第3話「ととのいました! 畑・人・道具」
「はい、注目ー。今日から“レオン領主の農業再建講座”を開催します!」
朝一番、広場に集められた村人たちは、全員ポカーンとしていた。
まあ、そうなるよな。こっちの文化に「朝礼」も「ミーティング」もないらしい。
「えー、皆さんご存知の通り、この村の畑は──残念ながらスカスカです。収穫ゼロの年もあるらしいですが……」
俺は、昨日作った“超手書き農地マップ”を掲げた。
「これはですね、作物に必要な“水”“栄養”“日光”“連作回避”のどれもが配慮されてない状態なんですよ」
「れ、んさく……?」
「連作回避。つまり、同じ土地で同じ作物を育て続けると、土が痩せるってやつです。聞いたことある人?」
ちらほらと手が挙がる。中には「え、ダメなの?」という顔もいた。
「現代日本じゃ“輪作”っていって、作物を順番に変えて育てることで土壌を回復させてるんだよ」
「なんで知ってるんだ、レオン様……」
「……昔、趣味でベランダ菜園やってた。土が命なのは万国共通だ」
実は昨日、畑の土を一握り持ち帰って調べてみた。
見た目は黒土だけど、乾くとすぐ崩れるし、ミミズもいない。要するに“死んだ土”だ。
(これは、地力ゼロ。放置系MMORPGみたいなもんだ)
というわけで、本日のミッションは以下の3つ。
1.耕す(物理)
2.堆肥を作る(くさる)
3.村人に教える(やさしく)
「まず耕します! といっても、今ある“農具”が問題!」
村にあった鍬は、全体的にくたびれていた。
柄はグラグラ、刃はサビサビ。まるで“壊れる寸前のRPG装備”。
「これじゃ仕事にならん。なので──修理します!」
「……できるんですか?」
「できるできる。俺、DIY歴10年だから」
都会社畜の休日は、何かとストレス発散に趣味が必要だ。
俺はホームセンターと100均を駆使した“修理おじさん”だったのだ。
壊れた鍬の柄を削り直し、釘を打ち、鉄の刃を研ぐ。
慣れた手つきでカンカンやってたら、周囲から「器用すぎる……」「ほんとに領主か……」というヒソヒソ声が聞こえてきた。
「いやー、こう見えてもな、日本じゃ“自主保全”って言ってだな──」
「にほん……?」
「……とある、伝説の国の話だ」
道具が揃ったら、次は畑へ。
固い土を掘り返す作業は、想像以上に重労働だ。
特にここ数年、ろくに耕されてないらしく、スコップが刺さらない。
「……うん、これはあれだ。土の反撃ってやつだな」
「領主様……? 土が反撃を?」
「気持ちの問題です」
村人たちは最初こそ戸惑っていたが、少しずつノッてきた。
汗だくで土を掘り返すおっさんたちが、「若い頃は毎朝これやってた」とか自慢を始める。
なにこの急な“農業部のノリ”。なんかちょっと青春っぽい。
午後からは“堆肥作り”に挑戦。
「これから牛のフン、枯れ草、食べ残しなんかを混ぜて“腐らせる”ぞー!」
最初に悲鳴を上げたのは、パン焼きローナさん。
「えっ、腐らせるんですか!? あの、においが……」
「大丈夫、俺、臭いのには強い。前職、隣の席がワキガだったから」
「よくわかりませんが、説得力はありますね……」
発酵温度、通気性、水分量──全部をざっくり解説しつつ、でかい穴を掘って「未来の肥料」を仕込んでいく。
「1ヶ月後、この子たちが立派な堆肥になります!」
「……子?」
「擬人化すれば、愛着が湧くかなって」
「……領主様、変わってらっしゃいますね」
アリシア、半笑い。
いや、いいの。ノッたもん勝ちなの。ムード大事。
作業の合間、アリシアが近づいてきた。
「レオン様……お怪我はされてませんか?」
「ん? あー、ちょっとマメができたけど、大丈夫」
「手、見せてください」
アリシアが俺の手を取って、そっと指先に息を吹きかけた。
そのまま、布で丁寧に包んでくれる。
「領主様のお手が、これ以上荒れては困ります。……だって、もう、頼りにしてるんですから」
「……えっ」
「ふふ。なにか?」
「い、いや、あの、その、ありがと……」
(え? なにこのイベント? これお色気……じゃなくて……癒しシーン?)
いかん。この笑顔、破壊力高い。
完全に“働く男を支えるタイプのヒロイン”じゃん。
(ちょっと、心が揺れました)
日が暮れる頃には、畑の一区画がフカフカの状態にまで戻っていた。
明日から、ここにパンの原料になる穀物の種を植える予定だ。
「領主様!」
走ってきた子どもが叫ぶ。
「水、流れてます! 川の水、ちゃんと畑まで来たよ!」
「よっしゃああああああ!!!」
Excelもパワポもないけど。
今、目の前にある“変化”こそが、俺の成果だ。
(この村、なんとかなるかもしれない)