第8話 断罪
「い、いや、今のは私の言い間違いで……、ぁ、そ、そう、歯医者の命令で! 私の親知らずをきれいに取るための道具の素材を、ここのモンスターがドロップするって……。あ、あぁー、歯、痛いよぉ。うははぁーんっ」
なんだそのあまりにも客任せすぎる歯医者。必死に澪がわーわーまくしたてるが、あまりにも苦しい。有西さんを若干ドン引きさせることには成功しているが、その程度だ。
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●社員に無理やりダンジョン潜ら
せるのって完全にOUTじゃね
●労働省に相談しないと駄目だろこりゃ
●つかなんだこの三文芝居
●草
●通報しますた
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配信もかなり荒れている。ここから誤魔化し切ることは不可能だろう。そう判断した俺は、彼に頭を下げる。
「……わかりました」
「先輩っ!?」
言い訳もしない俺を見て、三下演技をしていた澪は唖然と口を開けたが、大人しく観念する。
そもそも、ここでの出来事は全国で配信もされている。仮にここで有西さんになんとか言い訳できても、もはや世間から見て会社がダメージを受けることは確かで、なんらかの処罰を受けることになるだろう。
それに、ここで逃げたところで、さっきみたいな危険な目に遭うくらいなら意味がない。結局は大変なことになるのだ。
不安そうに俺を見上げる澪に、安心させるように頭に手を置く。
「大丈夫だ。たとえお前が仕事を失っても、俺が命に変えてもなんとかする。こうなったのも、元はと言えば俺のせいだしな」
「……そんなの、ここに来る前にもう良いって言ったのに……」
そうだ。ここに送り込まれたのは、元はと言えば俺が課長を蹴飛ばしたせい。俺は負い目を感じていたし、彼女には本当に悪いと思っていた。
でも、澪は納得いってないのか。俯いて唇を尖らせている。
……うん、だけど、やっぱり怖いものはある。
かっこいいことは言ったものの、俺は内心苦悩する。どうしようかな……。も、もし澪がトイレ何回も流したり、ルーパーイーツ頼んだりする女子だったら、金飛ぶよなぁ……。
くそう、しょうがない。当分の間ASMR配信へのスパチャは涙を惜しんで――。
「…………心配する必要はない。僕を信用してくれ」
突然、有西さんが微笑みながら声をかけてきたことによって、ふるふると震えていた拳と、溢れていた涙が引っ込む。
「信用って……」
「どうやら、君たちは被害者のようだからね。安心してくれ。僕が上にかけあって、君たち会社の社員になんらかの補償をしてもらうようにかけあってみるから」
「な、なんだって……!?」
苦笑しながら俺たちを見ていた有西さんに、俺は驚きのあまり思わず食って掛かる。
そ、そんなうまい話があるのか……!? 人生って、もっと絶望にまみれていて、嫌なことがあったらまた嫌なことの連続。『幸せなら手を叩こう』なんて言ったら極寒の地の如く冷たい風と沈黙が流れるものじゃないのか……!?
「か、神だ……! この人は神だぞ、澪。本当のイケメンは存在した……!」
「……復讐は、自分の手でやり遂げたかったんですけどね」
舞い上がる俺とは裏腹に、むすっ、と頬をふくらませる凛。彼女は気が狂っている。
「それよりも、聞きたいことがあるんだけど」
全て万事解決。と行こうとしたところで、横から有西さんがおずおずと割って入る。今までの厳格な態度とは違い、どこか頼りなさげに、少し眉を寄せていた。
「出口って、どこだかわかるかい?」
「え……?」
「ダンジョンマップを家から持ってくるのを忘れてしまって……。あと、食べ物もないかい? ここ3日、何も食べてなくて、お腹がずっと鳴っているんだ」
「け、携帯食料とか持ってこなかったんですか?」
「それも家に忘れてしまってギュルルルル……」
「は、はぁ……」
俺たちは目を合わせる。なんなら、後から聞いたが剣も忘れていたらしく、持っていたのはダンジョン道中にいたモンスターから奪ったものらしかった。