1話.褪せることなき便り
褪せることなき便り
その手紙は、いつも枕元にあった。もう何年も前、あなたからもらった最後の、そして唯一の手紙。何度も読み返しては、そのたびに文字が滲み、紙が擦り切れていくのが怖くて、いつしか読むのをやめていた。ただ、そこにあることだけが、私の心を支えていた。
私たちは、大学のキャンパスで出会った。あなたは、いつもたくさんの友人に囲まれて、楽しそうに笑っていた。私は、そんなあなたの輝きに、そっと心を奪われた。内気な私にとって、あなたに話しかけることすら、大きな勇気がいった。けれど、あなたは、私の拙い言葉にも、いつも真剣に耳を傾けてくれた。
卒業が近づくにつれて、私たちの関係は深まっていった。あなたは、遠い国へ留学すると言った。夢を追うあなたの決断を、私は応援したかった。けれど、心の奥では、あなたを失うことへの恐怖に震えていた。出発の日、あなたは私に、一枚の封筒を手渡した。「寂しくなったら、開けてくれ」そう言って、あなたは飛び立った。
その手紙を開けたのは、あなたが旅立ってから半年後のことだった。異国の地で、慣れない環境に戸惑い、孤独に押しつぶされそうになっていた私を、手紙は温かく包み込んだ。あなたの優しい言葉、私を励ます言葉、そして、いつか必ず帰ってくるという約束。その手紙が、私にとって唯一の光だった。
それから、私たちは手紙のやり取りを続けた。あなたの文字は、異国の文化に触れていくたびに、少しずつ変わっていくように見えた。けれど、そこに綴られた私のことばは、いつも変わらない愛情に満ちていた。私は、その手紙を宝物のように大切にし、帰りを待っていた。
ある日、あなたの友人から連絡があった。あなたの訃報だった。事故だったと。あまりにも突然の出来事に、私の頭は真っ白になった。信じたくなかった。何かの間違いだと、何度も、何度も、電話口の友人に問い詰めた。けれど、返ってくるのは、ただ静かな沈黙だけだった。
あなたの葬儀には行けなかった。飛行機に乗ることも、異国の地へ行くことも、私にはできなかった。ただ、部屋の隅で、あなたの手紙を抱きしめ、声を上げて泣き続けた。あなたのいない世界なんて、考えられなかった。
数週間が経ち、あなたの遺品が送られてきた。その中に、私への手紙を見つけた。最後の、そして唯一の手紙。それは、いつもの便箋ではなく、小さなメッセージカードだった。そこには、あなたが帰国する日が記されていた。私の誕生日。その手紙を受け取った日、私はあなたに、大きな誕生日プレゼントをあげようと、ずっと考えていたのに。
私は、そのメッセージカードを握りしめ、あなたの言葉を何度も心の中で反芻した。そこに書かれた簡潔な日付が、鉛のように私の胸に重くのしかかる。その日、あなたは私の元へ帰ってくるはずだった。私は、ただそのカードを胸に抱きしめ、枯れるまで涙を流し続けた。あなたの言葉は、決して色褪せることなく、私の心を永遠に縛り付けるようだった。
今も心の奥底には、あの日の悲しみが、ずっと横たわっている。そして、時折、雨の音が聞こえるたびに、あなたの最後の言葉が、私の耳元で囁くように響く。手紙は、今も枕元に置かれている。もう読み返すことはない。けれど、そこにあるという事実が、私の心を締め付け、同時に、あなたが生きていた証として、静かに存在し続けている。