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平民魔法使いは拾った獣人の子の故郷へ向かう(元恋人も追ってくる)  作者: ある鯨井@書籍発売中


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スタンピードの危局⑥

 コメットにはいくつか心の傷がある。

 家の柱を齧り出した大量の虫。母との最期の夜におやすみなさいと抱き締められなかったこと。そして、自業自得な雷事件。



『ボルト先輩が雷の再現に成功したらしい』


 魔法学院で進級して、十ニ歳になった年。いつものように一緒に勉強していたイオスがそんな話をした。

 そうなんだ、とあまり興味がなく生返事をするコメットとは逆に、イオスは分厚い本を捲りながら真剣に文字を目で追っている。


『もしかしたら、ボルト先輩は稀代の魔法使いとして名を遺すかもしれない。僕も同じようなことができたら、もっと……』


『また、『もっと』って言った。イオスは首席で充分すごいのに、もっと頑張らないとだめなの?』


『僕は認めていない。本当に首席であるべきなのはコメットだ』


 イオスだけでなく先生からもよく褒められているが、コメットの成績は学年の真ん中だ。しかし特に不満はない。首席になれるのが一人だけならイオスになるのが相応しい。そう思っているのに、本人は強く否定する。


『コメットを差し置いて首席になるなら、僕はもっと結果を出すべきだ。そうしなければ納得がいかない』


 コメットだけでなく学院全体がイオスを評価している。それでもイオスは足りないと言う。まだ、もっとできる、そう言って色んなことを頑張り続けている。

 もう一年以上、何かに急かされるように張り詰めた表情しか見ていない。彼はもっと落ち着いていて、楽しそうな顔で考える人だったのに。


『……でも、心配だよ。今のイオスは何でも頑張りすぎだよ。すごく痩せちゃったし』


『やっ、痩せたことは別に関係ないだろう!? むしろ標準的になって、良くなっているはずだ!』


 顔を赤くしながら、どこか素っ気なくそんなことを言う。

 確かにとても格好良くなった。頭が良くて優しくて、努力家で家柄も良くて見た目も良くなって、身長も追い抜かれて声変わりもして。

 イオスは変わった。一緒にいるだけで引け目を感じるほど、表面上だけならとても素敵な男の子になっていった。


 変えてしまったのは自分のせいかもしれない。

 コメットは眉間をぎゅうと詰める。


『……そう思うようになったのは、私が嫌な呼び方をしてたせい?』


『コメット、それは違う。そのことはもう何度も謝罪を受け取ったし、僕も何も気にしていない。知らなかっただけで悪気がなかったこともわかってる』


 確かに、悪気はなかった。文字を読むのが下手で、肉が部位によって名付けられていることも王都で初めて知った。それでも言い訳にならないほど酷い言い間違いだった。

 コメットの謝罪をイオスは受け入れて、許してくれた。それだけだったなら、コメットの罪悪感は幼く愚かだった思い出として消化できたかもしれない。


『とにかく、これは僕の自己満足……個人的な目標のためだ。コメットが心配してくれるのは嬉しいけど、本当に大丈夫だから』


 彼が痩せ始めたと気付いたのは、一緒に王都を歩いて初めての謝罪を終えた後から。

 よくよく観察すれば空腹を堪えつつ食事量を減らしている。飢えて良いことはないと食べるように勧めても、穏やかに躱されて、ふくよかだった体はますます細くなっていく。

 それがまるで彼がすり減っていくようで、コメットの不安と罪悪感が大きく膨らみ、ちくちくと苛み続けた。



 ある日偶然、雷を再現させている先輩の姿を遠目で見かけた。

 なんて小さな稲光。あんなランタンの明かりのようなもので、すごいと周りから称賛されるのか。

 なら、もっと本物の雷に近いものを作ったら、高く評価してもらえるだろうか。それこそ、首席にしてもらえるくらい。


(私が頑張って本当に首席になれたら、イオスはほっとしてくれるかな)


 肩の荷が降りたように微笑む彼と、一緒に楽しく勉強できる日が戻ってくるだろうか。傍にいても別々でいるような寂しさが、なくなるだろうか。



 ――そんな、とてつもなく身勝手な思い込みでコメットは失敗した。


 魔法学院全体に雷を落とし、建物にかけられていた保護魔法を破壊し、中央庭園の花畑を焼土にした。

 こっ酷く叱られ、問題児として成績がさらに落ちてしまったが、雷再現に一躍買ったとかで色々と見逃してもらえたし、騒動のドタバタでイオスと仲直りができた。


 イオスから初めて告白されたのがこの一件の後だった。

 そのため、コメットにとっては幼く愚かだった思い出であると同時に、特別で大切な甘酸っぱい記憶となっている。


 それはそれとして、雷は怖かった。

 本当にとんでもなく怖かったし、学院で止められていた『祈り』を越えて『信仰』まで捧げたため、コメットは瞑想の時間を毎日取ることになった。全部自業自得である。

 絶対にもう二度とあんな危ない魔法は使わない、そう思っていたのは卒業するまでだった。


 何故かと言えば、有効だったのだ。主に害獣退治という場面で。



☆彡



「世界樹に捧ぐ。望んだ祝福に報いる感謝を!」


 ドン、と衝撃音が響く。猪の群れが一匹残らず地面に倒れ伏しているのを遠目で確認して、コメットは再び空に上昇する。


(――――本当に、冗談抜きで多い!)


