5
目が覚めた瞬間、体の芯に重さが残っているのを感じた。まるで長時間徹夜した翌朝のような鈍い疲労が、腕にも脚にもまとわりついている。
昨日、自分がやったことを思い出す。床を沈め、持ち上げ、通路をわずかに曲げ、壁の質感まで変えた。あれが原因なのは間違いない。
黒川悠真はゆっくりと起き上がり、広間を見渡した。
確かに変わっている。
完全な平面だった床はゆるやかに波打ち、立つ位置によって視界が微妙に変わる。真っ直ぐだった通路も、よく見ればほんの少しだけ角度がずれている。
自分がやった。
夢ではない。
「……本当に何なんだよ、ここ」
呟きながら石台へ向かう。腹はしっかり減っている。触れればまた消耗するのは分かっているが、背に腹は代えられない。
石台に手を置くと、昨日よりも穏やかな反応が返ってきた。頭の奥がじわりと温かくなり、台の上にパンとスープが現れる。
同時に感じる、わずかな脱力。
昨日より軽い。
「回復、してるのか……?」
時間が経てば戻るらしい。自分の中に何か“溜まるもの”があって、それを使っているような感覚がある。
パンを齧りながら、広間を眺める。
ここが何なのかは分からない。だが少なくとも、自分と連動している空間だということは確かだ。
食事を終え、悠真は壁に近づいた。
手のひらを当てる。
冷たい石の奥に、微かな流れがある。波のようで、呼吸のようでもある揺らぎ。
目を閉じ、表面を少しだけ滑らかにすることを思い描く。
石が震え、指先の感触が変わる。ざらつきが消え、つるりとした質感になる。
「……ほんとに出来るんだな」
今度は逆に荒くするイメージを送ると、すぐに元の粗さよりも強い凹凸が生まれる。
軽いめまいが走る。
やはり使っている。
それでも、昨日よりは余裕がある。
悠真は床へ視線を落とした。
形と質感は変えられる。ならば、性質はどうだろう。
足元に触れ、ほんのわずかな弾力を持たせるイメージを送る。
踏み込む。
石が、ほんの数ミリ沈んだ。
ぞわりと背筋に寒気が走る。
石なのに柔らかいという違和感が強すぎて、慌てて元に戻す。
「気持ち悪いな……」
だが可能性は見えた。
この素材は固定されていない。
自分の意識で再構築できる。
悠真は広間の中央へ歩く。段差の上に立ち、周囲を見渡す。
ここが洞窟なのか、遺跡なのか、それともまったく別の何かなのかは分からない。出口も見つからない。
それでも、ただ閉じ込められている感覚とは違う。
むしろ、触れられる側ではなく、触る側にいる感覚が強い。
その自覚が、わずかに怖い。
もし天井を落とすイメージをしたらどうなるのか。
床を消すと強く思ったら、本当に消えるのか。
試す勇気はまだない。
制御できる範囲が見えていない以上、無茶は危険だ。
悠真は広間の壁にもたれかかる。
冷たい石の感触が背中に伝わる。
静かだ。
自分の呼吸音と、わずかな血流の感覚だけがある。
退屈だったはずの空間が、今は少しだけ違って見える。
完成された箱ではなく、未完成の素材。
触れなければ何も変わらないが、触れれば確実に応じる。
その事実が、じわじわと実感に変わっていく。
悠真は目を閉じる。
広間全体を、ほんの少しだけ狭くすることを想像してみる。
壁を数センチ内側へ寄せる程度の、ごく小さな変化。
低い振動が走る。
空気がわずかに震える。
目を開けると、距離感が微妙に違っている。
劇的ではない。
だが確かに変わった。
息を吐く。
「どこまで、いけるんだろうな……」
ここが何かはまだ分からない。
だが一つだけ確かなことがある。
この空間は固定されていない。
自分の状態と連動し、自分の意識に応じて形を変える。
黒川悠真は段差に腰を下ろし、天井の光を見上げた。
答えはまだない。
それでも、確かめたいという衝動だけははっきりしている。
石の流れは、今日も静かにそこにあった。




