続・王子様の婚約者候補でしたが、とある理由で白紙になります。 ~貴族令嬢一家の話し合い~
※「王子様の婚約者候補でしたが、とある理由で白紙になります。」の続きになります。未読の方は申し訳ありませんが、先に「王子様の婚約者候補でしたが、とある理由で白紙になります。」をお読みください。
【あらすじ】
王子の婚約者候補のシルヴァーナは婚約の話を白紙にしてほしいと伝えられる。その理由を聞いた転生者であるシルヴァーナは、王子と二人、その後王妃陛下も参加しての即興プレゼンを行う。
根底になるのは「男性と結婚なんかしたくなーい」。
プレゼンの成否は不明ながら、王城を後にし、次は家族とのお話合い。
特に何が起きるでもなく、ただ家族と会話するだけです。
今回も恋愛要素はありませんが、夫婦の在り方についての会話もありますので、苦手な人はお控えください。
王城の控室で、私の帰りを待っていた両親と合流し、我が家の馬車に三人で乗り込む。
普段、ユーリーン殿下や同年代の少年・少女との勉強会や淑女教育などで王城へ向かう時は侍女のエバールと二人で赴くが、今日は「婚約内定かも」なんて感じで王族からのお呼ばれだし、貴族街から王城まではすぐの道のりなので従者はつけず、馬車には親子三人のみ。もちろん御者さんは別ね。
うん、雰囲気はどんよりだよ。
「ユーリーン殿下とはどんな話をしたんだい」
父さまが気を遣うように言葉をつむぐ。
「率直に二人きりでお話をさせていただきました。その後、王妃様も同席で、三人でお話しするお時間をいただきました」
「それで時間がかかったのか」
「大丈夫?」
母さまの心配そうな声に、ちょっと申し訳ない思いが湧いてくるよ。だって持論を展開したのは私なんだから。
「はい、大丈夫ですよ、母上。父上もお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」
「それは別にいいんだが……」
あー、会話が途切れた。
仕方ない、自宅に着くまでに決めた方がいいことを提案しておこう。
「父上、母上、まず婚約の話ですが、とりあえず今日のところは家人には黙っておきましょう」
「ん? それは、どうしてだい」
屋敷を出るとき、両親だけでなく、弟や使用人たちも「正式婚約だー」と浮かれていたんだよね。でも、白紙になる話も、もしかすると私の意見を汲んでいただいたら、どうなるかわからないじゃん。
「実は王妃様には、婚約の話を進めても問題ありませんとお伝えしたのです」
「えっ? それはどういうことだ」
「そんな……だって、殿下は……」
この話も含めてちゃんと話したいけど、今は時間がないんだよ。
「詳しい話は屋敷に戻ってからお話ししますが、まず大切なのは、ユーリーン殿下の秘密を誰にも伝えられないということです」
両親は黙って私の話を聞く姿勢になってくれたよ。
「婚約が白紙になったと家人に伝えるにしても、理由を伝えねば納得しないでしょう。ですから、そのこともきちんと決めねばなりません。うかつにポロっと口走っていいことではないですよね」
「それは、確かに……」
父さまは困った表情になり、母さまはハンカチで口を押さえてしまった。
「私の考えを王妃様がどう受け取るかは別にして、今はまだ現状維持を装いましょう。王家から正式に白紙とすることへの書類なり、慰労金なりが届いてから公表しても遅くないと思います。その間に、私たち三人で、どういう対応をするのか、家人はもちろん、親類やら友人やらへの説明を、きちんと整理しておきましょう」
「う、うん……そうだな。王家とも、どのような言い回しでの説明をすべきか確認をとる必要もあるだろうし」
「あなたは、辛くないの」
「大丈夫ですよ、母上。私よりも母上が、婚約白紙の件や殿下の事をつい口走らないように、気を付けてくださいね」
驚いた表情になる母さまは、そこまで考えていなかったのだろう。仕方ないよね。
「お茶会の参加、どうしようかしら」
