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腹が鳴った。
石造りの広間に、自分の腹の音がやけに大きく響く。黒川悠真はゆっくりと上体を起こした。天井に埋め込まれた淡い光が、相変わらず一定の明るさで空間を照らしている。昼なのか夜なのかは分からない。ただ、眠くなれば寝て、目が覚めれば起きる。それだけの繰り返し。
だが腹は減る。
喉も渇く。
つまり、自分は死んではいない。
「……ほんとに、なんなんだよここ」
広間の隅に置かれた石台を見る。目が覚めたときからそこにあった、用途不明の台。装飾も紋様もない、ただの四角い塊に見える。
だが、空腹をごまかせるほど悠真は強くなかった。
ゆっくり近づき、そっと触れる。
冷たい。
次の瞬間、頭の奥がじわりと熱を持った。
言葉にならない感覚が流れ込む。意味ははっきりしない。ただ、「使える」という直感だけが残る。
石台の上に、ふっと湯気が立った。
置かれていたのは、硬そうなパンと、透き通った薄いスープ。
悠真は数秒それを見つめ、それから小さく笑った。
「ゲームかよ……」
恐る恐るパンを齧る。固い。味はほとんどない。それでも空腹の胃袋には十分だった。スープも同じ。薄い塩気があるだけ。それでも体に染みる。
二度目を試そうと石台に触れた瞬間、強い脱力感が襲った。膝がわずかに折れる。
「……あ、無理なやつだこれ」
何かを使っている。
体力か、別の何かかは分からないが、無限ではないらしい。
悠真は石台から離れ、広間の中央へ戻る。腹が満ちると、今度は落ち着かなさが込み上げてきた。
広い。 平ら。 無駄に整っている。
まるで作り物みたいだ、とふと思う。
だが、自分は何も分かっていない。この場所が何なのか、どうしてここにいるのか、誰が作ったのか。
ただ一つ分かるのは、触れた石がわずかに“応じる”こと。
悠真は床に手を置いた。
冷たい感触の奥に、微かな流れがある。鼓動のような、波のような、一定ではない揺らぎ。
目を閉じる。
なんとなく、ほんの少しだけ変えたいと思った。
床の一部を、わずかに沈ませるイメージ。
石が小さく軋む。
目を開けると、足元が数センチへこんでいた。
息が止まる。
「……は?」
もう一度触れる。縁を丸く整えることを思い描く。
石がじわりと滑らかに変わる。
同時に、頭が重くなる。
座り込み、荒く息を吐く。
「なんだよこれ……」
理解はできない。だが偶然ではないことだけは分かる。自分の意識で石が変わった。
広間を見渡す。
完璧に平らだった床。その一角に、不自然な凹み。
奇妙な達成感が胸に広がる。
怖さよりも、面白さのほうが勝っていた。
悠真は立ち上がる。
中央の床を、今度は少し持ち上げるイメージを送る。
低い振動。
石がせり上がる。
ほんのわずかな起伏が生まれる。
視線の高さが変わる。立つ位置で景色が違う。
理由はない。ただ、平坦なのが嫌だった。
息が荒くなる。体が重い。限界があるらしい。
それでも、止めようとは思わなかった。
通路へ向かう。
真っ直ぐ伸びた石の道。左右対称で、どこまでも単調。
壁に触れ、ほんの少しだけ角度をずらすことを思い描く。
石が静かに軋む。
通路が、わずかに曲がる。
ぱっと見では気づかない程度。それでも、確実に違う。
悠真は手を離し、しばらくその変化を見つめた。
自分は何をしているのか。
脱出を探すべきではないのか。
それでも、石に触れて形が変わる瞬間のほうが、なぜか強く心を掴む。
広間に戻り、新しくできた段差に腰を下ろす。
背中に冷たい石の感触。
ここが何なのかは分からない。
閉じ込められているのか、選ばれたのか、それともただの夢なのか。
ただ一つ確かなのは、この空間が自分に反応するということ。
悠真は目を閉じる。
次は、どこを触るか。
答えはまだない。
だが石は、確かに応じている。
その事実だけが、静かな熱を胸の奥に残していた。




