の要求に応じたのですから、誠実に応える義務がありますでしょう」
マイラの言葉に「そうですけどね」とサリアナはうなずいた。
硬質な雰囲気のサリアナに対してマイラは柔らかい。ポンポンと交わされる言葉が険悪にならないのはマイラの柔らかさが原因だろうか。
うなずきはしたもののサリアナは自らの主張を退ける気はないらしく「ですけどね」と続けた。
「どうにかなったことをどうともせずにあちらの次期国王に恩を売り、事後承諾でフィーアを呼びよせるなど、したたかに計算したうえでの行動でしょう――その結果ファラの怒りを買うことだけは、なぜか計算外のようですけどね」
サリアナは辛辣に言い切り、「ああ」と納得したようにマイラは首肯した。
「あの方がお怒りになることだけは、よくわかります。ファラ様がいらっしゃらなかったのでは、事後承諾は仕方ないことと思いますけど」
「マイラ、貴女も甘い」
打てば響くようにサリアナは言った。
「いいですか。我が国の王女は病弱ということになっているのです。ボーゲンシュットの王太子がどう言おうが、会わせぬ言い訳などいくらでもできます。姫の体調を整わぬとでも言えば、予定を先延ばしにだってできたでしょう?」
「それは――そう、ですわね……」
鋭く告げられたマイラが納得して折れる。
わけがわからないなりにフィーアが理解できたのは、「その話をするのに私がここにいる必要ないんじゃない?」という現状に疑問を覚える事実だけだった。