(幸運の栞) A-5:残滓
・・・
私の誕生日は、とても静かに始まった。
お母さんは休みの日で、妹を連れて買い物に出かけた。
魔物の声もなく、電話が震えた。
魔物の出現情報だ。
声は聞こえなかったけど、その場所は思ったより近かった。
単に聞き逃しただけと思って、私は単身そこに向かう。
場所は人通りのない、広い路地だった。
何もなかった。
疑問と、警戒心が頭をもたげた瞬間。
視界に映るすべてが、跡形もなく消え去った。
そして、私は何かに思いっきり吹き飛ばされて、何か、恐らくビルらしきものの壁面に叩きつけられた。
ここで思ったよりダメージが無かったのは、珍しく運が良かったということなのかもしれない。
痛みに霞む視界のなかで、私は悟った。理解してしまった。
私の終わりが始まったのだと。やはりこの日は、こういう日なのだと。
全てが隠された世界の中で、たった一つだけ。
不自然なほどに浮かび上がる彼女を見て思った。
私は、何を間違えたのだろう。どこから、間違っていたのだろう。
なんで、りのさんと戦わなければならなくなってしまったのだろう。
考えることは私の仕事ではないけど、考えずにはいられない。
でもそれは考えても仕方ないことだ。
だって、もう始まってしまったのだから。
誰も幸せにならない戦いが、始まってしまったんだ。
私はこんな結末、認めない。
だから、『幸運』の魔法少女として、全力でそんな未来を捻じ伏せてみせる。
……だけどさ、りのさん。
この程度で、私を封殺できると思ってたのかな?
私は『幸運』の力を全力でブーストし、周りのすべてを不運にする。
この力の対象は、人だけじゃない。人以外のすべての運を操れる。
それは例え、隠された魔力機雷でも、隠された見えない敵でも。
実体があろうがなかろうが、そこに目的が存在するなら、不運がその目的を果たさせない。
何も見えてなくても、私の近くに存在するなら関係ない。
この場は、私の領域だ。
そして、私の放つ魔力弾は、百発百中になる。
『幸運』は私の運を操作できないけど、私の手を離れた、魔力弾は別だから。
相手に当たるという目的は、幸運にも必ず果たされる。
仮にも私は、女神だと呼ばれる魔法少女。
この程度の不運なんかじゃ、役者不足だよ。
「知ってますよ?」
全てが隠されていて、何の手ごたえも返してくれない戦い。
分かるのは、無差別に作用させている『幸運』が、何とか機能しているということだけ。
唯一存在が分かる彼女に、干渉することはできない。『幸運』の距離制約を正確に見切られている。
離れた距離なのに話していることがはっきり聞こえてくるのは、周りのすべてが隠されているからだろうか。
それとも、『隠蔽』の代償なのだろうか。代償が発生しているのだとしたら、この戦いは長くはならないとは思うけど。
「まともにやってもあなたをどうにかすることはできません。ですので、考えました」
「……」
「消耗戦ですよ。そんなにも凄まじく強すぎる力、無限に使えるわけないですよね?」
「……」
「私はたくさん準備しました。果たして『幸運』の残量は足りるでしょうか?」
「……」
「頑張ってくださいね」
……この力の限界は、私にもわからない。
ただ、確実に限界が存在することは、感じている。
対象も指定せずに無差別に使ってるから、いつもよりずっと消耗も激しい。
応援も期待できそうにない。たぶん、私の携帯電話も隠されてて通信はできないだろう。
孤立無援。それでも、私は勝たなければならない。
誰かを不運にする戦いなんか、絶対に終わらせないといけないんだ。
・・・
戦い続けて、どれくらい経っただろう。私はまだ、戦えている。
そして、彼女の『隠蔽』は、少しずつ剝がれ始めている。
「ほんと、化け物ですね」
見えるようになって改めて、分かる。
この人が私をどれだけ本気で消したがっているか。
彼女のグループには、相手を眠らせたり、遅くしたりする魔法少女もいる。
その力を利用して、これほどの魔物を集めたのか。
数えるのも嫌になる、何十体もの魔物。
隠されている間のも合わせたら百は優に超えてたかもしれない。
魔物は……私たち魔法少女の共通の敵じゃなかったのだろうか……。
そんなものすら利用して、私に立ち向かわないと、いけなかったのだろうか……。
……懐の携帯が震えた。
恐らく、ようやく隠蔽が解かれ始めた魔物の声を聞き取った魔法少女が、通報したのかもしれない。
だったら、あと少しだ。もう少しで加勢が来る。そうすれば私の勝利だ。
あとはこのまま戦い続け、
──パキッ。
いま何か、致命的な感覚があった。
壊れてはいけない何かが、壊れてしまったかのような。
「……ッ!?」
今まで掠ることもなかった魔物の爪が、私の髪の毛を何本か持って行った。
まずい。どうする。まずい。
『幸運』が切れている。
代償、いや、まさかこれが……コアブレイク?
