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第6話 そんな日など来ない

 伸ばしていた手から力が抜け、へなへなと落ちる。その間にも、青年は興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせた。


「僕もああいったパワハラを受けていて、こ、この前なんて、僕の意思関係なしにダンジョンに潜らされて……。でも、自分より酷い状況の人もいるんだって、パワハラタイムを見て安心していたんですけど……。まさかの逆襲! ほんとにしびれましたっ!!」

「お、おおぅ。…………あ、ありがとう……?」


 終いには手を握ってきてぶんぶんと振ってくる始末。よくわからんが褒められているから悪い気はしない。

 しないん、だけど……。少し周りの目が痛い。こんな店のど真ん中で男二人が手をつないで盛り上がってるのだ。そりゃ変な目で見られる。


「か、金目くん……、気持ちは嬉しいんだけど、ちょっと店内では――」


 しかし、彼を窘めようとした瞬間、周りの喧騒はより大きくなった。


「え、やっぱあれ、上田なのかよッ!?」

「ほんと!? サインしてもらおうかな……!」

「いやいや今更サインて。やっぱ一緒に写真とってもらってミンスタっしょ!」


 嘘やん。

 俺は近づいてくる喧騒に愕然とする。

 金目くんが俺の元にやってきたことでたかが外れたのか、店内にいた多種多様な客が、俺の下へと走り寄ってきた。

 

「うわぁすげぇ本物だ……!」

「一緒に写真とってもいいですかっ!?」

「あんたは俺たち社畜の希望だぜ、YO!!」

「次のスカッとする逆襲いつー?」


 俺より年上のスーツ男、タイツを履いた若いOL、あんたほんとに会社勤めなの!? と言いたくなるようなラッパー然としたキャップ帽男。その他多数の人物が俺に詰め寄る。

 ひ、ひぇえ……。こんなに大勢の人によってこられた経験なんてないから、思わず後ずさってしまった。


「ちょ、ちょっと皆さん。上田さん困ってるじゃないですか。ここは一人ずつ、順序を守って! オーライっ」


 そして金目くん、なんでキミはまるで特別な理解者みたいに、腕を回して通行整理とかやってるのか。おーらいじゃないんだよ。

 あぁもう店内に俺のための列とかできてるし、なんなんだこの統率力。店員さん、しめ縄まだですか。


「あ、あの……。みなさん、目キラキラさせてもらってるところ申し訳ないんですけど……。俺、もうあれから会社行ってないっていうか……」

「えぇ、なんで!?」


 今まで冷静に人員誘導をしていた金目くんが、いの一番に俺の言葉に慄く。

 それに続いて、俺の話を聞いてた行列でもざわめきが起きたので、俺は慌てて説明を加える。


「いや、俺ほんと……。あなた方が思ってくれているような、すごい人間じゃないくて……。あの時は、ほんとに嫌な気分になったから課長をぶちのめしただけで。ほんとの俺は、こう、陰気で、無気力で、トロい人間です、はい……」


 自分で言ってて悲しい……。

 けど、仕方ない。これが本当なんだから。変な夢見させ続けるのは、なんか相手騙してるみたいで申し訳ないっていうか……。


「でも、あんたは俺たちに元気をくれた」


 そんな中、誰かが俺の肩を叩いてくれた。

 見ると、そこにはニカっと笑みを浮かべた一人の男性が。


「そうよそうよ! 私、あの放送の次の日、あなたを思い出して上司にガツンと言い返してやったんだから!」


 腰に手を当てたOLもそこに加わる。


「俺も言ってやった! 給料外の労働を引き受ける義務はねぇ、ってな!」

「お、それあーしも言った! 上司が過去にやってきた暗黙の了解とか知ったこっちゃねーっつーの!」

「ふっ、申し訳ありません。当方も同様のことを行いまして、その時の先方のおマヌケ顔を思い出しますと……ぷふッ」


 それぞれがそれぞれ。自分の身に起きた武勇伝で盛り上がる。

 そのどれもが、俺から力をもらったとのことだった。


「ほら、これが……あなたが救った人たちですよ」


 ワイワイと騒がしくなる中、隣に立っていた金目くんが静かに発した言葉に、呆然としながら考える。


 そうか。

 俺の行動で救われた人がいたんだ。

 なら、それは、少し。


「…………良かった」


 笑みをこぼしながら、小さな声で呟いた時、懐のスマホに着信が届く。

 取り出して見てみると、そこには澪からのメッセージが届いていた。


『先輩っ、まだ来ないんですか! 先輩がいないと泣い』

『闇落ちしますよ!』


 明らかに一度ミスして、再び送り直してきている。

 

「可愛い後輩も残して、勝手に死んだら駄目だよな……」


 確認し終えた俺がごそっとスマホを元に戻した時、遠くからこちらに近づいてくる人影。


「あ、いたいた……!」


 先程の女性店員だ。

 彼女は近くまで走り寄ると、申し訳無さそうに手に持った物をこちらに差し出す。


「あの、すみません……。ビニールテープならあったのですが……」


 それは、透明な細い、彼女の優しさだった。

 こんなの首に巻いたって、すぐにちぎれて自殺できるわけがない。

 でも、本当の縄を渡すわけにはいかないし、縄が無いと言っても俺がまた他の店で探すだけだと思ったのだろう。だから彼女は、こうして俺を騙そうとしてくれている。


 ドキドキと、不安げに俺の次の行動を上目遣いで見守る店員。


「…………ありがとうございます」


 ああ、本当だな。

 人の気持ちっていうのは、他の人に染み渡ることがあるんだ。

 俺はそれを受け取って……。手を上げる。

 女性店員の口が、呆然と開いた。

 

 彼女からビニールテープを受け取った俺は……、はちまきのようにそれを額に巻いたのだから。


 はちまき。やる気の象徴だ。

 もう、死ぬなんて思わない。こんな俺でも、みんなに希望を与えられたなら。

 もしかしたら、人生はまだ何が起こるのかわからないのかもしれない。


 行列の騒ぎと、店に来たばかりの頃の俺とは様子が違うことで色々察したのか、店員は口元をほころばせた。


「ええっと……お客さん、お会計がまだですよ?」

「……あっ…………」


 そうだった。……なんで俺はいきなり金も払わず巻いてるんだ。

 彼女がおかしそうに手を口元に当てるものだから、思わず恥ずかしくなって焦ってしまった。


「あっはは、普通に窃盗しかけてんじゃん」

「ビニールテープではちまきって……。センスわるっ」

「でも、あの独特なセンス持ってるくらいのやつが、あんなことする勇者になるのかもな」


 周りの人たちが、そんな俺の様子を見て笑う。くそう、また俺は見世物だ。


 店内に響く、笑いの喧騒。

 だけど、不思議と悪い気はしなかった。




 しかし俺の元に、あの生存率87.5%の死地、ダンジョン探索課への異動通知が来るのは、その時知る由もなかった。

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