「私たちが王城に呼び出されたことは、すぐに噂になるだろうから、どう返答すべきか考えておかねばならないな」
だ・か・ら、そう言ってるんだよ。
「あー、父上は普段通り王城に出勤するしかないでしょうね。私と母上は、体調不良で数日寝込むこととしましょう。どうせ私にも、噂を聞いて、お茶会のお誘いもくるでしょうから、お断りの言い訳にしましょう」
父さまも母さまもうなだれちゃった。
面倒だよね、貴族って。いや、貴族じゃなくても、そうか。
あることないこと、願望や妬みを混ぜて、さも事実のような憶測が飛び交うんだろうな。そのあたりの対応は、王家になんとかしてもらおう。
「そろそろ屋敷に着きますよ。よろしいですか」
両親揃って頷くと、すぐに屋敷の敷地に馬車が入っていく。
馬車が停車して、父さま、母さま、私の順に降りると、玄関では使用人に混じって弟のティエゴが私たちを迎えに出ていた。
「父上、母上、姉上、お帰りなさい」
十三歳になるティエゴは玄関前でしっかりと挨拶ができるようになっている。日本なら中学一年くらいかな。数年前までは駆け寄って迎えにきていたのにと思ってしまうのは、誇らしいやら寂しいやら。
ひとまず屋敷に入り、両親や弟とは別れ、私は侍女のエバールと自室へ向かう。
幼少の頃は、乳母がそのまま侍女代わりとなっていたが、王子の婚約者候補となって、王城に上がり始める頃になると、侍女兼指南役としてエバールを雇うことになった。
若い頃、王城の女官として働いた経験もあり、結婚時に退職したが、子どもが成人したのを機に、王妃様の声掛けで後宮の女官として働いていた才女だ。それを父さまが引き抜いたらしく、パパンも意外と顔が利くんだと、ちょっと驚いたよ。
我が家に来た頃は四十代後半くらい? 今は五十歳をすぎたのかな。女性に年齢を聞くのがタブーなのはこの世界も同じ。
褒めて伸ばす、間違えたときは考えさせる、危ない時は叱る。
うん、いい教育者だと思うよ、私は。決して嫌いなタイプではない。それはオレの中身がおじさんだからかもしれないけど、ある意味、この世界の常識を教えてくれた人で、とても助かっている。
「陛下とのお話はいかがでしたか」
部屋着への着替えを手伝いながら、エバールが尋ねてきた。
「ええ、楽しい時間を過ごせましたわ」
「それはようございましたね」
「そうね。殿下ともお話できましたし、お互いの理解も深まった気がするわ」
エバールは微笑みながら、「婚約の話はどうなった」と表情で催促してくる。さすが、優秀な侍女だ。
「今日は特に婚約のお話が進んだわけではなくて、両陛下が私の成長をご自身の目でお確かめになった、というところかしら」
「そうでございますか。お嬢様と直接話をしていただければ、お嬢様の優秀さもご理解いただけたことでございましょう」
「そうだといいのだけど」
エバールは、私を優秀な子どもだと認識している。まあ子どもっぽさはないし――可愛げがないとも言う、勉強も好きなのは確かだから否定はしないけど、前世の知識持ちであることを知らない人から見れば、それは優秀に映るでしょう。実際、前世でも優秀だと自負しているけどね。
嘘はついていない。ちょっとごまかしがあるけど、ごめん。
「今日は少し疲れたから休みます。夕食になったら声をかけてくださる?」
「かしこまりました。ティエゴ様もお嬢様とお話ししたいご様子でした。夕食の折に、お声をかけて差し上げてくださいませ」
「わかりました」
エバールが見本のような礼をして、部屋から下がった。
ふぅ~。今日はエバールさんとの会話に緊張したわ。
エバールが我が家に来る前も、前世の男だった記憶はありながらもそれなりに女の子っぽくふるまっていたつもりだった。とはいえ、四歳違いの弟が生まれて遊び相手をしていると、どうしても男の意識になりやすくて、お転婆なお嬢様とみなされていたのはわかっていた。それまで「前世の男だった自分」と「今の女の子のシルヴァーナ」をどこか曖昧に捉えていたけど、第二次性徴を迎えた頃から、二つとも自分なんだと意識しながらも、なんで? って不満があったと思う。これが妹だったら、また違っていたのかな。
