1
初めて投稿します。初心者なので使い方が分からず、変なことをしていたらごめんなさい。
書くペースは遅いです。
こんなですがよろしければお付き合い下さい。
「お迎えに上がりました」
たとえ、扉を開けた瞬間に見目麗しい騎士さまがそこにいて、うやうやしく頭を垂れたとしても、フィーアはちっとも驚かなかった。そんなことには慣れているからだ。
この家にやってくる人間のほとんどすべてが母を目的としていて、フィーアがその娘だと知るとすぐに興味をなくす。
だから冷静に、にっこりと微笑みさえして、フィーアは口を開いた。
「人違いです」
騎士は弾かれたように顔をあげた。一瞬の驚き顔はすぐに疑わしげなそれに変化して、遠慮がちな眼差しがフィーアを見る。
だからフィーアも失礼にならない程度に騎士を観察した。短い黒髪、青い瞳。身にまとっているのは、実用的ではなさそうなピカピカの鎧とマントだ。
どこからやってきたのかわからないが、このままの姿で旅してきたとはとても思えない。だとすればわざわざ大荷物を持ってきたのだろうか。身だしなみを気にするにしても限度があると思うのだが。
騎士は眉をひそめて、言葉を探したようだった。
「そんなわけが、ございません」
フィーアもまた言葉を探した。どう言えばいいかなんて、先刻承知していたけれど。「私は魔女の娘です」と。
それで引いてもらえなければ、「魔法は使えません」と渋々付け加えるしかない。きっと落胆されるだろうなあと半ば確信しつつフィーアはようやく口を開きかけた。
だが、沈黙に耐えかねたらしき騎士が先に言葉を発したので、言おうとした言葉を飲み込んでしまうことになる。
「貴方は、深き森の魔女殿のご息女でしょう?」
予想外の言葉に驚きで目を見開きつつうなずくフィーアに、騎士は満足げに微笑んだ。
「ならば間違いはございません」
「えーと、母が私を?」
世間では深き森の魔女と呼ばれるフィーアの母は依頼を受けて数日前から外出中だ。魔法を使えない娘を仕事に関わらせたがらない母がフィーアに迎えをよこすなんて考えがたかったけれど、一国の騎士さまがご丁寧にフィーアを迎えにくる理由など他にない。
「何か、あったんですか?」
騎士は何故か美貌を苦く歪ませた。
「もしや、お母上はご在宅ではないのでしょうか」
「出かけてますけど……あの、何で私を迎えに来たんですか?」
深き森の魔女の娘とはいえ、魔法の一つも使えないフィーアには残念ながら価値はない。これまでの経験上そのことを重々承知している彼女は眉間にシワを寄せた。
幼なじみの夢見がちなマリーならきっとあれやこれや想像を巡らせるんだろうなとチラリと思うが、残念ながらフィーアの夢見る頃はとうに過ぎてしまった。夢見たくともいつも母の迎えの上流階級の人間から「魔法の使えない魔女の娘」に落胆され続ければ、「私を見初めた白馬の王子さまがきゃっ」とかもろもろ、思えるはずがない。
母の意志で寄越された迎えでないとすれば、いくら身なりのきちんとした騎士でも途端に胡散臭く見える。いや、綺麗過ぎる鎧はむしろあからさまに怪しいか。警戒してフィーアはじりと後ずさった。
価値がない娘でも、魔女に対する人質になる程度には価値があると考える人間がいてもおかしくはないので。
見目麗しい騎士に見える男は警戒するフィーアを気づいて、激昂するでなく少し眉根を寄せる。
「私のことを覚えて──は、らっしゃらない、ですか」
そうして愕然と呟くので、思わず素直にうなずいた。その後で思い出そうと考えてみたけれど、さっぱりだ。
「昔は母の仕事について回ってましたけど、何分幼かった上に短期間でたくさんの人を見ましたから」
知り合いだと思おうとしても覚えていないのだから無理だ。フィーアの言葉に騎士は肩を落とした。
目線を泳がせた彼は何とも複雑な表情を綺麗な顔に浮かべる。困惑の中に微かな苛立ちがよぎり、それを何事もなかったように消し去る。極力感情をそぎ落とした視線に射抜かれると何故か寒気がした。
「私はこのツァルトのルガッタ公爵が嫡子、アルトベルンと申します。一応、現在は騎士団に属し、陛下より近衛の任務を賜っております」
「ご丁寧に、どうも」
再びじりと後ずさりつつ、フィーアは何とか答えた。冷たい視線がいたたまれず、思わず扉を閉めたくなる。
自己紹介を受けても騎士のことなんてさっぱりと思い出せない。フィーアが思い出せないくらい昔ならば、若く見える彼は騎士ではなかったはずだ。綺麗な顔はあまり年齢を感じさせないが、おそらくフィーアより数歳上くらいではないかと見受けられる。
きっと、その頃は綺麗な少年だったのだろう。綺麗過ぎて少女のようだったかもしれない。想像を巡らせてもなお、まったく思い当たる節がない。
母の仕事先はいつでも上流階級で、そこには子供もいるにはいたが、いつでもフィーアは遠巻きにされていた。父も知れず、魔女の母を持つ幼い娘は、魔女の力を頼りにはするが同時に畏怖する貴族には気持ちの良くない存在で、親の意向を受けた子供がそんな娘に近寄るはずがなかったのだ。
「思い出してはいただけませんか?」
あれらの子供のうちの誰かだとしても、そもそも記憶に残るほど近づいてはいない。騎士の過去に魔女の娘は鮮烈な印象を残していてもおかしくはないが、フィーアにとってはたくさんいる中の一人でしかないのだから。
問いかけにフィーアが首肯すると騎士は静かに頭を振った。なぜ分からないのかとでも言いたげな表情で。
「お母上はいつお戻りに?」
「さあ。仕事が終われば戻るでしょうが、母は気まぐれですので」
言外に分からないと告げると騎士はどうやら落胆したがごときため息を漏らした。音もなく口が開いては閉じる。どうやら言葉を探しているようだ。
やがて言葉を見つけ出したらしき騎士は意を決したようにひとつうなずくと、それからようやくフィーアに向けて意味のある言葉を発した。