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平民魔法使いは拾った獣人の子の故郷へ向かう(元恋人も追ってくる)  作者: ある鯨井@書籍発売中


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13/19

一方、その頃イオスは①

 時は遡り、コメットが別れ話を切り出した翌日。

 イオスは仕事を休み、コメットの家を訪ねた。時刻は昼、施錠された家の中はもぬけの殻だった。


 村人たちに事情を尋ねれば、ここ数日コメットは慌ただしく引っ越しを進めていたことを語った。てっきりお前に嫁入りすると思ったのに違うのか、と愕然とした顔で。

 これは一大事だと村人たちと共に村長宅に赴き、同じように尋ねると村長は溜息混じりに一通の手紙を差し出した。


『びっくりさせてごめんね。ちょっと遠くまで引っ越します。私とイオスは結婚しないけど、みんな知ってる通り素敵な人だから、これからも仲良くしてね。コメットより』


 それを読んだイオスは、こう考えた。


(生まれ育った地から離れる決断をするくらい、僕から離れたかったということなのか……!?)


 ショックのあまり夕方から発熱し、結局翌日も休む羽目になった。




「おやおやおや、これは大変。いや本当にまずいですよイオス、蒸発しそうです」


「このまま塵になりたい……」


「やべ〜重症だねぇ〜。とりあえず粥できたから食っときな。ほ〜ら起きた起きた」


 気怠い体をどうにか起こし、イオスは麦粥を一口啜る。熱のせいか味はよくわからなかったが、温かい食事と心遣いがありがたかったので「美味しい」と感謝した。


 イオスには同居人が二人いる。住む場所を探している時、家賃を折半できる同居人を探していた同年代の男兄弟と出会い、一軒家をシェアする形で暮らし始めた。

 家賃を折半し、家事を協力してくれる二人は非常にありがたい存在だった。こうして体調を崩した今、助けられている実感を噛み締める。


「本当に不甲斐ない……二人に、迷惑をかけて……」


「そんな水臭いこと言わないでください。寂しくなってしまうでしょう?」


「ほんとそれ。俺が風邪引いた時に果物とか持ってきてくれたじゃん。まぁ失恋の手当てまではできねーけど」


「こらこらこら、口が暴れ牛すぎます。仕留められたいんですか?」


「お、やるか〜?」


 病人そっちのけで喧嘩が始まりそうな兄弟のいつもの光景に、イオスの張り詰めた心が解けていく。

 ここには気のおける友人しかおらず、貴族である面も頼りになる男である面も求められていない。傷付いた心に二人の優しさが沁み込み、気丈に笑ったつもりが目から涙が溢れ落ちた。

 

「……何が、駄目だったんだろう……」


 別れ話の時から耐え続けていた分を発露するように、紫の瞳からボロボロと止めどなく大粒の涙を落として独りごちる。


「コメットの隣に恥じない、一人の人間として、頑張っていたつもりだったのに……一体、何を間違えて……。彼女があんなにも、大事にしていた故郷を、離れなければ、ならないほど、おいつめさせて、しまったなら、僕は、ぼくはしらないうちに、なんてことを……」


「イオス、落ち着いてください。少し横になりましょうか」


「あ、待ってくれ……鼻水が逆流してくる……」


「今日のイオス、全部口に出しちゃう感じでちょっとおもろい」


 面白がりつつしっかりとイオスの手から粥の皿を回収した弟のほうが、吊り上げていた口角を下げて目を細める。


「ま~、早く新しい恋人作ったら? イオスなら余裕で選び放題でしょ」


「また口が暴れ牛になってますよ。まぁ心当たりは数人いるので、イオスの気持ちが落ち着いたら、いつでも顔を繋げますね」


「そ~そ~。貴族のご令嬢とか魔法使いのご縁ないけど、ただの平民だったらいくらでも紹介できるからさ」


 ただの平民――――その言葉で出会ったばかりのコメットの姿が、イオスの脳裏に蘇る。浮かび上がる幻影を追いかけるように、瞼を伏せた。


「ありがとう。だけど、紹介は、いい。……誰にも、彼女の代わりが務まることは、ないから」


 兄弟が揃って静かになる。こういう時の二人は目配せだけで息を合わせ、度を越した冗談を放ってくるのだが、今日は真面目に落ち着いた声色が返ってきた。


「……俺たちもコメットのことは普通に好ましく思ってますけど、特別視するほどの女性かと言われると、頷けませんね」


「な~。普通にそのへんにいる村娘と変わんなくね? なんか実は魔法使いとしてめっちゃ優秀で一緒にいて意味があったとか、夜が――イッッ、ッテェ!!」


 兄の蹴りによって下世話な追求は強制終了された。かなり強めの打撃音に思わず笑いそうになったのを耐える。

 そのせいか瞼の裏まで追いかけた幻影が消えてしまい、イオスはゆっくりと目を開いた。追いかけられなくなった代わりに、手元に残った彼女の残滓を確かめるように回顧する。


「……二人が言いたいこともわかるよ。コメットはちょっと足りないところが多くて、良くも悪くも普通の女の子だったから」


 友人たちの率直な意見を否定しきれない。何故ならイオスがコメットに抱いた第一印象がまさしく、取るに足らないただの平民だったから。



☆彡



 グリズムネイテップ侯爵家の三男、リーヴィオス。

 十年ぶりに授かった我が子に浮き足立つ両親と、歳の離れた五人の兄姉。そこそこの器用さを持って生まれた侯爵家の末っ子は、幸福という贅沢の中で立派に育った。それはもう山のように高い尊大さとか根拠のない全能感とか全身の贅肉とか。


