表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

或る同窓会

作者: のりまき

 中学校を卒業して、最初の同窓会が行われたのは成人式のときだった。


 中には、着物姿のまま出席した人もいたけど、私は普段着で参加していた。相変わらず、中学生のときの面影を残している人もいれば、パッと見ではわからない人もいたことを、今でも覚えている。私は、前者と言うより、差ほど変わらないらしかった。


 皆、大人になったんだなぁ、と周りの女子たちを見て思ってたっけ。化粧も様になってて、口紅とアイシャドウだけの私なんかとは比べ物にならなかった。


 それでも、皆と騒ぐのはあの頃と全く変わらない。皆、そういうときだけは、心も中学生に戻っていた。


 今回は、もう何回目の同窓会かな。


 成人式のとき以来、毎年のように行われていたけど、いつしか一年おき、二年おきと間隔が広がっていった。それでも、人数が集まったのは曜日に関係なく、日にちを決めておいたから。


 四月一九日。


 特に、誰かがこの日にしようと決めたわけではない。たまたま、二、三年この日に同窓会を連続して開いたため、翌年からこの日に決められた。


 私は長年幹事を務めていた。今回も例外なく、幹事は私。初めの方は委員長だった坂口さんが幹事を務めていたけど、坂口さんが幹事を務められなくなったとき、代理として幹事をさせてもらった。そこからは、私の役回りとなった。


 前回から五年も経ってしまったことに、私は少し焦っていた。最低でも、三年に一回は開きたかったのだけど、幹事である私の都合が合わなかったばっかりに、とうとう開けずにいた。


 誰かに幹事を任せることは考えなかった。委員長でもないのに、自分から進んで幹事を務めておいて、都合が悪いから他の人にお願いなんて、とてもじゃないけどできない。


 ともあれ、今年こそは同窓会を開ける。皆に会えるんだ。


 たった一組だけだったけど、だからこそ、当時の思い出が深く刻まれてるんだと思う。行事も部活も、友達関係も恋愛事情も。こんな年になっても、鮮明に覚えている。


 もちろん、都合により来れない人もいるけど、夜の八時に集まるように呼びかけた。場所は、相変わらず、駅前のコンビニの上にある居酒屋。中学生のころ、私の好きだった溝口くんがバイトをしていた場所。


「久しぶり、金子」


 声をかけてきたのは、親友の真里菜だった。親友といっても、今となってはそれほど頻繁に会うことはない。


 どの学年にも一人はマドンナがいる。例外はない。私たちの学年では真里菜こそがマドンナだった。それは、今でもきっと変わらないと思う。それと同時に、やはり今でも、親友である真里菜がマドンナでいることを、私は誇りに思う。


 マドンナの宿命とも言うべきなんだろうな。彼女は、一度も同窓会を欠席したことはなかった。誰もが憧れる存在であり続けるために。誰にでも癒しを与えられる存在であるために。


「金子は、ずっと変わらないね。中学からずっと無垢で、まるでアタシの本当の妹みたい。この、可愛いヤツめ」


 そう言って、私の髪の毛をくしゃくしゃにしてくる。


「やめてよぉ。私たち、もういくつになったと思ってんの? 四五よ、四五。おばさんじゃない」


 真里菜の手を払いのけると、彼女はとぼけたような顔をして笑った。


 中学生の頃の思い出は、まるで昨日のことのように覚えているのに、気づけば私たちはもう四五。自分の言葉が、むなしくも可笑しく思えた。


 十分と経たないうちに、次々と旧友が流れ込んできた。いそいそと姿を現す委員長の坂口さんは、私にポツリと挨拶した。


 堅苦しい挨拶もさることながら、各々の談笑が場を弾ませていく。私も興に乗ってきたころ、一人の老人が目に留まった。


「遠藤先生!」


 しわりと顔をくしゃくしゃにして、輪の中心に入ってくる。私たちの学年を支えてくれた、まさに恩師だった遠藤先生。いつも厳めしい顔をしているにもかかわらず、生徒の行いに褒めるときは仏のような笑顔を振りまいていた。今となっては、厳格な表情の面影なんて欠片もない。


「先生、こっちに来て“優しさの授業”してくださいよ」


 私の席から離れたところで、昔の悪餓鬼が声を張り上げた。本当なら、そんな端の方じゃなく、今いる輪の中心でその話をして欲しかった。きっと、そう思ったのは私だけじゃないはず。


 それは、とても授業と言えるものではなかった。それもそのはず。だって、その話をしたのはホームルームだったんだもの。


 “優しさという名の凶器”――先生はしばしばそれを口にしていた。だから、この話は“優しさの授業”といっている。


 誰かに何かを与えることが優しさなのではない。誰かに尽くすことが優しさなのではない。手を差し出し、助けてあげることが優しさなのではない。そんなものは“凶器”だ。優しさという名の“凶器”だ。いかに諭すか、いかに正すか、その人に対していかに厳しくなれるのか。そこに優しさがあるのだ。お前たちの考えている優しさは、最低限のマナーであり、甘えという“地獄”へと誘う“凶器”だ。いいか、それは優しさという名の“凶器”なんだぞ。


