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平民魔法使いは拾った獣人の子の故郷へ向かう(元恋人も追ってくる)  作者: ある鯨井@書籍発売中


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スタンピードの危局⑦

「助けてえええ!! そこの通りすがりの魔法使いの人ぉぉぉ!! 助けてー! 助けて助けて助けてえええええ!!」


 コメットはその光に向かって一直線に飛んだ。

 一人でいる不安、手に負えない悍ましいことが起きている現実。精神が擦り減った中で見つけた光は、世界樹の祝福としか思えない。


 フロストにも格好をつけた兵士たちにも聞かせられない情けない泣き言を絶叫しながら光に接近する。コメットには誇り高く死ぬのは無理だ。どんなにみっともなくても、フロストのために生き残らねばならない。

 人影は見えない。しかしそれだけではコメットが止まる理由にはならず、減速しないまま光との距離を詰めていく。


「たす――――ん!?」


 月明かりでようやくうっすら輪郭を捉えられるほど近付いたところで、コメットはその場でぴたりと止まる。

 大小さまざまな岩がゴロゴロと転がり、新芽の集まりらしい瑞々しさがあるごく僅かな草地。それ以外は乾いた土がむき出しになった山に、静かに着陸した。


 見晴らしが良いそこに、動物が二つ重なっていた。

 熊と猪、今夜だけで嫌になるほど見た組み合わせ。二種類の動物はやはり死んでいないようでひくひくと痙攣しているが、細長い何かで貫かれて動けないようだ。

 杖か槍のような長細い石造りの凶器。柄の先の装飾の一つである赤い石が発光しており、コメットが見つけた光の正体はそれだった。


「世界樹の枝、じゃない……?」


 魔法使いは八歳になる年に、年に一度の世界樹の開花の夜に杖となる枝を授けられる。コメットもある朝目覚めるとつるりとした枝を握っていて、今も右手に握ったままだ。

 見比べるまでもなく全く別物。しかも周囲に人の気配もない。ただ、紛らわしい光がぺかぺかしているだけだった。


「……魔法使い、じゃ、なかった」


 増援は期待できない。

 こんな僻地に通りすがりの魔法使いが現れるわけがない。

 体の力が抜けてへたり込みそうになるコメットを嘲笑うように、目の前で悪趣味な石がぺかぺかと、ぺかぺかぺかぺかぺか……。


 ぷつん、と張り詰めていた糸が切れたような音がした。

 正確に言えばコメットの緊張状態が限界を迎え、爆発した。


「――我は敬虔なる信徒なり! 世界樹よ、仇なすものに相応の裁きを与え給え!!」


 世界樹に『信仰』まで捧げた魔法使いが使える、審判の魔法。

 正しく敬虔でなければ扱えない上に、裁定代行人として働いてなければ使いどころのない魔法だと思っていたが、コメットはこの場においてこれ以上に相応しい魔法はないと思えた。


 不気味で、おぞましく、惨たらしい光景を、世界樹の恩恵に似た光で照らすなど冒涜そのもの。しかも光っていたのは魔法使いの杖ではなく、似ても似つかない偽物!

 期待を裏切られたショックというコメットの私情が多めに含まれているが、何の問題もない。

 コメットはただ申告するのみ。裁定は世界樹によって下される。


 杖の先から小さな輝きがシャボン玉のようにふわりと飛び、指し示した石に向かい、触れた。

 瞬間、地面を揺るがすような耳をつんざく霹靂、夜が昼になったと錯覚する目を焼きそうな強烈な光に世界が支配される。


「ぎぇあ!!」


 コメットは反射的に両腕で頭を抱え、体を縮め込みながら地面に伏せた。しかし、すぐに身の危険がないことに気付いて顔を上げる。


 落雷なら確実に巻き込まれて死んでいただろうが、先程の光は世界樹による裁きによるもの。世界樹は罪なき者を傷付けない。だから信徒として認められたコメットと、山には焦げ跡一つない。

 重なった死骸もそのままだった。突き立てていた石だけが風化するようにボロボロと崩れていく。


(……あれ? 壊してよかったのかな?)


