第12話 恐怖の人刺し
尾針が、私の胸元のすぐ前まで迫る……。今だっ!
「くらえ、ライトブラスト・サンダーッッ!!」
至近距離から、私の持てる魔力の全力を!
バヂバヂドチドチと大量の電流を弾かせたその一撃は、その尾針を包み込み、感電して、スコルピオ本体へと閃光の如き速さで伝わる!
ガクガクと電気により、拙い操り手による糸吊り人形の様に痙攣しながら、叫び声も上げずにスコルピオがその巨体を仰け反らせた。
効いた……!?
「や、やった……!」
もしかして、魔法系の攻撃には弱い……!?
それなら好都合だ。このまま連続で魔法を打ち込んで――。
相手のやられたかのような動作に、私は思わず気を抜いていた。
だからだろう。巨体を見上げてばかりで、地面に気が行かなかったのは。
「えっ、んくっ!?」
それは、地面から突然生えてきて、私の足を後ろから薙ぎ払う。
両足をぷらりと浮かばせられた私は、そのまま尻もちをついてしまう。
ふわりとした浮遊感、唖然としたのは一瞬で、私は絶望する。それだけで、相手にとっては十分な隙だったからだ。
それはまるで、罠にかかった野ウサギに迫る、全速の狼。
さっきまで苦しんでいたように見えたスコルピオは、嘲笑うかのような耳障りな鳴き声をあげると、すぐさまその8本の巨大な足を地響きを立てながら動かして、体制を崩した私を押し倒してきた。
ずしっ、と両手両足に、そいつの複数ある重い足が乗せられ、下敷きの様になってしまい、身動きが取れなくなる。
しまった、動けない……!?
「やられたフリ……!? はな、放して……ッ。な、なにするつもり……!?」
そして、取り押さえられて抜け出せない私の腕に、徐々にその尾針が近づいていって……、ゆっくりと、注射される。
「あ、あぁアアァアァアアァアッ!?」
熱い、熱い熱い熱いッ! 身体が内側から焦がされるような、そんな感覚。
全部注入し終えたのか、スコルピオは私の腕から足をどけると、何もせず、私を見守る。
まるで、弄ぶかのように。
「ば、バカにして……っ!」
私はゆっくりと立ち上がると、再び魔導書を読み上げようと右手をかざす。
つもりだった。
「…………え」
私の視界に入るはずの、右腕が映らない。
見れば、私の右腕は、脳の電気信号を受け取らず、だらりと垂れ下がったまま。
動かない。感覚がない。
「麻痺、毒――」
そう気づいた途端、私の視界が揺れた。
何度も、何度も、体を地面に打ち付けながら、瓦礫の山にぶつかる。
<シャアァアァアアァアアッ!!>
痛い……ッ! しまった。私は何をぼうっとして……!
頬を、あの尾ではたかれたんだ。それだけで、この威力……。
違う、今はそんなこと考えてる場合じゃない、早く、早く動かないと――。
「きゃああぁああぁああぁッ!!」
起き上がれないまま混乱している最中に、左の太ももに再び刺される、あの尾針。
ちゅうぅ、と中の液体が入っていく感覚に、背筋が凍る。
「あ、あぁ…………」
黄色い液体を漏らしながら、針がちゅぷんと抜かれる。
左足も、動かなくなった。
もはや満足に動けなくなった私を、スコルピオがゆっくりと近づく。
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●おいおいおいおいやばいぞ!
●警察の到着まだかよ!?
●めちゃくちゃ苦しそう
●太ももの注射跡からなんか出てない?
