(七日目) 7-1:決戦
・・・
本当は、もっと簡単に見つかると思っていた。
だってこの子は、明らかに私たちから隠れようとしている。
『察知』の魔法はそれを違和感として捉えるから、その方が逆に見つけやすいはず。
それなのに、掴めたのは遠い手がかりばかり。《《まるで何かに操られるように》》、本命は私たちの手をすり抜けた。
ばら撒かれた情報の中から、作為的なもの。偶然のもの。
嘘と、本当のこと。それを選り分けていって探す日々。
不謹慎かもしれないけど、ちょっと面白いとも思っちゃったんだ。
突然の大本命の情報の痕跡に、少し興奮したってのもあるかもしれない。
……私が納得できない未来が待ってるって、嫌な予感は最初からしていたのに。
そんなバカなことを考えてた私のことをぶん殴ってしまいたい。
・・・
私は昔から勘が良かった。
気づいてはいけないことにもよく気づいてしまい、疎まれることもあった。
そのせいで危ない目に遭うこともあった。
それでも、私は追及することはやめられない。
それが、私にも変えられない私の性分だから。
年を重ねて少しずつ成長して、人のことを気にするのは、表向きやめられるようになった。
気になっても、それが重大なことでなければ気になってないふりをする。そう振る舞えるようになった。
流石に指摘した方が良さそうなことなら、それとなく指摘する。それ以外はそれとなく気に留める程度。
こんなの、みんな多少やってる当たり前のことだけど。
それで大体のことは円滑に進むようになる。
まぁ思わず、うずうずはするんだけどね。うずうずというかむずむずというか。
それも頑張って上手く誤魔化せるようになったと思う。多分隠せてる。多分。
そしてその代わりの反動で、個人的なこと以外の謎なこととか不思議なこととかを徹底的に追求したくなった。
人が死んだり行方不明になったりした災害。
そんなありきたりなニュースにある日、私は違和感を覚えた。
気になって現場を巡ってみるけど、何もない。ないはずなのに、なんだか納得できない。
その追求の果てに得たのが、魔法の覚醒。
魔物と特異点の発見。生まれて初めて死にかける経験。
そして、今はもう無くてはならない、新しい友達。
あの日、魔物から私を助けてくれた灯ちゃんはすごく不安定な子だった。
何も気にしてなさそうなゆるい雰囲気の裏で、いろんなことをずっと気にしてる。
責任感が強くて、自分のことが大嫌い。いつも自分の力不足を感じてる。
何かに執着しがちで、そのためには自分を顧みない。
最初はただ、この子を元気づけてあげなくちゃと考えて一緒にいただけだった。
まあ、最初の方はおせっかい扱いで邪険にされてたんだけどね。
でも私はしつこいので、引き時を見極めながらも押し引きぐいぐい関わって。
いつの間にか、気づいたら私の大事な、大事な友達になっていた。
弱くて柔らかいけど、私にはない、繊細さと静かな情熱を持っていて。
無鉄砲な私が振り回してるうちに元気になれるような、強い子だった。
……目の前のこの子はどうだろう。
一目見た瞬間は、灯ちゃんに似てるかもと思った。
でも、あまりにも歪すぎる。異常すぎる。
このおかしさの原因は何だろう。仮面が分厚すぎて、まだわからない。
これは、触れても大丈夫なのだろうか。
なんだか、違和感で硬く塗り固められて不自然に安定してて。
なのに、迂闊に触ってしまったら、すぐに壊れてしまいそうな予感もしてて。
「萌ちゃん」
近づこうとしたら、ぐいっと引き寄せられた。
なんだか灯ちゃんは、さっきからこの子のことをすごく警戒している。
今みたいに、私を自分より前に立たせないようにしているんだけど。
「久しぶりだね」
「ッ……!」
もうずっと前から確信してたけど、この子は灯ちゃんのトラウマの災害の、例の子だ。
この子と対峙している時点で、灯ちゃんはまた不安定になっている。
ちょっとまずい状況かもしれない……やっぱり私一人の方が良かったかな。
でも灯ちゃんセンサーがないとこれだけあっさりとは会えなかっただろうし。
うーん……もどかしい。まぁともかくとして。
私はほとんど戦えないから何かあったら危ないかもだけど、この子はきっと危険じゃない。私の直感がそう言っている。
「やめた方がいいよ。君程度じゃ百万回やっても負けないから」
「馬鹿にして……!」
「灯ちゃん」
熱くなってきた灯ちゃんを、今度は私がぎゅっと引き寄せる。
本当は震えている。触れなくたって、怖がっているのがわかる。
手を優しく握り、背中に手を置き、それを少しずつ取り除いていく。
ほら、落ち着いて。いつものゆるふわガールに戻って。
「……いいね!」
なんか満足げな表情で頷かれた。何でそんないい顔してんの……?