 何度雷を落として、いくつ命を奪ったか。村と山の間を大きく十周したあたりで数えている余裕はなくなった。

 周囲を巡回、山のほうから物影が見えたら接近、魔法を使うため一度地上に下りて駆除、空に戻って再び巡回。この繰り返しだ。


 コメットの予想では一晩中ゆっくりと回って、たまに村に近付きそうな姿を見たら駆除する予定だった。

 実際は一周回る間にどこかの山から熊か猪が姿を現すため、様子見する猶予もない。空でも地上でも、野生動物の本気を追跡できるスピードは出せないので、見つけたところで先制しなければ間に合わなくなる。


(トーマスから聞いてたけど、本当に何かおかしい)


 そもそも熊も猪も警戒心が強く臆病で、人間を避けて動く動物だ。自称ただの生物愛好家である村長が「偶然の遭遇だったら、雷一つで逃げ出して二度と現れない」と言い、村では有効だった。

 だから最初に殺めた熊の近くに威嚇の雷を落とした。だが熊は山に逃げなかった。むしろ正面で向かい合っているコメットに突っ込んできたため、仕留めるしかなかった。

 そのあとはほとんど同じだ。威嚇で山に戻ったほうが数えられるくらいにとどめを刺し続けている。


(あたまが、どうにかなりそう)


 心臓がずっと激しく動いていて息苦しい。寒さなんて感じないのにカチカチと奥歯がうるさく鳴る。

 兵士の彼らがどれほど頑張っていたか、今のコメットは身を以って実感する。命の危機を前にして逃げ出したい自分を押さえつけて、留まり続けた日々は、コメットの比にならないほどつらかったはずだ。


 夜が明けても戦いは終わらない。もしかしたら、このまま撤退する彼らにとっては、明けない夜の始まりかもしれない。

 せめて、この雷鳴轟く最後の夜は、どうか心穏やかであるように。

 祈る、祈る。魔法使いは世界樹に祈る。


『――――大丈夫だ、コメットならうまくできる。自分を信じてくれ』


 かつて学院で、雷鳴の中支えてくれた愛しい声を反芻する。

 その時の言葉は今も変わらず、コメットの心を支え続けている。



「よし。次、――――……え、」


 気合を入れ直し、地上に下りて杖を向けたコメットは目を疑う。

 一番最初に命を奪ったはずの熊が、そこにいた。

 肩から背中に走っている電撃傷は見間違えようがない、コメットが手加減なく放ってしまった雷による火傷だ。確実に致命傷を与えた熊が、再びコメットと相対する。


「せ――世界樹に捧ぐ! 望んだ祝福に報いる感謝を、願いを!」


 姿かたちや言葉が通じなくても、世界樹から生まれ、恩恵の許で生きるもの同士。距離を間違えなければ、共に生きることはできる。そんな常識が覆される。

 これはもう熊ではない。得体の知れない存在だ。

 消し炭にする勢いで雷撃を放ち、傷を負った熊が煙を上げながら地面に崩れ落ちる。動く様子はない。


「……まさ、か」


 コメットは急いで杖に乗って滑空する。向かうのは今の位置から一番近い別の死骸の場所――つい先程、猪の群れを仕留めた場所だ。

 ほんの数分で辿り着いたそこは、猪の死骸が直前の記憶と変わらない位置で倒れている光景が広がっていたが、嫌な予感が拭いきれなかった。


『雷なんて浴びたら普通は死ぬが、気絶している可能性もある。威嚇じゃなくて駆除として使った場合、安全のため急所を刺しておきな』


 村長の言いつけを守り、コメットはトーマスから借りたナイフを猪に突き立てる。

 心臓を間違いなく一突きした。引き抜いて血が流れていく様子も確かめる。完全に命を奪った猪の開いたままの目が、ぎょろりと動いた。

 他の死骸に近寄って確認すれば、目や口や足が再び動き出そうと痙攣している様子が見える。――生きている、というより、死んでいない?


(ああ……そりゃ、増え続けるよね……)


 全身で怖気を感じながらも頭の中は冷静に状況を理解する。

 生死で命が循環するのに、死が機能しなければ生で溢れ返る。それが今、コギー村周辺で起きている異常の正体だった。

 コメットが今まで雷撃を食らわせた他の動物たちも、あちこちで同じ状態だろう。今日まで頑張った兵士たちも、まさか仕留めた動物たちが再び動き出していたなんて思いもしない。


 どうして、そんなことが起きているのだろう。

 悪い夢の中にでもいるのではないか。


 はは、と面白くもないのに口から乾いた笑いが漏れて、どうしたらいいのだろうなぁ、と情けない気持ちで雲一つない夜空を仰ぐ。


 その時、小さな光が視界の端に入り込んだ。

 目の前の山で夜空の星の一つのように光っている。その微かな輝きは、世界樹の恩恵の光によく似ていた。


「……まほう、つかい?」

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