(幸運の栞) A-3:視線
・・・
私は今日もさっそく、どうでもいい不運に嘆いている。
「……」
やめて、私をそんな目で見ないで、すみれさん……。
とか冗談めかして呟いてみるけど、多分耳に届いてないかな。
ちなみにどんな目してるかというと。
完全に無の状態な、悟りを開いている目です。
私はすみれさんのこれを、賢者アイと名づけています。
そして私の今日の不幸のお品書きは。
いち、通りがかりの散歩中の大きなお犬さまに突然後ろからのしかかられてマウンティングされる。
に、ついでに持ってた飲みものが思いっきり掛かってべっちょりとシャツが濡れる。
さん、四つん這いになった状態でスカートが盛大にめくれる。
以上の三本となります。多くない?
あ、いや、わかるよ。すみれさんが何を思ったか。
咄嗟に思考停止させてそれ以上考えないようにしたんだね。えらいね。
でもフリーズしてないで早く、必死に謝りながら引き剥がそうとしてる飼い主さんを助けてあげてくれないかな……。
頑張って四つん這いの状態で大興奮ブンブン丸なお犬様を引きずり、すみれさんを再起動させようと近づいて。
──……。
と。ふと背中が軽くなったと思ったら、お犬様がキョロキョロして何かを探しに何処かへ向かった。
飼い主さんも戸惑いながら引っ張られていく。
「大丈夫、でしたか?」
「ありがとう、りのさん……」
気配もなく近づいてきたのは、『隠蔽』の、りのさん。
彼女はいつもどこからともなく現れるのでびっくりするのだけど、今回は何となく前もってわかった。
私を、魔法で隠してくれたから。ほんと、助かった……。
すみれさんにぺちぺちと、フェザータッチビンタで再起動かける。
それをニコニコ可愛らしい笑顔で見守っている、りのさん。
──……。
平和だ。こんな平和がずっと続けばいいのに。
残念ながら私たちの敵は大人しくしてくれない。
不運の呼び声が聞こえた。魔物だ。
……ほら! いくよ!
すみれさんの頭を引っ叩いて強制再起動させ、手を引いて走る。
りのさんもそれに続く。
これが今の私たちの、日常だ。
・・・
「おう、遅かったな」
なんか現場に行ったら既に終わってた件。
ひとけのない綺麗な河原が、見るも無惨な穴だらけになってるんですが……。
キラキラと光る魔力残滓の中で。
かなめさんが、ひしゃげた金属バットを持って得意げに笑っている。
素敵な笑顔だけど、ちょっとこわいッスかなめさん……。
「ザコだったから女神様の出番は無かったぞ」
「そ、そうッスか……」
「なんで引いてるんだよお前」
「なんでもないッス」
バットをポイっと捨ててこっちに歩いてくるけど、思わずちょっと後ずさりしちゃった。
重さイズパワー。
戦闘でアドレナリン出してる状態の物理最強魔法少女はやっぱ少し怖い。
その気になれば空気の重ささえ支配して敵を押し潰しちゃうからね。
本気のかなめさんと対峙したら、すぐにお煎餅が出来上がるよ。
あと空気の重さをいい感じに変化させたら実質風も操れるぞって聞いた時は、なぁにそれぇってなったね。
もし万が一、かなめさんと敵対したら、どうなるだろう。
戦闘になって目の前に立った時点で、良くても相打ちかな。
まぁ戦闘なんか成立させないし、そもそもそんな最悪なこと自体有り得ないだろうけどね。
そんなめちゃつよな魔法少女率いる、かなめさんのグループもやっと私たちの仲間になってくれた。
一騎当千のかなめさんによるワンマンチームだけど、人数は多い。
戦えない子達でも、各地で目、というか耳の役目は果たしてくれる。
「なんだ、今日はクソザコも一緒か」
相変わらず、すみれさんには厳しいけど……。
まあ思ったより穏やかに交流できてるんじゃないかな。お煎餅にはならずに済んでるし。
「お前の居場所は前線じゃないだろ。危ないな」
「まあ僕は戦えないけどね。でも燕がいれば大丈夫だよ」
──……。
その通り。私がいれば大丈夫。危ないことなんか、私の力があれば何もない。
私一人でも十分だけど、すみれさんがいればもっと効率的に戦えるから。
すみれさんもすみれさんでクールぶってて意外と血気盛んだったりするから割とノリノリで作戦を指示してくれたりする。
最近は、りのさんがよく参戦してくれるから、もっと楽になってるね。
「堂々と守ってもらう宣言してるのは男としてどうなんだ……?」
「いてくれたら助かると言ってもらえるのは、それはそれで冥利に尽きるもんだよ」
「開き直るなザコ」
……ふと、視線を感じた。
りのさんがちょっぴり悲しそうな顔でこっちを見ていて、呟く。
「私も守りますよ?」
「……そうだね」
……少し、気になっていることだけど。
すみれさんは、りのさんのことをまだ警戒している。
割と疑心暗鬼の擬人化みたいなところある人だからそう簡単に心を開いたりはしないのだけど。
それにしてもどうも頑なな気がする。考えすぎじゃないかな。
私だって最初の最初はやっぱり不安だったけど、そんな不安を消し飛ばすくらい彼女は完璧に動いてくれている。
そこに何も、おかしなところは見つからない。
でも私がいくら、大丈夫じゃない?って言っても受け入れてもらえないんだよね。
大体聞いてもらえる私の主張がここまで通らないのは珍しいことだ。今回の疑心暗鬼はかなり重症みたい。
いや……ひょっとして美少女に冷たくして悲しい顔をさせるっていう性癖に目覚めたとか……?
