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平民魔法使いは拾った獣人の子の故郷へ向かう(元恋人も追ってくる)  作者: ある鯨井@書籍発売中


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2/12

旅立つまでのエトセトラ②

 今から一年前。コメットが王都の魔法学院を卒業し、故郷に帰ってきた十八歳の冬。母が亡くなった。

 父はコメットがまだ幼い頃、村の自警団として働いている最中の事故で命を落とした。それからは村の人々の手を借り、母娘二人で生きてきた。学院で学んだたくさんのことを生かし、母とゆとりある生活を。そう思っていた矢先の出来事だった。


「ちっとも親孝行させてもらえなかった」


 母の墓前でコメットは泣き腫らした目を細め、不貞腐れたように呟く。

 そんな恨み言を聞いた隣の青年――イオスは小さく笑みを溢し、コメットの肩に腕を回す。防寒具越しでも彼の腕が温かく感じて、緩みきった涙腺からまた涙が垂れそうになる。


「そうだな。学生の頃から何度も……本当に、何度も聞いていたから、コメットの無念はよくわかる。コメットの母上との時間がこんなに短いなんて思いもしなかった……もっと、話をしておきたかったな」


「……うん」


 涙を堪えるのに必死でイオスの顔を見れないが、いつも通り優しく微笑んでいる姿が目に浮かぶような柔らかい声だ。時折言葉を詰まらせているから、彼も泣くのを堪えているのかもしれない。

 そんな想像だけでコメットの涙腺が刺激され、目の淵に盛り上がっていた涙が決壊した。


「うぅ〜……いぉすぅ、ありがとぉぉ、一緒にいてくれて……」


「大袈裟だな。このくらい恋人として当然だろう」


「いまだけじゃ、なくってぇ……! 卒業してからこれまで、全部。一緒にいてくれて、ほんとうに、ありがとう……!」


 イオスの実家は王都に近く、魔法学院を主席で卒業した彼はあちこちから声をかけられていた。

 最新鋭の研究施設から国家公認魔法講師の推薦、魔法学院の卒業生なら誰もが夢を見るようなオファーの全てをイオスは蹴って、コメットの帰郷についてきた。

 目立った特産品もなく、住民の多くが自給自足で暮らす国境近くの田舎へ転居。イオスの進路を聞いた先生と同級生たちは信じられないと驚愕し、コメットもまた同じ気持ちだった。


イオスならどこでもやっていける、そう言ってくれたのはコメットだ。どこでもいいのなら、僕は好きな人の近くにいたい。コメットの故郷へ一緒に行かせてほしいんだ』


 在学中、イオスから好意は告げられていた。しかしコメットは友人でいようと断り続けていた。卒業したら故郷に戻る気持ちは固まっていたし、貴族であるイオスとの明るい将来を、平民であるコメットは想像もできなかった。


 それでも、心はずっと惹かれていた。

 好きになっては駄目だと、何度も想いを抑え込んだ。


『うん。私と一緒に、来てほしい』


 そんな相手から、一緒にいたいとまっすぐな言葉を向けられて断れるほど、コメットは強い女になれなかった。


 卒業後、二人は恋人として共に王都を発った。

 家のことは大丈夫なのかと尋ねると、貴族社会でイオスは『自由気儘で困った三男坊』と評価されているので問題ない、らしい。平民のコメットには、それが『穀潰し』と同等の悪評に聞こえた。

 そんなレッテルを貼られてしまったのは、コメットが恋を諦めきれず、彼を貴族社会から離してしまったせいだ。罪悪感はあった。ただ、これで彼を独り占めできるという喜びのほうが大きく、それ以上の追求はしなかった。

 コメットもまた、イオスに傍にいてほしいと望んでいたから。


 コメットは母の待つ村に帰り、イオスは隣町の役所員になった。

 別々に暮らしていたが、コメットは学生の頃とは違い、イオスとの明るい未来を想像できるようになっていた。ゆくゆくは彼の元に嫁ぎ、母とは離れて暮らすことになるだろう。それでもいつでも会いに行ける――そんな夢みたいな想像をしていた。


(イオスが一緒にいてくれてよかった)


 迷う日もあったが、イオスの手を取ったのは間違いじゃなかった。もしも、コメットが一人で帰郷していたら、きっと母の死を受け止めきれなかった。

 昨朝、寝台の中で冷たくなっている母を前にして、コメットは呆然と昼過ぎまで固まっていた。イオスに声をかけられてやっと母を埋葬する思考に辿り着いたのだ。そうでなければ今頃……想像だけで血の気が引くような可能性があった。


「こちらこそ。僕と一緒にいることを選んでくれて、ありがとう。いつでも頼ってほしい」


 本当にもったいないくらい素敵な人だ――その事実を噛み締めて、不釣り合いな自分が傍にいる後ろめたさから目を背ける。

 こんなに愛してもらって、卑屈になるのは失礼だ。返せるものがなければ、せめて与えられたものを受け止めて幸福な姿でありたい。

 コメットは涙の残る目でイオスを眩しそうに見つめながら頷いた。


 視界の端にふわりと小さく白いものが風に舞うように横切る。

 初雪。コメットが空を仰ぐと雪は次々と降ってくる。その光景を見て、まだ積雪には程遠い量だが冬支度を済ませなければ、と身についた習慣から、思考が自然と現実に切り替わった。


「そろそろ家に帰ろう」


「うん」



 クーン……。


 共同墓地は村のはずれにある。村に戻る道とは反対の山道から、微かに動物の鳴き声がした。

 まだ幼そうな、弱々しく震えた声。空耳を疑うほど小さな音を拾ったコメットは立ち止まり、山道のほうを振り返る。


 村にいる動物の鳴き声とは違う。聞き慣れた野生動物のものとも、どこか違うものに感じる。

 コメットは妙な胸騒ぎを覚えて、鳴き声の方向から目が離せなかった。


「コメット?」


「イオス、ちょっとだけ寄り道してもいい?」


 振り返ったイオスは肩越しに不思議そうな顔をするが、後ろで一つに束ねた長い金髪をさらりを翻し、山道に向かおうとするコメットに微笑みながら歩み寄る。


「もちろん。傍にいさせて」

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