第13話 そして、今こそ帰る
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●上田!?
●え、上田ってさっき穴に落ちてなかった?
●え、警察じゃなくて上田が来たの!?
●腹の怪我どうなった
●今のって風魔法でバリア作ったって
こと? やば
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「せ、先輩……、生きて……! それに、その魔法、魔導書なしで……?」
「悪いな、色々なことが起きて少しパニックになってて遅れた」
腕の中にすっぽり収まった澪が、潤んだ目でこちらを見上げて心配してくれる。
あの水晶に触れた後、俺は全て思い出した。
魔法のこと、剣術のこと、……モンスターとの戦い方のこと。
……パニックは治らなかった。
「に、逃げてください! 私はもう動けません、だから――」
「そんなことはできない」
俺の身を案じて、口をあわあわ動かしてまくしたてる澪を、そっと地面に横たわらせる。
「こ、この瓦礫の向こう側に、有西さんがいますっ、あの人と合流して――!」
「それも」
そして、再び咆哮を上げて臨戦態勢へと移ったスコルピオに対して、俺は剣を顔の横に構える。
「――必要ない」
俺は飛んだ。
それも、今までの非力なジャンプなんかじゃない。
魔法と力を利用した、風と足腰のバネを利用した、とんでもない高さのジャンプだ。
これなら、こいつの頭にも届く!
今までよくもまぁ見下してくれた。
今度は、こっちが見下す番だ……ッ!!
<ギャオオォオオォオォオォオッッ!!?>
頭に一閃、深い傷を負ったスコルピオは、大きくよろめく。
だが、俺は歯を食いしばる。小癪だ、憎い、小賢しい! こんなのじゃまだ致命傷じゃないだろうが!!
「何がギャオーだ。そうやって――!!」
<シャアァアアァアァアアアァッッ!!>
よろめいていたように見えたスコルピオが、一瞬で体制を立て直し、その巨大な尾針で風を切り、宙に飛んだままの俺を切らんと高速で揺らぎ進む!!
「油断させて生き延びた卑劣サソリがッッ!!」
読めてるんだ、そっちの目論見はッ!
ガリガリガリ――ッ!! 火花を散らしながら、剣で尾を受け流し、弾く。
やられたフリに引っかからなかったことに驚いたのか、サソリの瞳孔が開かれた。
弾かれた尾が、再び俺を捉えようと動くが……、油断していたが故、遅い。もう遅い!
「今度は斬るんじゃない……。貫くからな――ッ!!」
今まで、何人もの敵を屠ってきたのだろう。
刺して、弄んで、最後には貫いて。
楽しかっただろうな。無様な敵が泣き叫ぶ様子を見るのは。
――同じ立場に立ってみろ。
俺は、空中でとんっ。と、足をつける。
風魔法で生成した、見えない壁。それは空中で俺の足場となり……、思い切り、蹴り飛ばされるッ!!
「くらえええぇええぇええぇえッッ!!」
ぎん! 俺の剣が、硬い甲殻に覆われた頭に突き刺される。
固いッ! まだ足りない、勢いが足りない!
穿け、貫け、串けッ!!
「うおおああああああああああああッッ!!」
風魔法の連続。風圧で足元に衝撃波による円を描きながら、加速、加速するッ!
火花を散らしながら、切っ先が徐々にめり込むが……、それでも、幾多の探索者を倒してきたS級モンスターはここで終わらない。
再び、舞い上がる尾。
それは、まっすぐと、俊敏に、俺が顔を貫くより先に、俺の体を再び貫かんと動く。
「先輩、危ないッ!」
澪が叫ぶ。
間に合わない。今度こそやられる。これを見ていた者全員がそう思っただろう。
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敵が | 俺が
ニヤリと笑う | ニヤリと笑う
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俺は気づいていた。
視界の端、物陰で微かに動く、人影の姿に。
『インフィニットホーリースラッシュッ!』
一刀両断。
デッドリースコルピオの尾が、やつの背後から出てきた有西さんによって、真っ二つへ切り裂かれ、俺の体にたどり着くこと無く、その重量を感じさせる地響きを起こしながら地面へと落下した。
「今だ、行け! 上田くんッ!」
「あああぁああぁああぁあぁッッ!!」
<シャアァアァアアァアァアアァ――!!>
最後の咆哮は、威嚇か、それとも命乞いか。
そんなのわからない。わかる必要もない!
時間切れだ。これで終わりだッ!
「あああぁあぁあああぁああッ!」
まだ飛ぶ、加速するッ、足元に風を巻き起こす!
貫かれる! 自分が!? そんなことを言いたげに、スコルピオの叫び声は大きくなる!
――そしてそれが、事切る前の、最期の咆哮となった。
「うおおおおあああああああああっっ!!」
響く剣戟。打ち砕かれる甲殻。
ふわりとした浮遊感は、今まで拮抗していた壁を、貫き乗り越えきった証か。
今までの喧騒が嘘のように、静まり返る。
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●倒した……?
●上田貫いたよな……
●デッドリースコルピオもう動かないぞ
●S級狩れる探索者って何者だよ
●誰か上田?ってやつの詳細教えてくれ
●上田やったあああああああああ
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視界が大きく前進したことを確認して、予め予測していた地点へと受け身を取って着地する。
ゆっくりと後方を確認すると、デッドリースコルピオは、その巨体は大きくよろめかせて倒れ……、やがて、灰となって消滅した。
……その光景を見て、やはり思い出す。
「どうして、……俺は……」
俺はかつて、最強と名高いダンジョンの探索者だった。
いや、だったはず。と言ったほうが正しいかもしれない。
誰も攻略できなかった最難関ダンジョンを、一日にして全制覇し、その姿はテレビや新聞、はたまたネットでも話題になったはずだ。
だが、なぜかその話題はすぐに打ち切りになり、みんなの記憶から忘れられて、関心もなくなっていった。
――俺自身を含めて。
「先輩……ッ、す、すごいですっ! 先輩もまさか闇落ちしたんですかっ!?」
「大丈夫か、怪我は!?」
澪が有西さんに手を貸されながら、こちらに笑顔で近寄ってくるが、悪いがこちらはそれどころではなかった。
なんでだ。なんでそうなった? 自分がダンジョン攻略の才能に長けていた。なんて事実、ただ忘れたとかじゃない。まるで、忘れるように仕向けられたようだ。
何かおかしい……。明らかに、誰かに細工されたような……。
誰かに、狙われているような……!
「な、何が起きてる……? なんで俺が、誰かに狙われるなんてこと……!? は、かはっ、かっ、かはーッッ!!? やばい、やばそう、やばすぎる!!」
「せ、先輩のやばい三段活用です……。久々に見ました、レアですよこれ!」
「か、過呼吸起こしてるけど、大丈夫なのかい?」
ぱ、パニックで息が……、できない! 苦しみのあまり、ブリッジして両手足を蜘蛛のように変幻自在に動かしてしまう。
しばらくして、配信から通報が来たらしい警察の応援部隊が到着したのだが、その時俺を、新種のモンスターだと勘違いして狩ろうとしてきたのだった。