その頃の口癖は「んっ、もうっ!」だった。前世で言う悪役令嬢っぽいかな。
私が十二歳になった頃、将来ユーリーン殿下の治世を支える人材を育成するという名目で、八歳から十四歳までの貴族子弟を王城で教育するとの通達が出た。これは王族の子どもが十歳を迎えるたび実施されるこの国独自の施策らしい。前世に比べて、子どもの生存率が低い世界。ちょっとした風邪でコロッとなくなることも珍しいことではないから、この国の基準としては妥当なんだろうね。
まあ、将来の婚姻相手を探す思惑もあるんだろうけど。
王族との婚姻に興味はなかったけど、学校などないこの国で学ぶ機会は大切だよなぁと両親に頼んだら、なぜかエバールが私の侍女になった。
いやー、厳しかったよ。
王城に上がる以上、「それなり」の作法では済まされない。それまで淑女教育なんて片手間にしかやってこなかったから、初っ端から駄目出しの連続だったよ。
淑女としての作法が身に着くまでは王城で学ばせることなんてできない、なんて言われるとさ、なんとなく負けず嫌いに火がついて、エバールに言葉巧みに乗せられてぐんぐん淑女力アップしていったよ。
もしオレが男の肉体で生まれてきたら、こんな淑女の仕草や立ち振る舞いをすることに反発していただろうけど、女の肉体だと骨格が違うのか、きちんとサマになるんだよね。
女性的な言葉づかいも言い慣れると、自然に出てくるようになってくる。だって日本人が英語をネイティブに喋れるようになったら脳がきちんと使い分けしてくるでしょ。その切り替えがスムーズになって「私」と「オレ」が喧嘩しなくなった。
子どものころなんて、男か女か曖昧な線引きが当たり前じゃん。でも、前世で男だった記憶があることは変わらない。一方で、今世の自分が女性であることも変わらない。折り合いがついたというより、少しずつこの身体に馴染んでいった気がする。肉体もちょうど第二次性徴期だったのも大きいかな。
四十過ぎのおっさんには女の子の肉体的な性徴変化はやっぱ恥ずかしかったけど、妄想爆発思春期男子の時期ははるか昔に過ぎ去っていたので、ある程度冷静にいられたんじゃないかな。
でも、それはエバールが傍にいてくれたからだとも思ってる。これがさ、同じような年代の女の子だったら、こっぱずかしいよ。
まあ、そんなこんなで「オレ」と「私」にとって、エバールはこの世界で生きていくための師匠みたいなものだった。……怒ると怖いけど。
オレも社会人としてバリバリ働いていたからわかるけど、エバールも嘘と言い訳はとても嫌うんだよね。子どもとしての考えは転生して理解できるけど、大人としてはそれを許しちゃ駄目だよね。
だから、エバールには嘘をつきたくはなかった。
エバールになら正直に話してもいいかとも頭をよぎったけど、やっぱり王子様のことは、オレの一存では言えないや。
夕食の時間に声をかけられ、食堂に向かう。
食堂に入ると、すでに弟が席に着き、私はその隣に腰を下ろす。
本日の夕食はエルグレディオ家勢ぞろい。
現当主のおじいさまラウゼル・エルグレディオ五十九歳。外務院次官。三か国語もペラペラで、家族の中では私はおじいさま似と思われている。
どうも私とユーリーン殿下の婚約が成立したら、お父さまに家督を譲り、引退するつもりだったみたい。次期王妃の血縁では外交の仕事がやりづらいからって名目で、表舞台からは引退して、裏でこそこそ動くつもり――じゃないかと私は見ている。
そしておばあさまメルフィナ・エルグレディオ。六十三歳……のはず。孫にはやさしいおばあちゃん。家政の実務はお母さまに譲って、今は剣を振っています。若い頃は女性王族を警護する女性騎士だったらしい。
父さまオルディス・エルグレディオ。四十歳。財務院勤務。帳簿と数字には強いけど、予想外の事態には慎重になるタイプ。
この国の宮廷貴族は、父子で同じ道には進まないのが普通らしい。利権や馴れ合いで腐敗しないようにってことらしいけど、まあ小国だから、なんでもできるようになってねってことかしら。
