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第2話「税と水路とパンの種」

 翌朝。俺は早速、仕事モードに入っていた。

 といっても、パソコンはない。プリンタもスキャナもない。インクすら満足に出ない羽ペンで、机にかじりつきながらの「超アナログExcel作業」である。


「予算ゼロ、リソース不足、スキルバラバラ。うん、いい感じに詰んでんな」


 俺が今いるのは、自室の一角──いや、“会議室”と無理やり名付けた部屋だ。

 紙の地図に、畑・井戸・道・崩れた倉庫などを全部書き込み、村人の名前と得意分野を横にメモしていく。


 農業:エリク(60)→経験豊富。腰が悪い。

 水運び:マルタ(14)→健脚。おしゃべり。

 パン焼き:ローナ(34)→手際はいいが怒りっぽい。


(あれ? これ人材リストだな……完全にExcel的発想じゃん)


 俺は、会社にいた頃、誰が何できるかの“スキルマップ”を作るのが趣味みたいになってた。

 それが今、村の復興計画にそのまま役立っている。皮肉にもほどがある。


「レオン様、朝食でございます」


 やってきたのはアリシア。昨日よりも柔らかい笑顔を見せてくれる。

 メイドというか秘書というか、要するに唯一まともに話が通じる人材だ。


「おお、ありがとう。今日もパンとスープか?」


「はい、少しですが……今朝はジャガイモが入りました」


「おお、進化してる!」


 異世界スープは素朴な味だが、アリシアの手際は素晴らしく、味付けもよくできている。

 やっぱり、人材リストで“料理スキル:高”に記載しておこう。


 食べながら、俺は地図を指差して言う。


「今日の目標は二つ。水路とパン」


「……パン、でございますか?」


「そう。まずは“水”。それから“食”。この二つが生活の基本だ。

 つまり、“飲める水”と“焼けるパン”があれば、村は死なない」


 というわけで、午前中は「水路班」として、村人を3人引き連れて泥の中へ突撃。

 結果から言うと……惨敗だった。


「うわ、クッサ!!」「うわぉっ!? ヘドロ踏んだ!?」「道具もたわしもない!」


 今の水路は、細い溝を使った自然任せの構造で、落ち葉とゴミと粘土質の泥で詰まりまくっていた。

 川から引いてるはずなのに、流れてこないどころか、逆流してる。


(なるほど……“設計ミス+メンテ不足+人手不足”のコンボだな)


「こっちの溝を掘り直して、斜めに勾配つけて……」


 俺は指で地面をなぞりながら、理想的な流れのルートを作ってみせた。


「これで水は自然に流れるはず。問題は、作業時間と人手だ」


 子どもの頃、砂場で水路を作ったことがある人間ならわかるはずだ。

 “水がちゃんと流れる”ってのは、ほんの数度の角度差が命取りになる。

 でもここは砂場じゃない。固い地面、そしてスコップも微妙。


 そのとき、背後から声が飛んできた。


「へぇ……若いのに、変わったことを言うな」


 振り返ると、陽に焼けた顔の初老の男が腕を組んでいた。

 たしか、農業担当のエリクだ。


「水は“神様が与えるもの”って言ってる奴らが多いが……水路で流すって話、俺ぁ賛成だ。

 どうせこのままじゃ、今年も干からびちまう」


 俺は思わずガッツポーズを取りたくなった。

 この世界にも、話のわかる“ベテラン現場監督枠”が存在した!


 午後は、パンチーム。

 というか、パン焼きの主婦・ローナさんと、古びた石窯との戦い。


「この窯、熱がうまくこもらないんです。火が逃げるばっかりで……」


「なるほど。たぶん、煙突が太すぎるんだ。熱が上に抜けすぎてる」


 手で煙の流れを追いながら、即席で“ダンボールで仮煙突縮小案”を提示。


「それに、パンの種が弱い。種継ぎが上手くいってないか、酵母が足りてない」


「えっ、なにそれ……」


「パンっていうのは、発酵が命なんだよ。……あっ、ごめん、俺、趣味でパン作ってた」


 ローナさん、ぽかん。


 いや、ほんとにね。

 社畜がよくやる“休日の現実逃避シリーズ”の一つがパン作りなんだ。

 発酵時間を測って、気泡の出方で熟成具合を見て、オーブンの温度を調整して焼き上げる──


 つまり、パン作りはミニマムなプロジェクトマネジメントだ。


(異世界で社畜趣味がこんなに役立つとは……)


 夕方。アリシアと、ささやかな“日報ミーティング”。


「水路は仮ルートを掘った。明日から村人3人とエリクさんで本格作業に入る。

 パン窯は、煙突修正用に石材が必要。あと発酵用の布と器も、予算ゼロで調達したい」


「……レオン様、本当に、領主でいらっしゃるのですね」


「え?」


「最初は正直……頭でも打って人が変わったのかと」


「まぁ、実際中身変わってるからな。心当たりしかないわ」


 アリシアがクスッと笑った。


「でも、こうしてお話するうちに、何となく……信用したくなってきました」


 その笑顔を見て、ふと胸が温かくなった。


(この笑顔を守るために働くなら、悪くないな……)


 元の世界じゃ、客も上司もパワポの数しか見てなかったからな。


 夜、就寝前。

 布団に入った途端、疲労がドッと押し寄せてくる。


(あー……明日も早いな……)


 そして、ふと気づく。


(あれ……結局、こっちでも朝から晩まで働いてね?)


 領主とは。

 ブラック企業を転生してまで、働く職業だったのか……。


 だけど、今日の働きには、ちゃんと「感謝」と「意味」があった。


 そう思えたから、不思議と眠りは深かった。

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