いや、そんな軽いリアクションするくらいならその化け物みたいな魔力の圧をどうにかしてよね……。
そのせいで灯ちゃん、しょぼん……って一歩引いた気持ちだったとこから、一気に臨戦態勢に入っちゃったんだから。
いやまぁ、私も実はずっと警戒しているってのも、一つの原因ではあるんだろうけどね。
警戒してるってのはこの子に、ではなくて。
この子の後ろにある、今にも魔物を生み出しそうな特異点に、だ。
この子はずっと一人で特異点に張り付いて魔物を倒していたと思われる、私たちよりずっとずっと強い魔法少女。
それでも身体は普通の女の子なのだから、いくら身体強化してても一撃でも喰らえばタダじゃ済まない。
そんな近く、背後から急に魔物が現れたら、いくらなんでも危ないんじゃないか。
とにかく、そう声をかけようと、
「知ってるよ。大丈夫」
……あれ、私以外に分からないはずの特異点に気付いてる?
ああいや、これまでのことを考えたらおかしいことでもないかな。そういう効果の魔法の可能性もある。
でも、もしそうだとしたら、なんでそんな危ないとこに立ってるんだろう。
あれかな。スリルというか危ないとこに立ちたがるお年頃なのかな?
私の『察知』は、ちげーよ馬鹿って言ってるけど。まぁそりゃ違うか。
でも、いつ魔物が現れてもいいように、注視する。そしてその時はすぐに動く。
この子が危なくなったら、灯ちゃんに対処してもらうつもりだ。
……そうだよ! 戦いはヒャクパー灯ちゃん頼りだよ!
いいんだって、それ以外のことで私役に立ってるから、たぶん!
えっと、役に……立ってる……よね?
……おっけー大丈夫、役に立ってる! うん!
本当は、この子を見つけることが出来たら協会に連絡して増援を呼ぶつもりだった。
この子の近くには絶対に特異点があるって確信があったから。
万一戦闘になったら、私が危ないし。特に私だけが。……なんか自分で言っててしょんぼりするね。
でも。何故かしばらく前から通信が使えない。
そのせいでこの場にいるのは、私たち二人とこの子だけだ。
出発した直後に使えなくなったから灯ちゃんがすごく憤ってたけど、この機を逃すわけにもいかない。
勘だけど、多分このタイミングを見過ごしたら、二度と会えない。そう感じたから。
いや、というか最初から最後まで指示を仰ぐつもりだったから割と行き当たりばったりで会っちゃったけど……。
このあとどうしよう……。
っ……!?
「灯ちゃん……!?」
「だから大丈夫だって」
特異点が開く!って思った、その時。
この子は、振り向きもせず肩越しに特異点を指差して。
レーザーポインターのような一瞬の光が、出現した瞬間の魔物たちを正確に穿っていた。
大きなタコみたいな魔物たちが現れてから、一瞬での出来事。まさしく、刹那。
何匹も、何匹も、何もできないまま地面に落ちて、破裂する。
今、魔物が、無音で、一瞬で殺された。
灯ちゃんも目をまん丸くしている。
すごく可愛い表情だけど、それは今は置いといて。
……いま明らかに、出現前に攻撃をしてたよね。
何の魔法だろう。出現が予め分かっていた……?
私の『察知』みたいな……いや、むしろ予知?
干渉系だと思ってたけど、内燃系なのかな……?
でもなんか少し違う気がする。なんなんだろう。
とりあえずこの時点で、この子の危険が無いことは確信した。
そしてこの子が危険じゃないことも既に確信している。だから、この場はある意味、安全地帯だ。
この子はきっと、どんな魔物が出てきても自分のことはもちろん、私たちのことだって楽々守ってみせるだろう。
安心していい気がする。
だけど……。
「とりあえず何個か聞いていい?」
「どうぞどうぞ」
「その魔法って、予知?」
「うーん、サンカクかな」
ちょっと惜しいみたい。……どうアプローチしていこうか。
単純に好奇心が湧いてきたってのもあるんだけど。
たぶん、この子にはかなり強引にいかなきゃ通用しないのかもしれない。
「君は、私たちの味方?」
「敵ではないね。はっきり味方とも言えないけど」
「君のことはなんて呼べばいい?」
「おじさんでいいよ。私は魔法少女おじさんだからね」
「魔物のこと、どう思ってる?」
「異世界のゴミ」
「協会の彩芽さんって、知ってる?」
「さぁね?」
「君はなんのためここに?」
「みんなを救うため」
大体わかった。
とにかく、このままこの子を戦わせてはいけない。
「灯ちゃん」
「……なぁに」
「私も頑張るから、頑張って割り込んで」
「無茶いうなぁ……使ってもいい?」
「それはダメ、と言いたいけど無茶しない範囲でなら。私が見てるから、今回は特別」
「わかった、頑張ってみる」
ぶわっと、周囲の空気が熱気を帯びる。彼女の熱が伝播する。
「……今っ!」
「遅いよー」
私が察して、灯ちゃんの熱が襲う、そのもっと前の段階。
出現が始まった瞬間、魔力のレーザーが巨大なカニ3体を串刺しにしていた。
誰にも何もさせない、神速の一撃。早い。早すぎる。
というか、いやちょっとこれ、流石にレベル差があり過ぎでしょ……!
