(伝達の栞) B-1:伝達
悪魔へ。終わりを告げよう。天使のように。終わりを伝えよう。
・・・
私は何も知らなかった。
だから、何もかも知りたいと思った。
本当のことを。
私は何も伝えられなかった。
だから、何もかも伝えなければと思った。
本当のことを。
私は、おねえちゃんのことを大嫌いだと思っていた。
大人っぽい見た目の癖に、とても子供っぽい。
かっこわるくて、すごいところなんか何一つない。
いつもなさけなくて、私の方がしっかりしてる。そう思ってた。
私のことばかり構うくせに。自分のことなんかどうでもよさそうで。
私が、おねえちゃんに何をしたというのだろう。
私は何もあげてないのに、おねえちゃんは私にあげるばかり。
こういうのって、押し売りっていうんでしょ?
私は、はっきりいって、うっとうしいと思ってた。
だから私はわがままをいう。おねえちゃんを困らせてやろうと。
でもそしたら、おねえちゃんは嬉しそうにそれを全力で応えてくれる。
どんなに無理そうでも、無理やり叶えてくれる。
だから私のわがままはだんだん小さくなっていった。
でもそしたら、おねえちゃんは少し寂しそうにしてて。意味がわからない。
おかあさんはおねえちゃんにいっぱい話しかける。
お手伝いもしてほしそうにしてる。
なのにおねえちゃんは家にすらいないことが多い。
だから私が代わりに手伝ってあげてる。
そう、だから私はおねえちゃんの代わりなんだ。
おねえちゃんがいるなら、私なんかいらない。
おねえちゃんがいないから、私がいる。
そんなふうに、思ってた。
おねえちゃんなんか嫌いだ。
そうやって直接言ったことも、数えきれない。
嫌いだ。大嫌いだ。
自分勝手で、いやなことなんか一つもないように笑いながら。
気が向いたときだけ一方的にあげるばかりなおねえちゃんのことが。
大っ嫌いだ。
思い込んでた。
知らなかったんだ。
私がどれだけ、ちっぽけで。よわっちくて。
どれだけ、守られていたのか。
どれだけ、愛されていたのか。
私は、知ってしまった。知らなかったことを。
目の前にいるおねえちゃんはヒーローみたいだった。
あんなに、怖くて大きな化け物を相手にして。
いっぱい痛そうに傷つきながら、私たちを守ってた。
必死に。でも一つずつ確実に。勝っていった。
マンガの主人公みたいに。アニメの主役みたいに。
なさけなくなんかなかった。
かっこわるくなんか、なかった。
私は震えて、動けなかった。声も出なかった。
何も、言えなかった。
私は知ってしまった。だからもっと知らなきゃいけなかった。
おねえちゃんは、私が思ってるようなおねえちゃんじゃなかった。
だから本当のおねえちゃんのことを知らなくちゃいけない。
知って、そして伝えなきゃいけない。
ごめんなさい。
嫌いなんて、いってごめんなさい。
やっとわかったんだ。私は、私のことが嫌いなだけだった。
そんな私を全力で受け入れるおねえちゃんのことが、よくわからなかっただけだったんだ。
よくわからないものを、嫌いなんだと勘違いしていた。
私がおねえちゃんのことを好きかどうかはわからない。
でも、これはきっと、嫌いという気持ちじゃなかった。
だから、謝らなきゃ。
そう、思ってた。
なのにこの時。おねえちゃんは。
キラキラと光る、光の粒の中で。
嘘みたいに、粘土みたいに。
何度も鉄に。何度も。
私は何もわからなかった。わかろうとしなかった。
ただ、思ったのは。
私は何で、黙ってこれを見ていたのだろう。
何で?
おねえちゃんは戦っていた。何と、かはわからない。
でも、一人で戦っていた。なんで?
もし、私が声を上げていたら。どうなっていただろう。
誰かが気づいて、おねえちゃんを助けてくれた?
それとも、私が襲われて、おねえちゃんみたいに。
おねえちゃんみたいに……?
わからない。
考えなきゃいけない。知らなきゃいけない。
そして、伝えなきゃいけない。
私の気持ちを。おねえちゃんのことを。
どうやって? でも、だって、あれ?
……おねえちゃんはどこ?
悲鳴が遠くから聞こえた。
気付いたら、近くに来ていた、おかあさんからだった。
どうしたのだろう。
何か怖いものを見てしまったように、顔をゆがめて。
何が怖いのだろう。わからない。
何も怖くなんかないはずなのに。
だって、あれは。
あれは……?
──ぴちゃり。
いつの間にか、足が濡れていた。
誰だろう、こんなにも絵の具をこぼしたのは。
そんなことより、おねえちゃんを探さないと。どこにいったんだろう。
おかあさんがうるさい。たまにおかあさんはこういうときがある。
伝えなきゃ。おねえちゃんがさっきまでそこにいたって。
おかあさんはおねえちゃんが大好きだから、おねえちゃんを見たらきっと落ち着いてくれる。
そうだよ。今日はおねえちゃんの誕生日だから、おかあさんが買い物に連れてきてくれたんだった。
いつも何もいらないっていうけど、たまにはこっそり何かあげようと。
こういうのを、しっぺがえし? っていうんだっけ? いしゅがえし? だっけ?
私がお願いしたんだった。あんまりお休み取れないおかあさんも、ちゃんとお休みを取ってくれて、秘密のプレゼントを買いに。
おねえちゃんはきっと、一瞬だけ困った顔をして、バカみたいに喜ぶんだろうな。楽しみだ。
そう、ほんと今更だけど、この時のワクワクした気持ちを考えたら、嫌いなんてありえないんだ。
どうして、嫌いな人を、喜ばそうなんてするものか。
じゃあどういうことなんだ。そういうことなんだよ。
私はやっぱり、おねえちゃんのことが好きだったんだ。
早くおねえちゃんに会いたい。会って、お話したい。でもその前に謝らないと。
そういえばさっき会ったのに。会った、ような気がする。
あれ、なにかおかしい?