 私は、未だに先生の言葉が理解できなかった。嘘を包み隠さず、安心を非ずものにするのが本当に優しさなのでしょうか。でも結局、その疑問を消失させることはできなかった。


「おい、金子、ちゃんと飲んでるのか?」


 遠くへ席を移し“優しさの授業”をする遠藤先生に目を奪われていると、ふいに誰かが私に絡んできた。


 溝口くんだった。今も昔も変わらない、好青年。


「しかし、金子も相変わらずだな。中学のときのまんまだ」

「ちょっと溝口くん、もう酔っ払っちゃったんじゃないの? 四五のおばさんにいう台詞じゃないよ」


 笑った顔も素敵。


 これまた、私はとうとう彼に思いを告げることはできず、中学校を離れてしまった。こんな調子で、色々な女子と絡むから彼は輝いているように思えた。誰からも好かれる人気者。本当にそう思えた。


 それでも、私は彼と格別仲が良かったと自負している。ただ、仲が良すぎたんだと思う。


「溝口、あまり金子をいじめないでよね」


 発泡酒を片手に真里菜が割って入ってきた。


 あの頃と変わらない。彼女のせい、というわけではないけど、私が溝口くんに思いを告げられない原因がここにもあった。私のすぐそばにはいつも真里菜がいた。誰よりも仲が良かったし、誰よりもかけがえのない友達だったから、それは当たり前だったんだ。


 私は二人との関係を崩したくなかった。ずっと、仲が良いままで時間を刻んでいきたかったんだ。ううん、本当は怖かったのかもしれない。だから、崩したくなかったのかもしれない。


「か、金子……?」


 途端に、溝口くんが呆気に取られたような声を出した。


「金子が、泣いてる……」


 頬を伝うものを感じて、その言葉を聴いて、私ははっとした。私は、初めて涙を流した気がした。


「良かった。やっと、夢が叶ったよ!」


 今度は、私が呆気にとられてしまった。はしゃぐ溝口くんと真里菜。委員長の坂口さんも口元を両手で覆い目を細めていた。


「あとは涙だけだったんだ。人間だった頃の金子に戻るためには」

「良かったね、本当に良かったね、金子!」


 ――人間だった頃の、私?


 私が遠藤先生の方を向くと、先生は何度も頷いていた。瞬間、私の脳裏に凍り付いていた記憶が融け始めた。


 それは、中学三年生の真冬の出来事だった。卒業式の行われる少し前に、下の学年がお別れ会を開いてくれる。その恒例の行事がある当日、私は寝坊というしがない理由で遅刻していた。あとから入ってきて目立ってしまうことばかり気になって、とにかく学校へと急いでいた。今更、どうしようもないことだけど、気づいたときには、私は光を失っていた。


「あの事故のあとね、金子は人形のように何も感じなくなって、何も話さなくなってしまったの」


 私の物語を綴ってくれたのは真里菜だった。


「アンドロイドに近いのかもしれない。脳に機械を植えてね、一つずつ、感情と言動を思い出させてきたのよ。ただ……副作用なのかな。本当に人形みたいに、容姿は年をとっていかなかった。不思議、だよね。年はとっていくのに、姿形は中学生のときのままだなんてさ」


 皆の安堵する顔が私を覗き込む。


 今流れているこの涙が、嬉しいのか悲しいのか、私にはわからなかった。本当なら、私が戻ってきたことを皆と分かち合うはずなんだけど、私にはどうしてもそれができない。


 歓喜の顔の奥に、遠藤先生の顔が見えた。涙のせいでぼやけているけれど、皆とは違う表情を浮かべているのだけはわかった。先生は、何も言わずに頷いてくれた。


 だから――


「それが、皆の隠し事だったんだね――」


 言わなければならない――


「今度は、私の隠し事を、話すね――」


 私が素直に喜べない理由。


 皆が私に対して隠し事をしていたと言うことを、私は最初の同窓会ですでに知っていた。どんな隠し事なのかを知らないだけで、何かを隠しているのだと言うことくらいは知っていたんだ。


 私たちが二五歳になる五回目の同窓会で、お返しと言うわけではないけど、私にも隠し事ができた。今も、その時と変わらず、全然嬉しくない隠し事。


 私は、皆みたいに喜ぶことなんてできないよ。


「私が初めて幹事を務めたその同窓会で、この居酒屋と共に皆、炎に包まれてしまったの」


 さっきまで明るかった居酒屋が、黒ずんだ廃墟へと変貌した。私と遠藤先生は知っていた、この場所に居酒屋なんてないことを。


「霊は年をとらないなんて、一体誰が考えたんだろうな」


 言いながら遠藤先生は私の方へ歩み寄ってきた。


 あの時、先生を同窓会に呼ぼうとした私は幹事でありながら、遅刻してしまった。


「隠し事がわからないままお別れは嫌なんだとさ、金子は」


 ようやく私の所まで来た先生は、真里菜の方を向いた。決して責めるわけではなく、当時は滅多に見られなかった微笑を真里菜に向けている。


 その微笑に答えて、真里菜は私の方を向いてくれた。


「ありがとう……教えてくれて」

「本当はさ、俺たちもわかってたんだぜ。金子が何か隠し事をしてるって」


 次に口を開いたのは溝口くんだった。垣間見える、中学生のときの瞳が今も私を焦がせる。


 坂口さんが彼の後ろからお辞儀をしてくれた。


 ふと溜息をつくと、目の前には暗闇が広がるばかりだった。お別れの言葉は何度もいってきた。でも、今度こそ本当のお別れなんだ。


「先生。私、先生の言葉が少しだけわかったような気がします」

「隠し通していくことだけが、優しさなんかじゃない」

「はい」


 とうとう、私たちの同窓会が終わってしまった。


「一つ、お願いがあるんです、先生」

「なんだい?」


 ふと、もう一つ終わらせなければならないことを思い出した。


「卒業証書、ください――」




   【完】


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