スタンピードの危局②
乗合馬車終着の町から歩いて数日。村を出発してから三週間が過ぎた頃、ようやくコギー村に到着した。
開放的な広い田園地帯の中心部に民家が密集している。コメットが暮らしていた村とは違い、随分とご近所付き合いがしやすそうな印象だ。
日が傾き始めた時間だからか、人の姿が全く見えない。民家に近付けば誰かに会えるかと探すも住民らしき姿は見えず、代わりに広場に張られている野営テントを見つける。そこには二人の兵士がいた。
「こんばんは。私はコメット、通りすがりの魔法使いだよ。何か力になれそうなことある?」
「は!?」
自己紹介と目的を簡潔にまとめたつもりだったのに、話は早くまとまらず混乱させてしまった。入学直後に同級生がほとんど貴族だったせいで妙な空気になったことを思い出す。
……兵士なら同じ平民だと思ったが、違ったのだろうか。なら貴族相手に言い回しを変えなければ。
「えーあー、高貴なお方と知らず失礼仕る。あたくし、名をコメット、姓を持たぬ平民の身。しかし同じく魔法を極めんとする同志……じゃなくて、えー、この地を巣食う悪を憎む同志であり、命を懸ける者の味方。協力者として馳せ参じた次第」
「えー? 何? 何事?」
「おい、逃げ遅れじゃないぞ! 不審者だ!!」
「通りすがりの魔法使いだってば!!」
実際に魔法を使って見せて信じてもらい、ようやく自己紹介に漕ぎ付ける。二人の兵士はトーマスとジェラルドと名乗った。二人は待機班として夕食の準備中だったらしい。
討伐班は十人の三組、三十人分の食事を二人で作るのは大変だろうとコメットは早速手を貸し、魔法使いとして役に立っていた。飲料水を作る浄水器として。
「疑って悪かったって。でも、こんな僻地に通りすがりの魔法使いが歩いて現れるなんて思わないだろ? 舞台劇じゃあるまいし」
「まぁ……空から降りてきたほうが魔法使いっぽかったよね。次からはそうする」
「それでもちょっと怪しむかもなー。魔法使いって元々貴族か、平民でも選民意識に染まって都心部……というか、世界樹の近くから離れようとしないだろ。俺の村でも一人魔法使いになった奴いるけど、帰ってこなくなったし」
「あ、やっぱりそうなんだ。みんな卒業しても学院の近くから離れるのを嫌がるんだよね。島の内側にいればどこだって世界樹の恩恵を受けられるし、一人ならどこにでも飛んでいけるのが魔法使いなのに。変だよねー」
「悪い。成人した魔法使いはお前しか知らないから偏見込みで言うけど、多分お前が変わってる」
「右に同じー」
「感謝されるつもりで来たのに、どうしてこんな扱いに……」
救世主が現れたような過剰な期待をされても困るが、変人が現れたような対応は不服である。
口を尖らせるコメットに、トーマスもジェラルドもほぼ同時に調理の手を止めて慌てたように首を振る。
「それは誤解だ! コメットが気さくだったから、つい言葉が過ぎた。悪かった」
「貶す意図はなかったんだよ。申し訳ない。コメットが来てくれたことが嬉しくて、悪い意味で気が緩んだ」
「えっ!? 謝ってほしかったわけじゃ、なかったんだけど……」
機嫌を損ねてはならない相手への対処を間違えたような、本気の焦りを露にする二人の反応に寂しさを覚える。
知り合ったばかりとはいえ、先程まで程々に打ち解けていたのに。二人が同年代だからと気安く接して、距離感を間違えてしまったようだ。
「私こそ、変な拗ね方で誤解させてごめん。力を貸しにきたとか偉そうなこと言ったけど、そんなご機嫌取りみたいなことしなくても、」
「――本当に感謝している! 増援は期待できないと言われて、この村の放棄が決まるまでに、何人が生きて帰れるか……わかったもんじゃなかったから」
「……ここだと武器の補修も補給も難しいし、避難した村人から譲渡してもらった家畜や食材も底が見えてきたからねー」
切実に声を張るトーマスと、疲れたように現状を語るジェラルド。二人の訴えにコメットは目を見張り、思わず憐れむような声が漏れる。
「……そう、だったんだ」
コギー村に着くまで周辺の住民から『領主様の兵士が村を守るために頑張っている』という話を聞いていたので、楽観視していた。実際は廃村寸前まで追い詰められているらしい。
獣との接触を完璧に避けてきたが、何匹か狩っておいたほうが良かったのかもしれない。コメットは失敗を悔やんで眉を寄せる。
「魔法使いが助けに来たって知ったら、討伐班の士気もかなり上がると思う。まー、来たのが女の子一人ってところで、男として情けない気持ちになる奴はいるかもしれないけど」
「――――わん!!」
コメットの横にいたフロストが『自分も助けに来た』と言わんばかりに高らかに鳴く。
大きな体躯と凛々しい顔立ちを持つ犬の子どものような自己主張に、吠えられた二人はおかしそうに笑って、もふもふの首回りに両手を伸ばす。
「そうだった。フロストって優秀な護衛がついてたんだったな。よーしよーし」
「ここまで徒歩で来たのに、コメットは何も遭遇しなかったらしいし、実際有能な番犬だよねー。偉い偉い」
二人がかりで撫でられたフロストの耳が後ろに倒れ、大きく開いた口から舌先が零れ、尻尾が勢いよく回転し始めた。張り詰めた表情だった二人が年相応の青年らしく犬と戯れている光景に、コメットの頬は緩む。
周囲の警戒と獣除け、いざという時に素早く動けるようにフロストには犬の姿でいてもらっていたが、正解だった。
手助けに来たと現れたのが子連れの女魔法使いだったら、彼らは内情を語らず、大丈夫だからと帰されていたかもしれない。自分たちにそれほど余裕はないというのに。
「コギー村の人には悪いけど、命には代えられないよ。限界が近いなら、一度撤退したほうがいいんじゃ……」
「……実際、増援も撤退も厳しいとわかると逃げ出した奴もいる。だけど今、ここに残っている全員、そう考えてない。コギー村の放棄は戦略的撤退ではなく、敗走に等しい」
「敗走……?」
まるで侵略でも受けているような深刻な物言いに、ただの獣害事案ではない可能性が頭を過ぎる。
撫でられて気持ちよさそうに蕩けていたフロストが、何かに気付いたように四つ足で立ち上がる。唸ったり、警戒はしていない。ただ一方向をまっすぐに見つめている。
三人で同じ方向に視線を向けると、笛の音が複数回断続的に鳴り響く。
コメットには音の意味がわからなかったが、トーマスとジェラルドは血相を変えて立ち上がった。
「あっちの方向って兵長の班だろ……!? 一体何が……!」
「コメット手伝ってくれ! 今のは緊急事態の信号、怪我人が出た!」
ストック、切れ、まし、た……-⁽ -´꒳`⁾-ペショ