おかあさんがうるさい。伝えなきゃ。
そして、おかあさんと私が、一本の線のようなものでつながった。
声のような言葉が、伝わる。
その瞬間。私たちの中で爆発的に言葉が混ざり合った。
「あ」
私は知ってしまった。
いま目の前にあるよくわからないぐちゃぐちゃしたものは、死体なんだと。
「あ……」
私は知っている。
いままで目の前にいたのは、おねえちゃんだったんだと。
「あぁ……」
わかってしまった。わかりたくもないことが。
知ってしまった。知りたくもないことが。
「あああっ……!」
伝わってしまった。
伝えるべきではなかったことが。
私とおかあさんの中で、声にならない言葉が激しく行き交った。
あれは死体だと。あれはおねえちゃんだと。そんなの。そんなの。
彼と同じ。同じ? わけのわからない死に方。気持ち悪い。恐ろしい。なんなんだ。あれは赤の他人ではないのか。他人だったらいいというわけではないけどずっとマシだ。本当にあれはツバメなのか。またわけもわからず家族が死んだのか。ああ。いやだ。思ってしまった。あれがおねえちゃんじゃなければって。ツバメなのか。私は見てしまった。魅せられてしまった。見届けてしまった。ツバメだったのか。この、おねえちゃんだったものはおねえちゃんだった。いやだ。
死んでしまった。おねえちゃんと話さないと。どうやって。伝えないと。どうやって。知らない。知りたくない。知らないといけない。なんで。どうして。どうやって。ツバメは死んだ。彼みたいに死んだんだ。ああ。みんな死ぬ。私の家族は死ぬ。どれだけ頑張っても、どうせ死ぬ。私も。この子も。無残に。悲惨に。おぞましく。惨たらしく残酷に。彼のようにバラバラに食い散らかされて。あの子みたいにグチャグチャに潰されて。人らしい死に方はできない。いやだ。いやだ。
見たくない。見てしまった。見せてしまった。いやだ。死にたくない。死なせたくない。どう死ぬんだ。何かの餌になったみたいに。こんなよくわからない挽き肉みたいに。私たちはどうなる。焼かれるのか。刻まれるのか。溶けるのか。腐るのか。嫌だ。嫌。せめて人間らしく死にたい。怖い。恐ろしい。そんな未来が私たちの未来。決まっている。どうせ死ぬ。死んでしまう。おかしい。こんなの絶対おかしい。なんで。私たちばっかり。間違ってる。でもそうなんだ。頑張っても意味がない。いやだ。いやだ。いやだ。
おねえちゃんじゃなくて私が代わりになればよかった。それでもおかしなことにはなったけどここまで最悪なことにならなかった。たぶんそう。きっとそう。わからない。おかしい。私は死ぬ。死ななきゃ。せめて人らしく。死んでしまおう。意味もなく尊厳もなく死ぬ前に。いっそこの手で死なせた方がいい。きっとそうだ。私も死のう。全部台無しになる前に。もう駄目なんだ。終わりだ。お終い。もういやだ。いやだ。いやだ。いやだ。こんなことしたくないのに。誰も助けてくれない。助けて。どうしてこんなことに。
頭が痛い。割れる。死んでしまう。壊れてしまう。壊れてしまった。死んでしまった。もう何も知りたくない。知らなきゃいけない。思い知らされた。苦しい。息ができない。こんなの間違っている。これが正しい。もう駄目だ。いやだ。もういやだ。この子を殺して私も死ぬ。終わらせる。こんな地獄みたいな世界を。最悪の未来を。私の手で終わりにするんだ。どうせ。ゴミのように死ぬのなら。せめて。人間のままで。ごめんなさい。ごめんなさい。こんなこと。いやだ。でも。やるしかないんだ。これしかない。やれ。やってしまうんだ。
・・・
私には魔法が宿った。
誰も、幸せにならない魔法。
私は耐え切れずに気を失って。
おかあさんは私の首を絞めて、取り押さえられて捕まった。
何がいけなかったのだろう。
おかあさんは壊れてしまった。壊してしまった。
私も壊れているのかもしれない。
いやたぶん壊れてる。おかしくなってしまった。
私が何か伝えたいと思ったとき、それが勝手に伝わって。
お返しにバカみたいに、頭をぶん殴られるみたいにたくさんの言葉が勝手に返ってきて。
そして私は気絶する。この繰り返し。
その瞬間、私は化け物を見るみたいな目で見られて。思われて。
でも何故かみんなそれを忘れてしまうのか、また私のところにやってきて。
また私の心が伝わり、そしてみんなの心を伝えられる。
私は気絶する。その繰り返し。
私とおかあさんは同じような病院の、別々のところに入院した。
聞いたわけじゃないけど伝えられた。
毎日毎日。繰り返し。
嫌なことも良いことも。大事なこともどうでもいいことも。
私が何か伝えたら、勝手に伝えてくれる。関係ないことで私の頭を壊しながら。
まるで地獄のような世界の中で、私は死に掛けながら、でも生きていた。
私は知らなきゃいけなかったから。
私は伝えなきゃいけなかったから。
もう伝える相手はいないけど。でも、知らなきゃいけない。
いつものように私は壊れていた。
私はどうなるのだろう。結局、死ぬのだろうか。
知りたくもないことをいっぱい知った。
でも、知りたいことはなにも知らないまま。
・・・
次回『抑制』