 世界樹から選ばれた者だけが通える魔法学院に入学が決まっても、家族揃って魔法使いだから当然だと思っていた。

 兄や姉と違い、同級生に王族や公爵家の者がいなかったため、誰に慮る必要もなく、成績優秀者として無気力に学院生活を過ごしていた。


 本当に無気力だった。

 入学前に兄姉から知識を叩き込まれ、先に行きすぎた結果、基礎の基礎から始まる教育内容はあまりにも退屈だった。

 一学年上にいる公爵家の生徒への配慮で特進扱いもされない。優秀ですね、の一言で放置されていた。

 憂鬱な気持ちで空虚な数ヶ月が過ぎた頃。


『――ねぇねぇ! 一番頭がいいリブロースって、あなたのことだよね?』


 挨拶も自己紹介も敬いもなく、一瞬侮辱かと勘違いしかける最低な名前間違え。とんでもない無礼を引っ提げてコメットは話しかけてきた。


『あのね。ここと、ここと、ここ、どう読むかわかる? 教わってなくて全然読めないの』


 コメットが指差したのは世界樹への誓いの一文。魔法使いが何よりも先に覚える魔法を発動させるための基礎。入学当初に習った内容で、思わず返事をしてしまった。


『先生に聞けばいいだろう』


『……先生が、教えて覚えられないなら自分で読んで覚えなさいって、この紙くれたの。授業に出るのは覚えてからって……』


 匙を投げられたな、と一瞬で察する。

 学院内で貴賤平等を謳っても、人の心は不平等に動く。素質の低い平民に情けをかけつつ捨て置く、貴族の常識で考えれば当然の状況だった。

 リーヴィオスも貴族として、または無礼な人間への相応の態度として、コメットを無視することもできた。同時に、ちょっかいを出しても惜しくないほど時間を持て余していた。


『世界樹に捧ぐ。望んだ祝福に報いる感謝を、願いを、祈りを、信仰を、不変の愛を、口述を、眼界を、我が身の時間を、命の全てを以ってここに示す』


『そっ、それー! ここを何て言った!? ここは!?』


『まずは口が慣れるまで繰り返し復唱するところから。学院での推奨範囲は『祈り』までだから、半分だけ暗記を目標に――――』


 ほんの少しの憐みと退屈を紛らわせるため、コメットの先生ごっこを始めた。

 本当の教師が見限るほどなので覚悟していたが、コメットは普通に学習意欲が高かった。ただし『どんな意味があるのか』という疑問を解消しなければ先に進めないため、本人の知識量もあって最初は非常に手間がかかった。



『コメットは間違って覚えた内容を何度教えても直さないところがある。いい加減僕の名前も覚えてくれ。リブロースではなく、リーヴィオスだ』


『呼びにくいよ〜。リブ……りぃぶ、いおす、せんせい?』


『うん、近くなった。その調子で頑張れ』


 予想外だったのは、その面倒にやりがいを感じたことだ。

 よく考えればリーヴィオスの退屈は兄姉の熱心な教育の賜物だったので、最早血筋だと呆れる他ない。



『ねぇねぇイオス。祈りと信仰って何がどう違うの?』


『それは、……うまく説明できる自信がない。一緒に調べてみないか?』


『うん!』


 コメットの疑問を解消していく中、うまくいかない場面に何度も直面し、リーヴィオスもまた復習によって理解を深めていった。


(なんだ、大したことはないな。僕は)


 肥大化した自尊心が心地良く剥がれ落ち、教えた知識で成長するコメットの笑顔を見るたびに達成感で満たされていく。


 将来は教師になるのもいい。

 そんな優越感に浸っていた期間は、半年くらいだった。



 ――今日の最優秀もコメット・アドだ。

 ――アド村の田舎者が? 人の名前読み間違えるくらい馬鹿なのに。

 ――授業から放り出された落ちこぼれとは思えない躍進だな。グリズムネイテップの手腕には驚かされる。

 ――いいや、まだ十歳だろう? 進級前から『感謝』の地点で魔法を発動している。並大抵のものではない。これは……――――。



『イオスのおかげで私、また一番になれたよー! ありがとう! これだけいっぱい一番もらえたら、私もイオスと一緒に首席になれるかな?』


『……コメット、首席になるのは……』


 言いかけた言葉とその先の意味を理解した瞬間、リーヴィオスの人生は静かに崩壊した。

 手を引き、隣を許していた少女が凄まじい速度で追いついてきた。速さを維持したまま彼女は駆け抜けていくだろう。リーヴィオスさえ置き去りにして。

 しかし、この学院の中では侯爵家であるリーヴィオスに忖度され、平民であるコメットが評価される日は訪れない。


(――――嫌だ)


 その時初めて、『すごいな』と口にすることができなかった。



☆彡



「コメットは基礎を覚えた段階でコツを掴んで、一気に頭角を現した。彼女はまぎれもなく天才だった。()()()()()()()()は」


 凡才は天才と相対した時、圧倒的な敗北感と焦がれるほどの憧れに支配される。

 彗星のような天才に魅入られて追いかけ続けた果てに、置き去りにされてしまった凡才は複雑な感情を噛み締めるように、苦く笑った。

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