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平民魔法使いは拾った獣人の子の故郷へ向かう(元恋人も追ってくる)  作者: ある鯨井@書籍発売中


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旅立つまでのエトセトラ④

「だーかーらー! わしはただの生物愛好家なの! 医者は真似事なの! 本業は村長なの! んもー!」


 雲のような白髪と同じ色の髭を蓄えた小柄な老人はぷんすこしながら、慣れた手さばきで子犬を触診している。


「ん~目は開いてるけど乳歯が生えてないから、生まれて一カ月くらいかな? んーお口の中見せてくれて偉いね〜。で、犬か狼かはまだ判断できないなぁ。餌はとりあえず固形物はだめ、モッチルさんの山羊から乳分けてもらって。あげる時は人肌程度にあっためてから。体は冷やさんように防寒もして。人間の食べ物を欲しがるだろうがあげちゃだめ。虫はついてなさそうだけど、長時間山にいたなら隠れてる可能性のほうが高いから帰ったら初夏の香を焚いておきな。家に残ってないなら後で持っていくよ。あとは、」


 村医者――否、村長に触診されている子犬は、緊張の面持ちでテーブルの上でお座りしていたが、ゆったりと尻尾を振り始めた。村長宅に連れてくる前、丸洗いした名残でしっとりとした毛並みの触り心地が良いのか、明らかに触診とは無関係なナデナデが多いせいだろう。

 村長の話を聞きながら、これからやることを頭の中で整理していたコメットは、子犬の反応を見て不意に顔が緩む。


「子犬でもこんだけ安心するんだから、村長は自信持って医者って名乗ってお金もらっちゃえばいいのに」


「ヒッ、こわっ! 若者コッワー!! そりゃ最初に手出したわしも無責任だけど、みんなも適当すぎるよ! ほんとさ、国は早く医者も免許制にして各地に点在させてくれないかな!?」


「明日から始まっても、こんな田舎は後回しだろうね」


「くぅ〜! 隠居したいよ〜!!」


 こうしてごちゃごちゃ文句を言いつつ、村人が困っているならと、医者やら先生やら大工やらと色んな真似事を何でもやってたら、何でも任されてしまう村長になっていたらしい。文字の読み書きと計算の仕方をコメットに教えたのも村長である。


「まぁ大したことはしてやらないけど、困ったらすぐにおいで。初夏の香は残ってる?」


「うん、大丈夫。香の作り方は持ってきた本に載ってたし、暖炉用の枯れ枝に香木が残ってるから」


 コメットが魔法学院で卒業専攻に選んだのは魔法薬学だ。

 魔法そのものが新しい技術である中、魔法薬学は最新……というより、名付けられたばかりの発展途上分野だ。現在は既存技術の再現程度だが、いずれ魔法による様々な新薬開発が期待されている。

 ただ、コメットにそんな高い志はなく、故郷で手軽に手に入らない日用品を手作りする手段――『既存技術の再現』が専攻理由だった。


「そんなことまでできるなんて、コメットも立派になったなぁ」


 村長は母のお産を手伝い、コメットの臍の緒の処理をしたという。生まれたばかりで知る由もないコメットは他人事のように聞いていたが、しみじみと噛み締めるような声色が少しむず痒い。