母さまリュシエナ・エルグレディオ。三十九歳。婚約白紙の件ではかなり動揺してたけど、決して無能な人ではないと思う。家族への愛情が深いのは確か。
で、弟のティエゴ・エルグレディオ。十三歳。声変わりもしちゃってさ、だんだん体つきも大人びてきた。
お姉ちゃんとして寂しい気もあるが、おじさんとしては「おー、ようやくかー」って感じかな。自分の中でそれが両立しているけど、ティエゴにとってはあくまでも「お姉ちゃん」なので、そうありたいとは思ってる。
いつもはおばあさまや母さまが会話を回すのに、この日はかなり静かな夕餉となっていた。
あー、おじいさま、おばあさまにも父さまが伝えたんだろうな。当主夫妻への報告は仕方ないよね。
しかし、空気を読まない、読めない子が一人いた。
「ねえ、ねえ、お姉さま。王宮での話ってなんだったのですか」
外ではすっかり貴族の子息らしくなったくせに、家族だけの場ではまだこういうところが残っている。
にこにこ尋ねてくるのはかわいいんだけど、父さま、母さまの顔が引きつっちゃったよ。
「久しぶりに陛下にお目通りしただけだよ。陛下もお忙しいので、あまりお会いできないからね」
「そうなんですか。みんな、お姉さまとユーリーン殿下との正式な婚約の話だろうっていってたのに」
それはママンが朝から騒いでいたからね。
正式な婚約「白紙」の話ではあったけどさ。
「それはちょっと逸りすぎたみたいね」
「んー、でも婚約は決まりなんですよね」
「どうだろう……」
本当にどうなるのかね。
「ティエゴは今日はどう過ごしていたんだい」
おじいさまが話を逸らしてくれた。
「はい、おじいさま。午前中は勉強して、午後はおばあさまと剣術の稽古をしていました」
「ん? お前は午後からどこかのお茶会にいくのではなかったか」
おじいさまがおばあさまに尋ねる。
「それはお断りしたのよ。皆様に訊かれる内容は決まっているし、それなら明日以降でもいいかと思ったのよ」
おばあさまの苦笑いは、本当に苦そうだ。
そんな感じで、会話は特に盛り上がることなく、淡々と夕餉は終わった。
大人は談話室でお酒を飲みながら歓談をするが、子どもは早々に自室に戻る。貴族と言っても夜は早いんだよ。
この国では十五歳になると大人の仲間入りだから、私はその日によって変わるけど、今日は強制参加だよ。
おばあさまと私は紅茶、あとの三人はワインを飲む。
普通なら執事やら侍女やらが待機するけれど、今日は全員部屋から下がらせた。
でも、扉の前で待機しているから、聞き耳はたてられるんじゃないかと思うんだよね。子どもの頃、好奇心で扉に耳を当てて室内の話を聞こうとしたけど、すぐに侍女に摘み上げられた思い出がある。
「陛下との話の内容は、オルディスから聞いたが、シルヴァーナと殿下の二人でどんな話をしたか教えてくれないか」
早速おじいさまから問われてしまった。予想の範囲だけど、事実をかいつまんでお話しよう。
「ユーリーン殿下からは丁寧な謝罪をいただきました。私の方には落ち度がないことも明言いただき、謝罪を受け入れました」
母さまは激しく頷いている。おばあさまは目を閉じて、表情を変えることはない。
「そのうえで、同性を愛することは、決しておかしいことではないと、殿下にお伝えしました」
まあ、と母さまは口を開けるが、おばあさまは口角をあげただけだった。家族と言っても性格の違いが出るよね。
「ほう、シルヴァーナはそう思うのか」
おじいさまと父さまは興味深そうな表情になる。この二人は親子だなって思うよ。
「はい、それは悪と断じるようなことではないし、誰を恋愛の対象とするかは、自分の意思だけで簡単に変えられるものではないと思っています。もちろん、相手の意思を無視して害する行為は別です。ですが、同性を愛すること自体で誰かを傷つけるわけではありません」
ここははっきりと主張するよ。自分のことは置いておくけど。
「そうか。うむ」
