3話.褪せることなき便り
雨脚が強まり、窓を叩く音が激しくなる。稲光が夜空を切り裂き、轟音が遠くで響いた。まるで、私の心の奥底に眠っていた感情が、この嵐と共に解き放たれるかのようだ。枕元には、もう手紙はない。代わりに、その記憶が、雨音と共に鮮明に蘇る。
あの日のあなたの言葉――「寂しくなったら、開けてくれ」。その言葉が、まるで呪文のように私の心に絡みつき、同時に私を縛り付けていた鎖でもあったことに気づく。あなたの帰国の日付、私の誕生日。そのメッセージカードに込められた、あなたの深い愛情。私は、その愛に気づきながらも、悲しみに囚われ、未来から目を背けていたのかもしれない。
私は、立ち上がって窓辺に寄った。嵐の夜は、すべてを洗い流すかのように激しく、そしてどこか清らかだ。窓ガラスに映る自分の顔は、あの頃より少しだけ大人びていた。けれど、瞳の奥には、変わらない決意の光が宿っている。
あなたの夢。私が叶えられなかった、あなたの人生の続き。私は、あなたの好きだった詩集を手に取った。あの旅立ちと別れの詩が、今はもう、悲しみの歌ではなく、新たな始まりの賛歌に聞こえる。あなたが私に遺したものは、後悔ではなく、希望だったのだ。
翌朝、雨は上がり、空は嘘のように晴れ渡っていた。降り注ぐ光が、部屋の隅々まで照らし出す。私は、ゆっくりと机に向かった。そこには、真っ白な便箋と、使い慣れた万年筆が置いてある。手紙を書くのは、本当に久しぶりだ。誰に宛てるでもない、けれど、確かにあなたに語りかける言葉を綴り始めた。
「あなたへ」
書き出すと、止めどなく言葉が溢れてきた。あなたへの感謝、あなたと共に生きた証、そして、私がこれからの人生で成し遂げたいこと。悲しみは、消えはしないだろう。けれど、それはもう、私を蝕む毒ではない。あなたのくれた愛という名の光が、私の道を照らし、未来へと導いてくれる。
ペンを置き、改めて手紙を見つめる。それは、もうあなたからの「最後の手紙」ではない。私が、あなたへの感謝と、未来への誓いを込めて書いた「始まりの手紙」だ。
私は、手紙を静かに封筒に入れた。差出人の欄には、私の名前。宛先には、書くべき住所がない。けれど、これでいいのだ。この手紙は、どこかの郵便受けに投函されるのではなく、私の心の中に、永遠に届けられる。
窓を開けると、ひんやりとした朝の空気が頬を撫でた。遠くから、鳥のさえずりが聞こえる。世界は、私の悲しみに関係なく、今日も美しく、力強く息づいている。私は、深呼吸をして、新たな一歩を踏み出す準備をした。あなたの分まで、この世界で生きていこう。あなたの夢も、私の夢も、共に胸に抱いて。
もう二度と、あの日々に戻ることはない。けれど、あなたのくれた愛は、褪せることなく、私の心の中で生き続ける。それは、私がこの人生を歩む上で、最も大切な光なのだ。