「わしは自分の葬儀の時、美男美女集団に惜しまれながら見送られたい夢があってな」


 村長は子犬を撫でながら、唐突にとんでもないことを言い出した。

 コメットはびっくりしすぎて返す言葉に迷い、気まずい沈黙の間が生まれる。静寂の中に子犬の呼吸音と、ズ、と鼻を啜る音が静かに響く。


「村一番の美人親子にも見送ってもらうつもりが、母親のほうを先に見送ることになってしまった。でも、長生きしててよかった。こうして、娘のほうに手助けをしてやれた」


 テーブルの上にいた子犬が村長の腕に抱き上げられ、コメットに差し出される。命の話を聞いたせいか、受け取った子犬が先程よりも重く腕に沈み込む。


「母親を亡くしたばっかでしんどいだろうが、しっかりするんだよ。わしより若い子たちの見送りはこれっきりにしておくれ」


「うん。……村長。今日は、母の葬儀に参列してくれて、ありがとう」


「ん。なんか困ったらまたすぐにおいで。まぁ大したことはできないけど」


「それ、さっきも聞いたって」




 村長宅を後にし、コメットは帰宅した。

 冷え切った暗い部屋。今日からこれがコメットの当たり前の生活に変わる。


「くぅ?」


 立ち止まったコメットに子犬は不思議そうに身動ぐ。

 そうだ、独りじゃない。出迎えてくれる人はいなくても、一緒に帰ってこれる存在がここにいる。


 子犬をゆっくり床に下ろす。村長の元に連れて行く前に洗ったのは外の洗い場だったので、家に入れるのは初めてだ。


「……今日からここが君の家になるよ。どうかな?」


「くぅーん」


 木張の床を歩きづらそうにうろつき、部屋の隅で丸くなってしまった。本来生きる場所とは違うことを実感してしまう。

 コメットはゆっくりと歩み寄る。子犬は視線を向けるだけで、怯えたり逃げる様子はない。小さい頭に手のひらを乗せると金色の瞳を気持ちよさそうに伏せた。


「本当にごめんね。でも、幸せにする」


 子犬へ話しかけながら、コメットは自分にも言い聞かせるように、想いを込めて覚悟を言葉を紡ぐ。


「絶対に幸せにするから」


 これが親を亡くした子への憐憫なのか、本能的な愛着なのか、コメットを独りきりにしないでくれた感謝への報いなのかはわからない。……本当に、幸せにできるのかもわからない。

 それでも、あのまま親の亡骸に寄り添い続けるより、独りで山の中を駆け回るより、良かったと思ってもらえるようにしよう。


 撫で続けていると子犬は寝息を立て始めた。寒くはないだろうか。とりあえず母が使っていたブランケットで子犬を包み込む。


(おとなしい子だな)


 子犬、というか子どもは元気が有り余って大人の手を焼く存在だ。手のかからないおとなしい子どもはなかなか珍しい。

 コメットは動物と暮らすのが初めてだが、うまくやっていけそうだ。大きな不安の一欠片が消えていく感覚に胸を撫で下ろす。


 子犬が眠り、イオスもまだ戻ってこない。今のうちに着替えておこう。

 コメットは杖を取り出し、自分と同じ背丈ほどの長杖に変えてその上に乗った。

 これで足音一つ立てずに移動できる。杖に乗って宙に浮かんだコメットはそよ風のように自室へ移動し、静かに着替え始める。


 手早く済ませるつもりだったが、赤く腫れた目元やぐしゃぐしゃになった髪を鏡で確認すると気になってしまった。

 髪を梳かし、冷えた指先で目の周りを冷やしていると、部屋の外からガラガラッと何かが落ちたような大きな物音がする。


「今の音は何ーッ!?」


「コメット大丈夫かッ!?」


 コメットが音の聞こえたリビングのほうへ向かう途中、ちょうど家の外に着いたらしいイオスが荷物を抱えたまま玄関のドアを開け放った。

 アイコンタクトと身振り手振りでリビングの異常を伝え、先に向かおうとするコメットを手で止め、イオスが先に進む。


「…………うわ」


 イオスがキッチンの前で足を止めた。思わず漏れた様子の声は、見てはいけないものを見てしまった焦りが露わになったものだった。

 嫌な予感がする。

 コメットはおそるおそるイオスの背後からリビングに踏み込み、キッチンを覗く。


「あちゃー……」


 そこには、局地的な雪でも降ったような光景が広がっていた。

 破れた小麦粉の袋、ひっくり返った砂糖の瓶。その中心で同じく粉まみれで真っ白になった子犬が、きょとんと目を丸めている。

 一言で言うなら大惨事だった。


 犬、洗ったばかりだったのに。キッチンは掃除ついでに悪戯されないように配置を変えよう。そう考えると他の部屋も模様替えが必要だ。小麦粉、また買いに行かないと。

 突然雪崩れ込んだ『やるべきこと』に頭が熱くなる。しかし、溜息をついているだけでは何も片付かない。

 コメットは額を押さえた手を下ろし、まずは被害を抑えるために子犬を捕縛しようと歩み寄る。子犬は逃げる様子もなく、ぺろぺろと被毛を舐めて懸命に身繕いをしている。これだけ粉まみれになれば当然の行動……。


『人間の食べ物はあげちゃだめ』


 ふと、村長の長々話の一部がコメットの頭をよぎり、血の気が引く。


「に、人間の食べ物ぉ――――!!」

 

 コメットは動物に疎かった。何が良くて悪いものか違いを知らず、万が一食べてしまった時の症状や対処も聞きそびれていた。

 それはイオスもまた然りであった。


 その後、結局子犬は平然としていて腹を壊すこともなく、パニックになった恋人二人に突撃された村長が無駄に肝を冷やしただけに終わった。

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