やっぱりおじいさまと父さまは同じ表情になる。ティエゴも大人になったら同じようになるのかな。
「他国では、まあ褒められたことではないが、王族や上級貴族の間で、男色は珍しいものではないと聞く。男色を公には認めなくとも、下手に何人もの女を妾にして庶子を増やし、継承争いの種を作るよりはましだと考えもあるそうだからな」
「そうなんですか」
父さまが尋ねてるけど、まさか興味あるんじゃないよね。
「ああ。昔、帝国を訪れたとき、娼館に女だけでなく、男もいた――」
おばあさまに睨まれ、おじいさまが慌てて言葉を濁す。
「いた、らしい。うん、私は行っていないぞ。聞いた話だ」
やっぱおばあさま、最強。
「私が現役だったころ、騎士の中にそういう噂の立った者がいましたね」
おばあさまも昔を思い出して、話をする。
母さまはあんぐり口を開けて、一人おいてけぼり状態だ。普通の貴族夫人なら仕方ないよね。
「とはいえ、ユーリーン殿下がそうとなると、王家では混乱しているだろうな」
おじいさまの言葉に頷いちゃうよ。うちも大変だけど、殿下のおうちは王家だもん。
「そうですね。私も最初に聞いた時は、ただ驚くばかりでしたが、とりあえずシルヴァーナがそれほど傷ついていないようで安心しています」
「あなた、何を言っているんですか。シルヴァーナが傷ついていないわけないじゃありませんか。自分よりも、おと、おと、男の方がいいなんて、女として侮辱されたんですよ」
父さまの言葉に母さまが反論する。ママン、顔が怖いよ。
「いや、そうじゃなくてだな、その、シルヴァーナが悪いわけではなくて……」
「この子が悪いわけないじゃないですか。確かにちょっと変わった子ですし、ドレスやダンスなどに興味を持たない子ですが、こんなにかわいいし、素直で、元気で、時々変なこと始めるけど、いい子なのに――」
あー、泣き始めちゃったよ。父さまが謝りながら、母さまの背をぽんぽんしてるけど、子どもとしては、なんというか、いたたまれない。変な子でごめんね。
母さまが落ち着くまで、とりあえず待つ。
おじいさまもおばあさまも、黙って待ってくれている。
ママンは決して、感情的な人ではないはずなんだけど、どうも私の事……というか王家との婚約について、一番乗り気だったんだよね。ユーリーン殿下の評判は悪くないし、ママンの権力欲が強いわけではないけれど、なんというか、我が家と違って領地貴族の長女で、「貴族はこうあるべき」「淑女はこうあるべき」って教育されていたみたいなんだよね。社交界でも田舎者と馬鹿にされないように気を張っていたし、礼儀正しく、王家への忠誠も忘れず、矜持を持って役割を全うしようと頑張る人だから。
いい家族だなあ、と思っています、お母さま。中身、こんなおじさんで、ほんとすみません。
母さまがだいぶ落ち着いた様子なので、おじいさまの問いかけが再開される。
「それで、お前はどうしたいんだ」
「はい、ユーリーン殿下にも王妃陛下にもお伝えしたのは、改めて、私と殿下の婚約をご検討いただけないかと申し上げました」
「それは、どうして」
おばあさまは決して声を荒げることなく、ただ不思議そうに問いかけてくる。
「殿下のお立場がどのように変わるかわかりませんが、婚約が未成立であることを公にしても、その原因について王家が公にすることはないと考えました。そうなると、今後も新たな縁談が持ち上がるでしょう。もし、他国から縁談の話が来たら、無下にお断りできないはずです。そうであれば、事情を知っている私と形だけでも婚約を交わしていれば、余計な雑事を避けられると思いました」
「それでは貴女が損な役割になるのではないですか」
「いえ、私自身、正直に申せば、婚約というか、結婚自体に関心がありません」
母さまと父さまが驚いた顔になるけど、とりあえず先に進めちゃうよ。