無理ゲーにもほどがあるんですけど……!?
でも……、挑まなきゃいけない。止めなきゃいけない。
いくら私の勘が、もう手遅れだと告げていても。
この子を助けなきゃ。
そう思ってしまったんだから。
助ける? こんなにも強い魔法少女を? 何から?
多分、この子自身から。
保護される前後の様子、行方不明になってからこれまでの痕跡、今の彼女の振る舞い。
兆し。雰囲気。その中に感じた違和感。予感。直感。
私は、残酷な未来を察知し、確信していた。
この子は、自分を犠牲にしたがっている。
その犠牲を対価にして、この戦いで何かを成し遂げようとしている。
何がこの子をそこまで駆り立てているかまではわからない。
私の考えはいつだって、結論からの遡上だ。
直感に基づく結論から、後付けで理由を考えていくことが多い。
だけども私は、私の直感を100%信じている。
この子は死ぬ。それか、死んだ方がマシなことになる。
間違いない。でも、そんなのは絶対に間違っている。
この子を支配しているのは、きっと責任感と罪悪感、そして自己嫌悪。
灯ちゃんの比ではない、極限まで煮詰められた地獄のような闇。
どれだけの絶望を味わえば、こんなことになるのか。
私には何もまだ分からない。想像するしかない。
これほどの力がある子の、絶望の源とは何なのか。
「大事な人……例えば友達……家族とか?」
揺らいだ。
ほんの一瞬だけ、仮面の隙間が見えた。
これでほとんどのことが繋がってきたと思う。
あとは……、
「やめなよ、無駄だから」
壊してしまわないように、最新の注意を払いながら、この子の感情を引き出す。
この子は表面上、感情豊かに振る舞って見せているけど、その実は無感情で機械的だ。
感情は、生きるエネルギーなのだから。まずはそれを取り戻さなきゃいけない。
私たちでは、到底この子に叶わないとは思う。
それでもこの子に、自分を使い潰すことをやめさせなければ。
諦めさせてはいけない。諦めさせないことを、諦めてはいけない。
たとえ手遅れだとしても。私は諦めたくない。
「だからやめなって」
「やめないよ。私は君を諦めない」
「……ふーん」
見た目はさっきと変わらないまま。でも雰囲気が少し変わったように思える。
私のやってることが上手くいっているのかは、わからない。
「真実はそれ自体は醜いが、それを追い求めるものにとっては常に好奇心をそそり美しいもの、だったっけ?」
一瞬でとんでもない極光が迸った。
途轍もなく大き過ぎるクジラのようなものを、生み出そうとしていた特異点ごと飲み込む。
あまりにも作業じみた、最適化されすぎている戦い。
この子は、これをずっと繰り返してきたんだ。
「私は君の努力が実を結ばないことを、知ってる。それが真実」
「私も薄々それは、感じてる」
「では何故?」
「諦めたくないから」
君は知らないかもしれないけど、私ってすごくしつこいんだよね。
「……そっか。いいね、嫌いじゃないよこういうの」
暴力的な魔力の威圧感が、より一層高まる。
「これは正真正銘、君たちの最後の戦いになる」
少女は翼のように両手を広げる。
「いうなれば私は君たちのラスボスってとこかな」
まるで役者のように大仰に私たちを見据えて。
「いいよ、こいよ」
少女の背後上空で、姿がほとんど見えないうちに魔物が爆散する。
「私は『未来』の魔法少女」
鈍く光る、降り注ぐ魔力残滓の中。
「君たちの全力で、私が決めた『未来』を否定してみせろ」
悲しい小さな少女が、不敵に笑って立ちはだかった。
「……いくよ!」
・・・
次回『終幕』