ないか。
私と一緒にいてちょいちょい賢者になるくらいにはムッツリな人だけど、無闇に相手を傷つける人じゃないもんね。
無意識に傷つけることは、まあ誰しもあるだろうけど。
じゃあ、なんなのだろう。何に、違和感を感じてる?
すみれさんのそういう態度を見るたびに、それとなく、りのさんを見る。
でも何もわからない。私に見えているのは、なんの傷も欠点もない、文字通り完璧な少女。
……まあ時間が解決してくれるのを待つしかないかな。
彼女が頑張っていれば、いずれ認めてもらえるだろう。
事実として、私たちは彼女の献身に助けられている。
彼女たちがもたらす成果で、『協会』はここまで大きくなった。
それは、それだけでも、認めるべきだ。
私たちの『協会』の、いわゆる幹部メンバーは未だにすみれさんと私しかいない。
他の子は全員、単なる会員でしかない。平等で、その扱いに何も差はない。
戦っても戦わなくても、最低限、網の目の役目を果たしてくれるなら問題ない。
すみれさんがたくさん考えてそうすべきと言ったから、私はそれに従っている。
他の子がどれだけ頑張っても、私以外を隣に置こうとはしない。
そんな私だって、待遇にそんな特別扱いがあるわけでもない。
他の子と同じく平等に、『協会』の恩恵を受けているだけだ。
ただ、彼の隣に早くからいて、少し長く一緒にいるというだけ。
私は単なる、有用なだけの初期メンバーに過ぎない。
だから私は彼女のグループの人たちがいうように。
りのさんを私と同列に扱うようにすべきというという声に、異論は特段ないんだ。
私は彼の特別なんかでは決してないのだから。
私と彼は、互いに互いを利用し合っているだけの関係。
初めて会って、内心を話し合う機会があって、私たちはこの関係をそう定義した。
すべては一つの目的のために。
みんなの平和な世界のために。
彼女が有用だというのなら、私と同じく扱うべきだ。
そうでなければ、周りは納得しない。
私は自分を、もう納得させた。
だから早く納得してほしい。
そこまで頑なに、私以外の子を退けたりしないでほしい。
私は彼を大事な相棒だと思ってるけど。
彼の相棒は、このまま私だけじゃ多分ダメだから。
予感がしているんだ。
きっと近い将来、私のこの、途轍もない力が。
いつか逆罰となって、私を滅ぼす。
そんな確信。
その日がいつになるかはわからない。何が起こるかもわからない。
私がその時までにできることは、それを私一人の範囲に留めることと。
私がいなくなっても彼をひとりぼっちにしないこと。
私は私を、誰かに引き継いで貰わなければならない。
私の理想を、誰かに託さなければならない。
それに彼女が相応しいかは、まだわからないけど。
その候補になる資格は十分にあるんじゃないかな。
かなめさんもその一人だ。
今はちょっとギクシャクしてるけど、彼を上手く支えてくれる気がする。
「おい」
「……?」
「大丈夫か」
「あ、ちょっとボーッとしてた」
ちょっと考え込み過ぎたみたい。
すみれさんも少し心配そうにしてる。
りのさんも、少し離れてなんだか心配そうな目で見ていた。
あれ、そんなに私、やばい顔してたのかな……。
失敗失敗。
幸せを運ぶと書いて『幸運』なんだから、私が辛気臭い顔してちゃ駄目だね。
うん、気を取り直して。笑顔で頑張らなきゃ!
「……なんかあったら、言えよ」
「ありがとう、かなめさん。でも私は大丈夫だよ!」
──…………。
・・・
次回『剥落』