「……勝ちました」
目の前には、数十体の魔物。
私の魔力は、ほとんどない。
『幸運』も、尽きている。
遠くで、作られていない心からの笑顔を浮かべている彼女を見て。
私は私の終わりを悟ってしまった。力が抜けてしまった。
もう私に打てる手立ては、残されていない。
ああ、私には何もできなかったんだな。
彼との約束も。私の理想も。何も果たせずに終わってしまうんだ。
すみれさん、ごめんね。
「私は、こちらに来る子と合流してまた来ます」
「……」
「人は少ないですが、周りに被害を出さない程度には、抗ってください」
「……」
「それではどうか頑張ってくださいね。女神様」
立ち去っていった。そして魔物が襲い掛かる。
私は搾りかすのような魔力で応戦するけど、どうだろうか。
応援が来るまで、どれくらい? 10分? 30分? 1時間?
耐えきれるわけがない。でも、戦わないわけにはいかない。
魔物の被害を出さないために。
傷つき、転げまわり、1体、また1体と魔物を倒す。
着実に。でも、あまりにも地道に。
私の素の能力だって、決して弱いわけではない。
私は不運だから、『幸運』に頼らないでも戦えるように鍛えてきた。
でも、無理だ。限度がある。
骨を断つため、肉が切られて傷は増え続ける。
もう駄目だと、諦めかけた。
そして、視線を感じた。
この場にいてはならないはずの妹がこっちを見ていた。
「え」
隙を作ってしまった。
咄嗟に身体が動き直撃は避けたが、魔物の腕が身体を掠めて私は地面を転がる。
なんで、ここに?
なんで、見えている?
今さっき、確実に目が合った。妹は怯えていた。
明らかにこの、魔物たちも見えている。
魔物は、自身を認識しているものを優先して襲う。
この場の魔物を認識している存在は、私と、もう一人だけ。
私が死んだらあやめちゃんが死ぬ。
「……っ! あ、あああっ!!!」
勝て。立ち上がれ。
私は勝利の女神だ。勝ってみせろ。家族を守れ。
私は、みんなを幸せにするんだ。
そうだ。何の被害もなく、私が生き残りさえすれば、りのさんだってまだやり直せる。
私は『幸運』を失ったから、私はもう有用じゃないから、すみれさんの隣にはいられない。
そしたら私が生きていたって自動的に彼女の目的は叶うはずなんだ。
私は許す。もうずっと前に納得してるから。
彼女の罪だって、元より彼女のことだ。証拠なんかどこにもないだろう。
魔物を使ったのは流石にラインを超えているけど、それでも全部無かったことにできるなら、私は呑みこむ。
バレなければいいという話ではないけど、私さえ身を引けば、すべてが丸く収まるのだから。
私の理想を私が叶えることは出来なかったけど、それはきっと彼が叶えてくれる。
だから、何の問題もないはずだ。
大丈夫だ。きっとバッドエンドなんかにならない。
一筋の希望が、見えた。
それが例え、偽物の光だとしても。
私は必死に、それを掴むため。
魔物を倒す。血を流しながら。
魔物を倒す。命を零しながら。
魔物を倒す。倒す。倒す。
最後の、一体を……、倒す。
……なんだ、私ってやればできるじゃん。
ずっと固まっていた妹が、涙を零した。
お姉ちゃん、頑張ったよ。えらいでしょ。
お母さんが遠くから駆け寄る姿も見えた。
ああ、なるほど。そっか、あやめちゃんは迷子になってたんだね。
良かった。ほんとに良かった。これで、きっと、全部、大丈夫。
私も帰るよ。私の家に。
私は笑って、二人のもとへ、足を、一歩────
・・・
幸運の終わり。
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