第5話 自殺するには丁度よい日
「いらっしゃいませー」
自動ドアが開くと同時に視界に広がる、灰色の高いコンクリート天井。
日本で一番有名なホームセンターなだけあって、そこに並ぶラインナップは充実していた。
俺の身長2個分はありそうな大きな商品棚に並ぶは、バケツや工具箱、はたまた折りたたみ椅子やダンジョンテントなど、多種多様だ。
手前のレジに、先程出迎え文句を言ってくれた、愛想の良さそうな女性店員がいる。そうだ、あの人に聞いてみよう。
「あの、すみません、自殺用の縄ってありませぅか……」
店員さんの笑顔が、メデューサに見惚れられたが如く固まる。
しまった。後半少し涙目で言葉が濁ってしまった。
まあ……いいか。もうどうせ俺クビだし。未来ないし。
「え、えぇっと…………」
「できればしめ縄がいいんですけど」
「し、……しめ鯖なら、お隣のスーパーに」
「いえ、…………食欲は、あんまり……」
「そう、ですか……、あ。あはは……」
『変な客が来た』顔を浮かべる女性店員は、あきらかに困った様子でちらちらと目を泳がす。
「ちょ、ちょーっと店長に聞いてくるので、しばらくお店をご覧になってお待ちください」
ぴゅーん! っと足をうずまきにしてどこかへと走り去っていった店員。はぁ、別にしめ縄以外何かを買う予定もないが、しょうがない。待ってる間ぶらりと回ってみるか……。
「ねぇ、見て。……あの人って」
「確かに似てるけど……、んー本物なのかな。いかんせん動画よりやつれてるような……」
ひそひそと、店内で小さな声が時折耳に入る。
げんなりだ。きっとこの前の忌まわしき事件のせいだろう。
『パワハラエンターテイメント配信にて、出演者の男性が暴走!?』
その語感のシュールさからか、インターネット記事でトップニュースにまであがってしまった。
その記事には、エンターテイナーとして振る舞っていたはずの課長が、台本にはない暴行をされたとして、俺を非難する様子が書き殴られていた。
何がエンターテイメントだ……、何が台本だ……ッ! まったくもって全部が嘘。課長はこちらに酷い量の仕事を押し付けてきてたし、なんなら配信外でもあれ以上のパワハラは行ってきていた。
だが、悲しいかな。メディアの力は偉大だ。そのせいで、以降世間の俺を見る目は酷いこと酷いこと。いきなり暴れ出した暴力男として認識されているのは確かだった。
幸い、怖がられているのか、避けられるだけでこちらに喧嘩を売ってくるような輩には、今のところ出会ったことがないが……。
「う……、うわおおおお……ッ、だがやばい、もう限界だ! どこに敵がいて、誰が見てるのか。わかったもんじゃねぇええぇ!!」
ジタバタと、その場で倒れて駄々っ子のように暴れる。迷惑なんだろうが、もう俺はそんなこと気にしてられないくらい精神がやられていた。
「あ、あの……」
そんな時、視界外から声をかけられる。
なんだ。もう俺には天井から降り注ぐLEDの光しか見えないんだ。
「う、うぅぅうぅ……。はい、邪魔ですよね。そうですよね。なんなら世界の邪魔ですよね……。ごめんなさい、そろそろ存在ごと消滅する予定なんで、もうしばらくお待ちください……」
「え、えっと……、もしかして、上田さんですか……?」
恐る恐る、と言った様子の相手。
知り合いにこんな声の人いたかな……? そう思いながら顔を向けると、そこには全く覚えのない、少し年下のメガネの青年が立っていた。
俺が記憶からこの青年を思い出そうと頑張っていることに気づいたのか、彼はハッとなって両手を振る。
「あぁ、ごめんなさい! 僕、金目宏って言うんですけど……。その……」
青年は、興奮と緊張の織り混ざった様子で、わなわなと震える。な、なんだ……。
まさか、ついに殴り込んでくるタイプの輩か!? まずい、ここはまずい! 相手側の近くの商品棚にダンジョン探索者用ソードとか置いてるし、あれ使われたらひとたまりもないぞ。
ちなみに、俺の近くにあるのはアヒルのじょうろ。かわいいね。
「ま、待て! やるならまずコートチェンジだ――」
「は、配信、かっこよかったですっ!!」
俺がなるべく毅然として手の平を差し出すのと、彼の称賛は店内中に響くのは、ほぼ同時だった。
「………………へっ?」