「エルグレディオ家に生まれたからには、政略的な婚姻も理解していますが、おじいさまやおばあさま、お父さまやお母さまを見て、夫婦として長く暮らすなら、肉体的な相性以上に、精神的なつながりの方が大切だと考えています。その点、ユーリーン殿下は真面目で向上心も強く、横暴な振る舞いもなく、きちんとこちらの話に耳を傾けていただける、理想的な人物像です。互いが恋愛対象ではないという点も、共に人生を歩むうえでは致命的な問題ではないと思っています」
「でも成婚まで進んだ場合、世継ぎをもうけることをどう考えているの?」
母さまが何か言いたそうだったけど、父さまが止めていた。代わりにおばあさまが問いかけてきた。
「殿下が王位継承者であり続けるのであれば、私だけでは決められません。ただ、そうでないなら養子を迎えてもかまわないと思っています。私自身、王妃の座に執着しているわけでも、世継ぎの母になりたいわけでもありませんから」
おじいさまが眉をひそめながら、問いかけてくる。
「婚約しても、婚姻に至らないこともあり得るが、その時はどうする」
「別に痛くも痒くもありませんよ。繰り返しますが、私は結婚が人生のすべてとは考えておりません。できれば、自由にこの世界を見て回りたいと思っています」
「自由……それは、無責任と捉えられるのではないか」
「この国で、今の私の立場ではそうかもしれません。でも、私には私しかできないことがあると思っています」
「それは驕りではないのか」
「今はこの国でも、おばあさまのような女性騎士や、ただの女官だけでなく、政務を担う女性の文官が増えていると聞いています。まだまだ男性と同じだけの機会があるとは言えないでしょうが、女性が活躍できる機会が増えると考えています。女性が男性の付属物ではなく、一人の人間として、自分の意志で国に貢献できる、そんな未来のために、私は歩みたいと思っています」
「でも、結婚して、夫となる人を支え、子どもを産み、次代を育てるのも、立派な役割ではないの」
母さまの意見にちゃんと同意するよ。
「もちろん、子を産み育てることは大切なことですし、貴族家の女主人として、家を支える生き方も立派だと思っています。ですが、これからの時代、女性にはそれ以外の生き方もあると思うのです」
子どもを産むか産まないかを選択するって発想は、まだまだ男尊女卑の思想が一般的なこの世界では受け入れにくいだろうけど、とりあえず主張はしておこう。
「働きたい女性が働き、自分で収入を得られる。それでも結婚や子育てを望むなら、その両方を選べる。男性の付属物と見なされるのではなく、一人の人間として自立した女性になる。そういう国の方が豊かではないでしょうか」
あー、母さまの頭がショートしちゃったみたい。ぽかんと口を開けてるよ。
「女性の自立という話は、正直まだ私にはよく分からないが、シルヴァーナ自身がそう生きたいと思っているのだね」
「はい、父上。私は、自分で自分の道を切り開きたいんです。不敬と言われるでしょうが、ユーリーン殿下との婚約は、そういう意味でも私に都合がいいと思っています」
「殿下が好きだからとか、同情しているからではないのかい」
「同情がないとは言いません。たぶん、王家や王宮には、今回の件について殿下の味方はいないように見受けられます。でも、それだけが殿下の本質ではないでしょう。であれば、殿下をこのまま萎縮させてしまうのは、国にとって損失になります。恋愛として好きとはいえませんが、人柄には好感を持っていますし、尊敬できる方でもあります。私もお力になりたいと思っています」
父さまが考えこんじゃったよ。
まあ、今日だけで説得できるとは思っていないから、父さまも母さまも、いっぱい考えてよ。
「ひとまずシルヴァーナの考えは理解した」
「そうね、私もわかったわ」
おじいさまもおばあさまも、まずは理解してくれたようだ。もちろん理解と納得は違うが、話は通じたみたい。
「宮仕えの立場で言えば、シルヴァーナとユーリーン殿下の婚約に反対する理由はない。お前が言う通り、殿下に婚約者がいなければ、他国からちょっかい出されるだろうし、殿下の秘密が漏れたら、それはそれで余計な干渉が出てくるやもしれない。ただし、祖父の立場で言えば、孫には幸せになってほしいと思ってしまう。いや、お前からすれば、古い考えかもしれないが」