 よく考えたらものすごく怪しかった。このわけがわからない状況で、なんだか重要そうなものだった気がする。

 カーッと熱くなった頭がスゥ〜と冷えて、コメットの顔が歪む。


(いやー審判の魔法であれだけ派手にぶっ壊されたんだから、なんか許されないくらい超絶罪深いなんかだったんだよ多分。……いや世界樹がそんだけ激怒する物って何!? あの石なんだったの!?)


 コメットの疑問に答えるどころか、一緒に悩んでくれる相手もいない。

 せめて欠片だけでも学院に持ち込めば何かわからないかと駆け寄るが、跡形もなくなってしまった。


 謎の物体が消え去ると、痙攣していた熊と猪の肉が動かなくなり溶け始め、土の中に吸い込まれていく。

 目を背けたくなる気持ち悪い光景のはずなのに、コメットの目には死が正しく機能し始めて本来の姿に戻っていくように見えた。


 結局その場には骨しか残らず、これでは何の疑問も解消されない。それでも、あれは壊してよかった。少なくともあの状態で残すべきではなかった。そう思えて、コメットの後悔もまた霧散する。

 立ち止まる理由がなくなれば留まる意味もない。コメットは息を思いきり吐いて気合を入れ、再び空に戻った。


(……なんかどっと疲れたけど、夜明けまでまだ時間はある。もう一踏ん張り、頑張らないと)


 そんな意気込みとは裏腹に、そのあと雷を落とす機会は一度も訪れず、静まった夜はゆっくりと過ぎていった。



 村の方から鶏の声がする。しかしまだ空は暗いままだ。

 コメットは重い瞼を持ち上げて、空が白み始めるまで巡回を続けた。


(……結局、あれはなんだったんだろ)


 ふと何度目かの集中が切れて、答えのない疑問が頭に浮かぶ。

 石造りの偽杖を壊した直後から、死ぬことなく動き続けていた動物たちは完全に沈黙した。骨だけが残ったり、腐敗が進んでいたり、個体によって状態は変わるが悪夢のように動き出すことはなくなった。


(もし、もしも、あれが原因だったとしたら、もうこの戦いは終わりなのかな。終わって、ほしいな……)


 兵士たちの明けない夜はあっさりと終わるのかもしれない。都合のいい想像だとしても、そうであって欲しいと願ってしまう。


(だって、解決しても、傷は残る)


 失った命は戻らない。痛みの記憶は簡単に消えてくれない。傷ついたのは心だけでなく、体にも多く残っているのだろう。

 兵士長なんて顔面の半分が包帯だった。あれが熊に引っかかれ、抉られたものだったとしたら……片目は、もう使い物にならない。


「…………あ。朝日」


 まだ兵士たちは眠っているだろうか。そうだったら申し訳ないが体力の限界が近い。彼らが撤退の準備が整うまで少しばかり休みたい。

 コメットは陽の光を浴びながら憂鬱な気持ちで村へと戻った。


 拠点のテント付近でゆっくり降下していると、駆け寄ってくる二人の兵士が見えた。ジェラルドと、後ろで数歩遅れて追いかけてくるトーマスだった。


「二人ともおはよう~よく寝れた~? 私ちょっと疲れて眠くなっちゃって~」


「コメット! 良かった、やっと帰ってきた!」


 思わず気楽に声をかけたが、妙に慌てた様子の二人にコメットは首を傾げつつ地面に下りる。


「帰るの早すぎたかなと思ってたんだけど、何かあった?」


「何かあったというかっ……とにかく、兵長のところまで行って説明をしてくれ! フロストのこと!」


「あいつ、兵長の目を治したんだよ! 兵長だけじゃなくて、他の連中の怪我も、全部!! 朝起きたら綺麗さっぱり治ってたんだ!」


「………………んぇ?」


 青天の霹靂とはまさにこのこと。

 朝日が昇り、雲一つない空は徐々に青が広がっていった。

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