●子供は動画閉じろよ、ここから本当に
えぐいぞ
●上田に続いて澪ちゃんも死ぬかこれ
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死が、迫ってきている。
あの麻痺毒には、恐怖心を増幅させる効果でもあるのか。その事実を実感すると、さっきまでの怒りが嘘のように吹き飛び、ガチガチと歯が鳴り始めた。
「こ、……来ないで……」
ゆっくりと、複数の足で四肢が押さえつけられる。
涙が溢れる。
「ご、ごめんなさい……。楯突いて、ごめんなさい、もうしませんから……!」
どれだけ四肢をもがこうとも、力強く押さえられた足からは全く抜け出せそうにない。
いやいやと、赤子のように首をふるも、私のお腹に近づく針が止まる様子はない。それどころか、尾の先で服を器用にまくって、私のおへそ辺りに針の切っ先がちょんちょんと触れては離れ、触れては離れを繰り返す。
まるで、私が恐怖で体を震わせる様子を愉しむかのように。
「ぁ…………、あ、あぁ……っ!」
その時、こんな命が尽きるかという瀬戸際、私は気づく。
このモンスターは、頭がいいんだ……。
だから、最初の不意打ちとか、さっきみたいなやられたフリとかもするし、こうやって、自分より弱い人間を弄んだりもする。
この手際、きっと今までも何人もの探索者の命で遊んできたのだろう。
自分が不幸だと、そう感じることは多々あった。
ブラックな会社に入ってしまって、優しい『良い子』じゃ、自分を不幸にするだけだって事実を突きつけられて――。
だから、がんばって、闇落ちして、悪い子になろうと、……それでも、生きていこうとしたのに……!
こんな、こんな死に方って……!! 誰か、助けて、助けてよ! お父さん、お母さん、……先輩……!
「――ぁ、あ」
走馬灯の様に、いろんな人の顔が浮かぶ中、
その時、私は気づく。先輩も、きっといつもこれくらい怖かったのかも知れない。
人一倍想像豊かで、そのせいですぐにパニックになって。
それでも、幾度となく、私を助けようとしてくれた先輩。
前の課長の時も、今回の時も。
自分も怖かったはずなのに、課長を止めてくれて。
自分も怖かったはずなのに、自分からリザードマンの囮を引き受けて。
体を貫かれた後も、私の身を案じている目をしていた。
そうだった。
私は、ようやく思い出す。
<シャアアァアァアァ……>
スコルピオが、疑問に思うかの様に鳴く。
私は、闇落ちしているんだった。
闇落ちしたなら、悪役らしく、最期まで、憎たらしげに
笑っていないと。
「…………ふ、ふふ、ふっふっふふ」
手足を高速するスコルピオの足が、一瞬動揺に震えた気がした。
先輩は、死んでしまった。
こいつに、殺された。
だから、こいつにだけは、良い思いをさせてなどやるものか。
一方で、私がなんで、こんな状況で笑っていられるのか、全くわかっていないスコルピオは困惑気味だ。
恐怖を更に与えるためか、尾針を腹だけじゃなくて、顔に近づけてきたりもしてるが、全くそんなのどうでもいい。むしろ舌を出して舐めてやる。
<シュオオオォォオオォァァアアァアァアッッ!!>
私の文字通り舐めた態度に腹が立ったのか、激昂した様子で、尾針を大きく上に振り上げる。
ついに来る。だけど、最後に怒った様子が見れたのは、不思議と気味が良かった。
最後の一撃を予感して、私は、目を閉じる。
怖い。
やっぱり、怖いものは、どうしたって怖い。
貫くなら、貫け! 早く、一思いに……!!
けれど。
いつまで経っても、その一撃は来なくて。
「ここらへんだと思ったけど、道が正しくてよかった」
……誰の声だろう?
聞き慣れた、いつもの安心する声。
だけど、それはここで聞くことがないはずの声で。
「それに、魔法の勘は鈍ってない」
嘘だ。
だって、さっき、体に穴を開けられて、奈落に落ちたはず。
でも、その声は、確かに存在していて、その手は、確かに私を抱きとめていて。
目を開けると、そこには緑色の、風のようなものがバリアを貼る様に、波紋を広げて尾針を防いでいた。
なにこれ……? バリアの風魔法……?
そんな疑問から、他にも色々わけがわからないことだらけだったけど。
私の体を抱く、その腕が。
声をかけてくれる、その口が。
一つの事実が、全ての疑問を消してしまうほど、私にとっては嬉しくて――!
「はぁッ!」
横に立っていた彼が――上田先輩が腕を振るうと、まるで赤子が吹き飛ばすかの如く簡単に、スコルピオを後ろに後ずさらせた。




