第4話 初勝利
ぶつかった棚にしまってあった資料が、
ガ
ラ
ガ
ラと倒れ伏す課長にカーテンコールの様に降り注ぐ。
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●は!?
●なんだこれ、なにが起きてんの?
●急展開キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
●今蹴っ飛ばしたのって、さっき逃げてた
上田? まじ?
●おいおいおいおいおいおいおい
●だから言っただろ。上田はやるやつだって
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今までの、どのパワハラタイムよりも、コメント欄が盛り上がる。
だが、そんな中で、一人の視聴者が異変に気づく。
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●なんで上田泣いてんの!?
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俺の頬に伝う水滴の存在に気づいたコメント。その出現を皮切りに、更にコメントは荒れる。
「うっ、ぐっ…………! 終わりだッ、もう終わりだ……! 俺クビだよこれ、絶対クビだよ、もう……!!」
ボロボロと流れる涙を、袖で拭う、拭う、拭う! ああもう拭っても全然涙止まらない、情けねぇ……!
でもそりゃそうだろ。今まで積み重ねたキャリアも、社会経験も、パワハラに対する我慢も、全部水泡に帰したんだから。
今までここまで育ててくれた親に、なんて説明するんだよ……、くそ!
でも、でもさ、後悔はねぇ!! いや、ごめんほんとはあるッ!!
あるけど、あるんだけどッ、ここでこうしなかったら、もっと後悔してた!! それだけは絶対の真実だッ!!
「ご、ごめんなさい、先輩……!! 私、なんて言ったら――」
一人で頭めちゃくちゃになってると、背後から嬉しさと哀憐の混ざった声が聞こえる。へたりこんで手を胸の前に当てた澪が、申し訳無さそうにこちらを見上げていた。
それはいいんだよ、俺がやりたくてやったんだから!
そんな想いは胸にしまって、俺はなるべく泣き顔なんて見られたくないから、すぐさま前へ向き直る。
「うるせぇ! 今度耳元で俺の好きな言葉1時間囁き続けてもらうからなッ!」
「っ! も、もちろん、喜んで!」
「え、このキモい要望喜ばれるパターンとかあるの!?」
笑顔で快諾されるなんて思ってもなかったから、思わずツッコんでしまう。
とんでもない奇跡を見た……。やっぱり澪は良い子だな……。
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●いつものパワハラタイムじゃね
えけど……なんか、なんか面白いぞ
●俺は上田にかける!
●課長起き上がったぞ
●この二人早く結婚しろ
●俺前からこの課長嫌いだった!
●いけえええぇえぇえ上田ああぁあぁあ!!
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「ぷっ、ごほッ、……う、上田ぁ……ッ、てめぇ、自分が何やったのか、わかってんだろうなぁ……!?」
資料の山から這い出てきた課長がギロリと、完全に殺意を持ってこちらを睨む。
不思議だ。
怖いけど、嫌じゃない。もう何もかも失ったからだろうか。
いや、きっと違う。
きっと、自分の本音を、曝け出せたから。
「わかってる。だから足が震えてる……!」
そりゃそうだ。人を傷つけた経験なんて今までになかったし、ここまで明確な殺意を向けられたことも初めてだ。
今ここは、全てが自分にとって未経験で、自分にとって何も知らない世界なんだ。多分今ならソクラテス名乗れる。
――でも、嫌じゃない。
コメントが、そんな怖がってることを含めて、俺を応援してくれているからだ。
大画面に流れる、俺への応援コメントを見て、わかった気がした。
弱い自分を出したって良い。怖がって良いんだ。
大事なのは、貫くこと。
自分が間違ってると思ったものには、怖がって、無様に、それでも全力で戦うんだッ!!
「う…………なんだ、なんだよその目はぁッ!!?」
俺の気迫に、明らかに課長が狼狽する。
普段気弱で、いつも言う事を聞いていた俺がまっすぐ視線向けたままそらさないものだから、困惑と恐怖を覚えているようだった。
「なんだ、なんなんだくそが……! ……チッ!」
よろよろと、こちらを見ながら、ゆっくりと後ずさる。
そして次の瞬間、驚くべきことに、一直線に、資料室の出口へと走り出した!