「そうね、私もシルヴァーナの考えに、少し異議を唱えようかしら」
おじいさまの意見を引き継ぐように、おばあさまが話し出した。
「政略結婚が、必ずしも女の幸せになるとは思わないわ。私だって、幸せとは言えない夫婦を何組も知っていますもの。でもね、夫婦というのは友人とも恋人とも、少し違うものだと思うの」
私もだけど、おじいさまたちも静かにおばあさまの言葉に耳を傾ける。
「本来、子や孫には言いにくいことだけれど、男と女の間での肉体的な関係は、相手を愛しく感じたり、大切にしたいという思いを深めたりする行為でもあるわ。子を産めばなおさらね。もちろん、夫婦としてそれが全てではないし、年を重ねれば、肉体的な行為自体なくなるけれど、それまでのつながりというか歩みの根底にあるものだと私は感じています」
おじいさまが照れた顔で視線を彷徨わせてますよ、おばあさま。
パパンとママンは手をつないで、なんかもうこそばゆいよー。
「夫婦は、友人でも想い人でもなく、夫婦という関係になると思うわ。言葉では伝わらない部分でも、夫婦だからわかりあえるというか、共に語り合うだけでなく、夜を共にすることも大切な行為なんだと思うわね。ねえ、あなた」
「う、うん……そうだ、うん、メルフィナの言う通り」
おじいさまがしどろもどろになるのを可笑しそうにおばあさまが笑う。おばあさま、最強です。
「だから、あなたと殿下が私の知っている形の夫婦になれるかは分からない。でも、あなたたちなら別の形を作れるのかもしれない。私はただ、あなたが幸せになれる道を選んでほしいの」
「ありがとうございます、おばあさま」
「私はまだ納得できたわけではありませんが、とりあえず王家の出方を待つということでよろしいですか」
立ち直りの早い父さまがまとめようとしてくれる。今日はこの辺りまでかな。
「正式に婚約の話が来たら……断るのは難しいでしょうが、建前としては婚約と婚姻は違うのですから、まあエルグレディオ家として前向きな対応としましょう。ただ、私たちが両陛下と面会したことはすぐに明らかになるので、色々周りから言われると思います。とりあえず、数日はリュシエナとシルヴァーナ、できれば母上もお茶会などの誘いは断ってください。私と父上は城に向かわないといけないでしょうが、単なる顔合わせで正式な婚約の話ではなかったと言い逃れましょう……厳しいけど」
父さまが最後にぼそっと口にしたのが本音だよね。
でも、婚約者候補でなくなったというより、ほんのちょっとだけましじゃない。
――そんなことないか。ごめん。
その夜は解散となり、私は自室に戻る。エバールは自宅からの通いなので、もう帰宅済。住み込みの侍女に湯浴みを手伝ってもらい、ベッドに入る。
長い一日だったよ。
王宮に呼び出されてからの出来事を順に思い起こす。
あー、面倒! なんで女に生まれたんだろう。男だったらこんな苦労しなかったのに。女である自分も受け入れているけど、こういうとき、やっぱり考えてしまう。
でも思うよ。やっぱ、女性って大変だな。時代や国どころか、世界が違うけど、苦労は同じじゃないか。
それに改めて家族について考えてしまう。
父親も母親も、前世のオレよりまだ年下なんだよな。それでもちゃんと“親”とは認識している。オレが親の立場だったら、どうするだろう? こんな小娘の話をきちんと聞けるだろうか。自分たちの“子ども”だから、聞く耳持てるし、幸せを願えるんだろうな。それがわかるから、なんか涙が出そうだよ。
“オレ”の幸せと“私”の幸せが同じかどうか、悩みながら、眠りについた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
まだ前作をお読みでない方は、是非「王子様の婚約者候補でしたが、とある理由で白紙になります。」をお読みください。




