第9話 配信事故
「もうすぐ出口だな」
三人で薄暗いダンジョン内を出口を求めて進む。先頭を俺が歩いて、しんがりを有西さんが歩き、そしてその間を、まだ有西さんを警戒しているのか、俺の袖にしがみついてチラチラと彼を警戒する様子の澪が続いた。
基本的に来た道を戻るのだが、所々一方通行の仕掛けがあったり、新たにモンスターが湧いている箇所があったりと、回り道をしないといけないことがあるのが面倒くさい。
本当はこの中で一番戦闘に向いている有西さんを一番前にしたいのだが、「はは、俺が地図を持つと、何かの拍子でどこかに忘れて行ってしまうかもしれないからね」とのことで、俺が先導せざるを得ないというのが、辛いところだ。
「出口か……、そのようだね。微かに外の空気を感じるよ……。おっ、言ったそばから」
有西さんが指した方向に注目すると、僅かに光が差し込む壁があった。
「た、太陽の光です! 私達、ついにダンジョンの端の方まで戻ってこれたんですね……っ」
澪がぱぁっと顔を輝かせる。
良かった。一時期はどうなるかと思ったが、どうやら無事に終わりそうだ。
----------------------------------------------------
●もう出口か
●警察が強すぎんよー
●ブラック企業ってわかってから
面白そうだったのに、何もなかったかな
----------------------------------------------------
ブーブー。と、配信のコメントが流れているのか、澪の懐からバイブレーションが鳴り響いてる様子を見て、有西さんは眉をひそめる。
「そういえば、配信はそろそろ切っておいた方が良い。君たちも、これ以上見世物のような扱いは受けたくないだろう」
「わかりまし…………、わ、わかってますっ。私も今切ろうと思ってたんですっ!」
有西さんの忠告に、澪がフーッ、と俺の後ろから息を荒げる。
見知った人間以外は、あまり信用していない――曰く"やみおち"状態の澪は、有西さんに偉く敵対的だ。
だが、彼はそんな澪の様子にも寛容で、「そうか、それならすまなかった」と、小さく笑っていた。本当によく出来た人間だよ彼。菩薩かな?
「ええっと……、先輩、配信終了ってどうすればいいんでしたっけ」
「ああ、それは――ん?」
澪に聞かれて、端末を受け取ろうとしたその時、ある違和感に気づく。
「…………これは」
同じくして、有西さんも緊張した様子で、腰の剣に手をかけた。
――僅かに地面が、揺れている。
「っ、下だッ! 避けろっっ!!!」
彼が叫ぶのと、ダンジョンの地面がボコッ、と隆起したのは、ほぼ同時だった。
「う、うおっ……!!」
急いで飛び退いたタイミングは、かなりギリギリだった。
鳴り響く轟音。揺れるダンジョンの光景。
地面にダイブした俺が背後を振り返ると、耳をつんざく音と共に、地中から飛び出したのは…………、目も疑うような、分厚い鱗に、長い尻尾。
人の身長10人分はあろうかと言うほどの、巨大な龍。
「マスタードラゴン……っ、どうして、こんな場所に……!」
----------------------------------------------------
●めっちゃでかいドラゴン出てきた!
●え、ここのダンジョンこんなやばいやつ
出てくるの!?
●あれってS級モンスターじゃ……
●面白くなってきました
●ここに出てくるレベルじゃないだろ!
●ぎゃあああああああああああ
●誰か救援呼べって!
----------------------------------------------------
まだ撮影を切り終わる前に現れたから、未だに澪のカメラは動いており、この様子は配信されている。コメントからも分かる通り、通常じゃありえないハプニングが起きたのだ。
有西さんが、切羽詰まった様子で剣を抜いて、守るように俺たちの前に立った。
「二人共、先に出口に行くんだ!」
「だ、大丈夫なのか一人で!」
「多少骨は折れるだろうが、なんとか時間稼ぎくらいはできる。ゴールはもうすぐだろう。外に出て、応援を呼んでくれないか!」
「わ、わかった……。行こう、みお――」
有西さんのことは心配だったが、自分たちがここに残ってもやれることはない。
そう判断して、彼女の手を取ろうとしたのだが。
背中に走った刺激に、ピクリと、自分の身体が震えた。
なんだ……? 俺の疑問は、澪の視線が答えてくれた。
「せ、先輩、それ……」
「えっ……」
彼女は、顔面蒼白になりながら、動揺で定まらない視線でこちらを指差す。
いや、違う。
正確には、こちらの腹部を指していた。
恐る恐る、視線を、下に、移す。
そして、視界に入ったものを見て……、俺は急激な目眩と吐き気に襲われた。
「あ、…………ぁ……?」
自分でも、間抜けだと思う様な声が出てしまう。
なぜなら、そこには――自分の腹には、本来存在しないはずのものが、服を破って出てきていて。
細長い円柱の様なそれの鋭い切っ先には、恐らく俺の腹部を突き破ったのだと思われる、鮮やかな、赤。
その赤が、ゆっくりと地面に滴
り
落
ち
る様子を見て、
俺は今 更ながら、ようやくり かいした。
これは、つらぬかれてるんだと。
ぶしゅり。と、間抜けな音を立てて、勢いよくそれが後ろに引き抜かれた。