「なっ」
てっきり二回戦が始まるものかと身構えていたから、俺は思わずあっけにとられる。
どすどすと走り去る後ろ姿を見ながら……。次第に状況を理解した俺は、怒りのあまり歯を食いしばる。
「逃げるのかよ、腰抜け!! やりあえ、とことん! 視聴者の面前でッ!!」
自分の胸を拳で勢いよく叩いて、いつでも臨戦態勢であることを知らしめる。
だけど、それでも、課長は俺から逃げるのをやめない。
「うるさいッ! いいか、覚えとけよお前らぁ……!!」
そして部屋から去る間際、課長はこちらに顔だけを向ける。
「お前らは、ダンジョン探索課に異動だッ!! 震えて待ってるが良い。あーっはっはっははッッ!!」
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●ダンジョン探索課って、あの危険な!?
●課長逃げてる
●課長ダセェエェエ工エエェェ(´д`)ェェエエ工
●ほぼほぼ死を意味するだろそれ!
●ひどっ、涙目逃走じゃん!
●待って、ダンジョン探索課やばない?
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課長の一言に、コメントが騒然とする中、彼が出ていった扉がバタンッと大きな音を立てて閉まった。
激流のようにコメントが流れる画面。
資料が散らばった中央資料室。
その全てで、今までの喧騒が嘘のように静まり返る。
――騒乱が終わった。
「…………オー、ジャア、私タチはコレデ……。バァイ」
パワハラタイムの演出に雇われていた半裸の女性たちが、チアガールが持つようなポンポンを揺らしてそそくさと退出する。
サッサ、サッサ、って音が、彼女らがいなくなるまで虚しく響いた。
…………。
………………やっちまった。
もうね、女の子らしく床にへたりこんじゃう。さっきまでの澪みたいに。
「はは、あははは……。終わりだ。改めまして終わりです。人を思っきし蹴っちゃった上に、その相手が自分の上司とか……ふはっ」
ほんとにどうしようもなくなった時、笑いしかでないということが真実だったと、今日始めて知った。
自殺用の縄ってどこに売ってるかな。日用品店とか? 店員に聞いてみないとな……。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「やるじゃねえか上田!!」
「なんだよ、お前ら……、うわっ」
一人そんなこと考えてると、中央資料室にいた同僚たちが、一斉にこぞって来る。
キラキラと輝く多数の目が、プラネタリウムの星の様に俺を囲んだ。
「いやーあの課長のパワハラにあそこまで抵抗するなんて」
「まじ見直したわ! やるじゃん!」
「あの野郎、いつもは視聴者の前で俺たちをいびる癖に、自分がやられそうになったら逃げるとか……」
三者三様、数十人いるみんながそれぞれ思いの丈をぶちまけて盛り上がる。
くそう、お前らは良いよね。自分の手を汚さず、俺という感情に走った馬鹿が勝手に鬱憤晴らししてくれたんだから。おかげで俺はクビになりそうです。とほほ。
「せ、先輩から離れてくださいいぃぃっ」
みんなとは裏腹に俺が意気消沈している中、遠くからむぎぎぎと人を押しのける澪が現れる。
彼女の頑張りを見た同僚の一人が、豪快に笑いながら頭を鷲掴みにした。
「いいじゃねえか倉敷、お前いつも上田独り占めしてんだから、今日くらい俺たちにも譲れよ!」
「うるさいですっ、噛みますよ!」
周りの冷やかしを威嚇で受け流し、小さな足を何度もとっと、と転びそうになりながら、頬を赤く染め、こちらにやってきた……ようだ。
「先輩っ、あの、ほんとにありが――」
「とほほほ、日曜大工であいうえお。にちようだいくの、『に』。……憎しみで溢れ返る世界」
「せ、先輩が壊れてる……」
もう、何もかもが絶望の俺にとっては、どうでもいいことなんだが。
この後、俺は澪にスマホに取り込んでいたASMRを聞かせてもらって、なんとか意識を取り戻したのだった(同僚曰く、澪にとって大分苦渋の決断だったようだ)。
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