スタンピードの危局⑩
『世界樹に捧ぐ。望んだ祝福に報いる感謝を、願いを、祈りを、』
魔法学院の中央庭園で、コメットは世界樹に向けて言葉を紡ぐ。
『……我が、信仰を』
誰の目から見ても首席に相応しいと認めてもらえる力を示したい。そうしてイオスを安心させたい。
そんな願いと祈り、信奉する覚悟を加えた言葉に世界樹は応えた。コメットが想像以上の形で。
『え……?』
晴天が曇天に。雲間から雷鳴と稲光。
驚いて空を仰いだ瞬間、コメットが望んだ雷が降り注ぐ。コメットのいる中央庭園に、周囲を囲う学舎に、学舎の向こうにも落雷の光が見える。
自分の成果を見届けてもらうために呼んだ先生から怒号が飛ぶ。
『コメット・アド! 充分だ! 祈りを止めて魔法を制御しなさい!』
『え、えっ!?』
学院の推奨範囲を越えて、コメットは信仰まで捧げてしまった。
信仰を止めた時、世界樹は再びコメットの祝福を授けてくれるのだろうか。そもそも祈りと信仰は、自分で目を瞑るのと瞬きのような似て非なるもので、止めるとかそういうものではない。
『せ、先生、どうすれば……!』
縋るように視線を向けた先生の表情は、決意を固めた悲しいもので、杖の先を向けられた瞬間すぐに察した。
ああ、これは間引きだ。
生育が遅いものや病気になった芽は摘まれる。それと同じようにコメットはこれから殺される。他の芽を守るために。
じゃあ、仕方ないな。
混乱と恐怖に支配された心が悟ったように凪いで、コメットは瞼を閉じる。
(馬鹿だな……イオスと一緒にいられるだけで満足すればよかったのに。お母さん、ごめん……)
情けなくて涙が滲む。
雷鳴は鳴り続けている。このまま無関係な誰かが死んでしまうのは絶対に嫌だ。でも、死ぬのは怖い。
――誰か、助けて。
口にすることさえできず投げ出したはずの願いは、コメットの背後から回収される。
『コメット!!』
イオスの声だと認識して目を開いた瞬間、彼に抱き締められていた。
一瞬の安堵、その後にどうして何でという困惑と、このままでは危険だと血の気が引いていく感覚が、一瞬のうちに駆け巡る。
『い、おす、だめ、危ないから……!』
『――ははっ! コメットなら雷の再現すら容易いと思っていたが、いつだって僕の想像を遥かに越えていく! 本当に君はすごい。魔法の天才だ』
イオスは笑っていた。どこか興奮気味に、楽しそうに頬を紅潮させ、一片の恐怖もなく紫色の瞳を輝かせていた。
気圧されてしまい目を丸くするコメットに、イオスは優しく微笑む。
『だけど、ここまで広範囲に展開させたのは初めてのはずだ。コメット自身も予想外だったんじゃないか?』
『う、うん……』
『なら、まずは落ち着くために深呼吸をしよう。大丈夫、僕が絶対に君を死なせない』
そう告げたイオスがさらに強く抱き締めてくる。雷鳴と悲鳴と怒号が遠く、彼の制服しか見えなくなる。
深呼吸どころか、心臓が壊れてしまいそうで、コメットはイオスの胸にしがみつく。
『コメット、これが君の力だ。君が首席であるべきだと言った僕の気持ちを、今なら少し信じてもらえると思う』
『そんな、』
『信じてくれ。君が君自身と向き合えないなら、君と向き合い続けた僕のことを』
すごいとか天才とか、少しも実感が湧かない。
でも、イオスのことなら信じられる。
彼は落雷の危険を顧みず、コメットの元に駆けつけてくれた。コメットがこの魔法を制御できると心から信じてくれているから。
『――――大丈夫だ、コメットならうまくできる。自分を信じてくれ。君ならこの雷を制御できると、僕は信じてる』
才能とかどうでもいい。
首席になれなくてもいい。
退学になっても仕方ない。
でも、彼の命懸けの信頼だけは報いたい。
(私なら、うまくできる)
魔法のような鼓舞の言葉を手に入れたコメットは、無我夢中でイオスの言葉を頭の中で繰り返した。気が付いたら雷鳴は止んでいた。
