炊飯器ラブコメ
閲覧ありがとうございます。
炊飯器ラブ。米も好きだが。
家電量販店でにやつく私は炊飯器ラブの人種だ。あまり珍しくはないとは思うが、同士に出会ったことはない。
「ふふ、ひっひひ」
今日もわたしは仕事帰りに家電量販店へ向かう。欲望のままに。誰にも咎められたことはないが、一応毎日行く店は変えている。
そして……。
「買ってしまった……また」
部屋中炊飯器まみれ。
かわいいかわいい炊飯器たちに囲まれ、わたしは幸せな時間を過ごしていた。
「これがハーレムか」
わたしは狭い部屋で炊飯器に囲まれながらつぶやいた。誰にも文句は言われてない。自由すぎる。平成生まれで良かった。現代最高。
あ、米も炊けたようだ。
わたしの出会いは家電量販店だけではない。もっと自然な出会いもある。
そう、ある日、わたしは友人の家に行った。
そこには、かわいいかわいい炊飯器がいた。ヘルメットを思わせる流線形を意識したようなクールなフォルム。
「……はなせよ、それ」
「やだ」
気づくと、わたしは友人の炊飯器を抱きしめていた。
「うちにはそれしか炊飯器がないんだ、はなせって」
「……!」
わたしは泣く泣く炊飯器とお別れした。
うまくいかない恋とは、いつも辛い。
ある日には、奇遇な出会いに導かれた。
「あ、炊飯器!」
燃えないゴミの日、わたしはビニール袋につつまれた炊飯器を見つけた。非常に古いやつだ。しかし、わたしには関係ない。
「おー、よしよしかわいいねえ」
わたしは仕事を休み、1日かけて炊飯器をきれいにした。
かわいいねえ。
それ以上、その日言えることはなかった。
幸せな炊飯器との日々が、また潤った。
またある日、わたしはいつものドラマを見た。録画データから、人間たちのシーンを飛ばし、炊飯器が映るシーンばかり見る。ちょっとだけど、非常に満足した。とくに、米が炊けてごはんをかき混ぜるシーンなんか……。なんというか、あのカメラの撮り方はどうなってるんだ。すごかったぞ。
でも、これ以上は言えない。わたしは不潔だ。
ピピピ。炊飯器のメロディ。
わたしは炊飯器を開けた。今日は、225番ちゃんだ。
この子は早炊きが特徴の新人さん。
白くてかわいい。
ごはんを食べながら、さっきのドラマを回想し、顔が赤くなった。
「うわー、ごめん!」
とっさに謝ってしまった。なんなんだ、自分。
気まずい沈黙が流れている。ぜんぶ自分のせいだ。
あとで225番ちゃんをこっそり見つめていたら、気づいてますよと言わんばかりに無言のオーラを発してきた。優しい。きっとなぐさめてくれているつもりなんだろう。
日々の仕事、そして生活。
外でのわたしは人間に囲まれて過ごしている。
しかし、わたしはいつも自分の内面を人には明かせないと考えている。
それは、自分という檻にとらわれているかのようだった。
自宅に戻ると、そんな自分から開放された。
炊飯器炊飯器炊飯器炊飯器……。
今日も1日じゅう炊飯器をなでて、ながめ、なめ、かいで過ごした。
一個ずつメンテナンスして、写真も撮った。
そして、新たに一種類、ネットで買った。
こんな日々を送っているなんて、やはり誰にも言えない。
こんな私にも、まともな友人がいてくれた。
いつも相談に乗ってくれる、お人好しだ。
「結婚しないの?」
そんな友人が不思議そうに聞いてくる。
「まだ、かな」
わたしはうつむいて言った。赤くなっていたかもしれない。
「そっかあ……」
「まだ、絞りきれないので」
「え」
友人はア然としていた。やはり、複数の炊飯器の間で迷っているなど、よくないのか。
225ちゃんは、884ちゃんは、どんな気持ちになるかな……。わたしがこんなことで迷っているなんて。
「結婚するの?」
その後日、わたしはべつの友人たちに囲まれた。こないだの友人が勝手に話を膨らませて、広めてしまったのだろうか。まずい、わたしの炊飯器たちに知られたら、なんて思われるか……。
「おめでとう、これお祝い。来月から数年出張だから、先に受け取って」
「ええ?」
わたしは困惑した。とにかく、まだ結婚するなんて言ってない。まだどの子にするか決めてない。でも……
わたしは愕然とした。運命の出会いとは、こんなときにも転がり込んでくるものか。
「この子、いいかも……」
「?」
わたしの部屋に上げたことのある友人がため息をついていた。
わたしは新しい子を部屋に招き入れると、箱を開けた。
わたしは炊飯器が好きだ。そして、いつか運命の出会いがあると夢見ていた。そして、その時はいままさに来たようだ。
「かわいい」
やっぱり、運命だ。
小さくて妖精のようなツヤ、丸くて優しげ。機械的な無機質さを感じさせないながらに、最新の機能もついている。これでも3合は炊ける。意外とがんばれるようだ。
「……この子にしようかな」
しみじみと言いながら、わたしは部屋を見渡した。静かだ。しかし、異論のある炊飯器もいないようだ。
「ありがとう、みんな」
わたしは写真屋さんに行き、結婚写真を撮ってもらった。友人や仕事仲間、上司などにはこの写真を贈ろう。あと、家族にも。
まあ、結婚式はいいや。
数年後。
わたしは部屋中の炊飯器と結婚していた。なんと、誰もそれに異論はなかったらしく、行政のお咎めもなし。戸籍?なにそれ。
それより、戸惑っているのはなにより自分だった。おかしいだろ、全員と両思いだったんだから。そして仲良く全員と同居なんて。
前よりさらに部屋中を埋め尽くす炊飯器たちを眺め、わたしは鼻血を出していた。今日はトマトごはんにしようかな。
多重婚を国が認めたという話は聞かない。しかし、国がわたしの結婚を邪魔したいとも聞いていない。もしかしたら、祝福してくれているのかもしれない。
炊飯器たちは今日も静かにわたしを見守っていた。おかしいおかしい。わたしは、幸せすぎるのかも……。
こんな幸せが長く続くはずがない。
いつか、誰かがわたしたちを嫉妬し、炊飯器を連れ出してしまうに違いない……。
「ねえ、炊飯器貸して。うちの、壊れちゃって」
「何いってんだ、うちの家族を貸すことなんて!こちとら新婚だぞ!?」
「……ごめん……」
わたしは電話を切ると、炊飯器たちを見渡した。文句を言ってもいいのに、控えめな子たちだ。
「ごめんね。」
返事はない。みんな無言のうちに、暖かく見守ってくれているようだ。
またトラブルは去ったようだ。
これからも、わたしたちみんな、ラブラブだといいな。