第10話 挟み撃ち
「う、が、ああぁああぁああぁあぁああぁ…………ッッ!!?」
貫かれた穴から、出血が吹き出た。
あまりの痛みに、地面に転がる。苦痛のあまり転がってしまうのに、その動きがまた腹に空いた穴を刺激してしまい、痛みを生み出すという負のサイクルに追い詰められる!
「先輩っ、せんぱいッ、なにこれ、なんなんですか、これ!?」
「動いちゃ駄目だっ、上田くんッ! 出血が広がる、落ち着くんだッ!!」
なんだ、何が起きた!? ドラゴンは前にいる! やつの攻撃じゃない……ッ!?
混乱の最中、なんとか霞む視界で背後を見ると、うっすら巨大な何かがいるのが確認できる。
神秘的とも言える灰色の甲殻を持ち、6本の足と、俺の血であろう液体が滴る巨大な尾針を持つそれは、まるでサソリが巨大化したような姿。
「デッドリースコルピオまで……っ、どうなってる……!?」
あの、圧倒的な力を俺たちに見せてくれた有西さんでさえ、その姿に唖然とする。
ありえない、ありえないとしか言えないのに、これは現実。
俺たちは、ドラゴンと巨大サソリ、二体のSランクモンスターに挟み撃ちにされたのだ。
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●オワタ、いや、まじで終わった
●事故だろこれ……
●上田死亡ってマ?
●今、腹に尻尾貫通してなかったか?
●おいこれ誰か録画しろよ
●同接すごい勢いで増えてるんだが!
●死亡配信だああああああああ
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「はぁ、はぁ、はぁ…………ッ!?」
まずい、非常にまずい……!
有西さんはマスタードラゴン相手に手一杯だ。とすれば、デッドリースコルピオは俺たちでなんとかするしかない。
なんとか? なんとかってどうやって!? 無理だ、不可能に決まっている!
相手は熟練の冒険者でも、その長い尾でなぎ倒す最強格のモンスターで、こっちは武器をまともに扱うこともままならない、未熟な探索者二人。
なんとか、なんとか澪だけでも逃さないと。どうやって? 俺が囮になるか。どのみち、この傷じゃあ俺はもう死ぬ。
死ぬ
死ぬ?
今までは、必ずどこか他人事のように使われてきたその言葉が、自分の身に使われるようになった事実に、急激に目の前が黒くなる。
「先輩っ、回復魔法かけますから、だから……気をしっかり持ってッ!!」
眼の前に強大な敵が、こちらに牙を向いているにも関わらず、澪は魔導書を開く。
「…………か、…………ぁ。は……ッ」
駄目だ。そんな低級魔法じゃ、この傷は癒せない。それよりも、そっちの身が危ないんだ……!
そう伝えたいのに、口から出るのは肺が軋むような音で。
口が動けば、手が動けば、何かが動けば伝えられるのに、もはや息をするのもままならない状況で……!
そんな中で、声を上げたのは有西さんだった。
「っ、まずい……! 二人とも、伏せろッ!!」
何事かと、そんなことを確認する暇もなく。
彼が叫ぶのと、ドラゴンが放った一撃が、彼の剣とぶつかり合うのはほぼ同時だった。
時が静止したかに感じた。
ぶつかりあった剣と、ドラゴンのかぎ爪は、硬い金属同士をぶつかり合わせた様な音を、この静かな迷宮内に響かせて――。
――鼓膜が破かれるかのような暴風に荒れる。
「う、うわあぁあああぁあぁッ!!?」
2つの一撃がぶつかりあった際に生まれた衝撃波が、たまらず地面にしゃがみこんだ澪の服をバタバタとなびかせる!
その強さは、あの巨大なデッドリースコルピオさえもたじろがせるほどの風圧で――!
「ッ、いけない、先輩!!」
澪の悲痛な叫びに、我に返る。
なんだ、何が来るんだ……!? 左右どこを見渡しても、自分へ何の脅威が迫っているのか確認できない!
ピシッ。と、何かが割れる音が耳に入って――。
「下です、床が崩れます!!」
――全てがスローに感じた。
澪が、この風圧の中、何度も体制を崩しそうになりながら、精一杯の踏ん張りで、こちらに走り寄る。
だが、衝撃で崩れ落ちる床は、無情にも、彼女の差し伸べる手から、俺を連れ去っていって。
「…………ぁ」
その手を取って、どうなるというのか。
むしろ、俺の身体の大きさと、彼女の握力じゃ、彼女も引きずり込んでしまうんじゃないか。
そんな、冷静な判断もできずに、差し伸ばした俺の手は……………………彼女の指先に、届かない。
あぁ、……死んだ。
涙を流しながら、必死に何か叫ぶ澪が小さくなっていく中、ぼんやりと思う。
死んだら、どうなるんだろう。情けないことに、怖いと感じた。
落下する時の痛みもそうだし、死んだ後何もできなくなって、誰にも会えなくなるのが怖い。
せめて、澪だけでも生き残ってくれれば、そんな思いが胸を掠めて、消えた。