視界に広がった青空は綺麗で、先生の顔は怒りに染まって真っ赤だった。
☆彡
夢を見たからか、良くも悪くもなく微妙な感覚でコメットは目を覚ました。太陽が真上にある昼だった。
フロストと一緒に眠っている間に兵士たちは二手に分かれて周辺の見回りと、撤退の準備を進めていた……らしいが。
「……お前、一晩でこのあたりの野生動物狩りつくしたのか?」
拠点に戻ってきた兵士長たちは真っ先にそう尋ねてきた。
偽杖を壊してからの静けさは勘違いではなかったようだ。同じものを確認してきたらしい拍子抜けした彼らの様子に、コメットは共感しつつ首を横に振る。
「狩りつくしてはないと思うけど……山の中のパワーバランスはめちゃくちゃにしちゃったかも?」
「だろうなぁ。ま、こっちも命がかかってたんだ。やりすぎとは言わねぇよ。ただ、何が『魔法使い一人が介入したところでどうにもやらない』だ。お前が全部解決してんじゃねぇか」
「そう見えても仕方ないけど、全然違うって」
偽杖が発していた光は弱く、日中はほとんど目立たなかっただろう。夜でも拠点からは見えない角度にあった。
コメットが見つけられたのは本当に偶然……否、ある意味では必然だった。
「今日まで頑張ってきたみんなが報われたのが、たまたま昨日の夜だっただけだよ」
この村を放棄せず守っていたから、コメットは迂回しなかった。
命がけでボロボロになるまで諦めきれず戦っているのを見たから、コメットは夜間飛行を決めた。
その結果、原因であろう偽杖が破壊された。
彼らが早々に諦めて撤退し、放棄された村周辺が規制されていたら、コメットは今頃迂回路の馬車に乗っていた。
通りすがりの魔法使いを引き寄せて解決に導いたのは、間違いなくここにいる兵士と、命を落とした兵士たちだ。
「……まったく、代行者殿は高潔なことで」
皮肉めいた言葉から悪意は感じられない。むしろ、呆れて本心の言葉が漏れたように聞こえて、居心地の悪さを覚える。
「なんなのその代行者って。私はただの魔法使いだってば」
「ただの魔法使いは死にかけの兵士に情けをかけねぇよ。代行者が不満なら、いっそ聖職者と名乗ったらどうだ? 無職の魔法使いよりはよっぽど合ってるぞ」
「やだよ。教会から個別で睨まれたくないし」
聖職者と魔法使いは相容れない。
聖職者が所属する教会が信仰してるのは創造主で、世界樹はおまけ。世界樹の枝を授かり、祝福を授かる魔法使いとは決して分かり合えない。
そもそも教会が『創造主の奇跡』というインチキで人を騙し集めていたのを、魔法使いという本物の台頭によって暴いてしまった、というのが因縁の始まりらしい。
当時の人間がもういないのにいがみ合い続けて今に至る。修復は不可能だろう。
コメット個人としても、創造主の名の下に出荷物を横取りされた経験から、教会に悪印象しかない。
「まぁとにかく、思ったより力になれて良かったよ。みんなはこのまま撤退するの?」
「一応半数を残して様子見をしつつ、半分は撤退だな。領主様に良い報告ができそうだ。お前も撤退班と一緒に行けば褒美がもらえると思うが」
「ありがたいけど、急ぐ旅の途中なんだよね」
貴族なら平民が一年くらい遊べる金を積んでくれそうだが、世界樹とは全く別方向で、コギー村に戻ってくるまで往復ニヶ月弱。それで褒美が金銭類でなければ無駄足になる。断る一択だった。
「領主様が『どうしても』ってごねそうなら、魔法学院に寄付でもお願いしておいて。そうしたらコギー村の人が怒って学院に文句言ってきても、そんなに揉めないと思うし……」
「寝て起きたら少しは取引がうまくなったじゃねぇか。やっぱり人間、ちゃんと寝ないと駄目になるな」
確かに。兵士長も寝る前と後で随分と雰囲気が丸くなったように見える。
彼の苦悩をほぼ片付けたため対応が変化しただけなのだが、コメットは睡眠不足って怖いなと結論づけた。
「すぐに出発するのか?」
「うん。私もフロストも、おかげでゆっくり休めたから」
「そうか。――魔法使いコメット。兵団統率者として助力に感謝する。この恩は生涯忘れない」
「私にはいらないから、その感謝は世界樹に向けておいて。杖が無くても気持ちは届くと思うし……あ、今なら私の杖から祝福を受け取れるかもしれない。チャンスだよ」
当たり前のことを言ったつもりだが、兵士長は豪快に笑い出す。
厚意を無下にされた気がして、コメットは口を曲げながら出した杖をしまい直した。
たいして荷物を広げていなかったので、旅立つ準備はすぐに済んだ。
コメットは兵士たちに軽く別れを告げて回り、トーマスとジェラルドの姿を見つけ駆け寄る。返しそびれていた短剣も洗浄してきちんと返却した。
「二人は撤退班なんだ。元気でね」
「おう、そっちもな」
「……なんか、コメットと会ってからまだ一日も経ってないのに、状況が変わり過ぎて、もうお別れって実感わかないなー」
「確かに。本当に領主様の褒美断るのか? 頼んだら貴族に嫁入りとかもできたんじゃね?」
「お金以外は迷惑だなー。私好きな人いるし」
イオス以外と結婚できる気がしない。そんなイオスとも貴族社会で生きていく想像ができなかった。そんなものを褒美という名目で押し付けられるなんて冗談じゃない。
嫌過ぎて首を横に振っていると、二人は目を丸くして驚いた表情をしていた。
「コメットが恋……!? 全然想像できねぇ」
「えー、誰々? どこ住み? 職業は? どんな奴ー?」
「やっぱおんなじ魔法使いじゃね?」
「その変な食いつき何!?」
「いや、悪い悪い。何も考えずにこういう話すんの久々すぎて、はしゃぎたくなっちまった」
「俺らの間で大切な人の話をしても、明るく楽しいだけの話は無理だったからねー」
重い。あまりにも重い。
彼らの苦境が過去のことになって本当に良かった。そう思うと、話したくないと突っぱねることに罪悪感が湧いた。
「えー、と……その人は、かっこよくて優しくて、私のことを魔法使いにしてくれた、世界で一番尊敬できる魔法使いだよ」
破局した恋人の話を明るく話せないが、変わらない想いくらいなら大丈夫だろう。
少し照れくさかったが、二人はお気に召したようで口角を上げている。
「へ~~?」
「そんでそんで?」
「も、もう急ぐからおしまい! バイバイ!!」
「あははっ! 良き旅を!」
「いつでも遊びにおいでー歓迎するからー!」
コメットは二人に手を振り、コギー村を出発した。
勇敢な兵士たちと別れて数日、コメットとフロストはコギー村の隣町まで到着した。
「なかなか長旅だったね~フロストもお疲れ様。町入る前に茂みで着替えようか。今日は宿のベッドでのびのび寝れるよ~」
「わふー!」
なんだかんだで二週間以上フロストには犬の姿のままで過ごさせてしまった。コギー村では布団で眠れたが、それ以外はずっと野宿だ。二、三日はのんびりと体を休めてもいいかもしれない。
そんなことを考えながらフロストの服一式を取り出し、茂みの中から伸びてきた骨ばった少年の手に手渡した。
(……ん?)
妙な違和感を覚える。何が気になったのかわからず首を傾げていると、困り顔のフロストが茂みの中から出てきた。
「お母さん、どうしよう……なんか、靴がうまく履けない……」
見下ろすほど小ささだったフロストが、コメットと同じ目線になるまで身長が伸びていた。当然渡した服も窮屈そうで、靴は爪先しか入らずほぼ踏み潰している。
ちょっと見ない間にフロストは十三歳くらいの、成長期に差し掛かった少年に成長していた。
「と……とりあえず、服と靴、買い換えようか」
嬉しそうに頷いたフロストにコメットは笑顔を浮かべながら、頭の中で必死に金勘定をしていた。
旅の途中で資金が足りなくなる予想はしていたが、それは思ったよりも早いかもしれない。
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