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其の三

其の三


いやそんなはずはない。亮平に限ってそんなはずはない。だけど昨日、誰かとメッセージのやり取りをしていた亮平は、絶対にそれを俺に隠そうとしていた。


「ねえ亮平、今日はお寿司を買って帰るね」


「あ、ごめん颯太。今夜は少し付き合いで飲んでくるんだ。だからお寿司は明日にしないか?」


「じゃあ晩ごはんはどうする? カレーでも作ろうか? それとも親子丼とか?」


「いや、たぶん外で済ませてくることになるだろうから、今夜は何も支度しなくていいよ。それとも颯太だけでお寿司を食べてて構わないよ?」




初めてのことだった。


亮平は気付いていないかも知れないけれど、俺が一人きりで寿司を食べたりするはずがないじゃないか。それにいつもの飲み会なら帰宅してから何か食べるというのに、何もいらないなんて。

こんな亮平は初めてだった。


だから俺は……つい自分の中の誓いを破ってしまった。絶対に見ないと決めていた亮平のスマホを夜中に見てしまったのだ。


俺たちはお互いに隠し事はしないと決めていたから、ロック解除のパスワードはお互いに隠すことはしなかった。でもそのことが皮肉な答えを引き出してしまうとは思いもしなかった。




メッセージの相手は千恵ちゃんだった。

まさかメッセージグループから外れたところでやり取りをして。それも待ち合わせの約束をしていたなんて……なぜ?


やっぱり亮平は女性の方がいいの?

もう俺には飽きてしまったの?


スマホの画面がぼんやりと滲んで見えた。堪えていた思いが頭の中を走り回る。火照った頬や額から汗が伝ってTシャツの襟首を湿らせていく。


だって千恵ちゃんは俺と亮平のキューピットだったじゃないか。




俺はまだ小学生だった。でも男子にばかり興味を持ってしまう自分は、他の男子とは違うと思っていた。でもこんなことを他人に話すことなんか出来るわけがない。まして同級生で、好きになった子に……亮平に思いを打ち明けるなんてできっこない。そう思っていた。


六年生の修学旅行で、他のみんなとわざとはぐれて亮平と二人っきりで行動した。夜中に二人で大浴場に忍び込んだら、湯船はお湯が抜かれていて大笑いしながら部屋に戻ったことも、俺の記憶の中では楽しい思い出だった。

それを千恵ちゃんは気付いていて、俺に話しかけてきた。


「颯太って、亮平のことが好きなんじゃない?」


俺は超絶驚いた。やっぱり女の子って勘が鋭いんだ。


「え? なんのこと?」


「昨日は班別の行動の時にあんたたちだけいなかったでしょ? あたしが二人は調子が悪いから旅館に戻ってる、って言っておいたから騒ぎにはならなかったけど。それに夜中に二人で男子の部屋を抜け出してどこかへ行っていたでしょ?」


「どうして夜中のことなんか知っているの?」


「布団を抜け出して遊びに出掛けるのは男子だけだとでも思ってる? 二人で大笑いしながら廊下を歩いていたでしょ?」



女の勘とはただの妄想なんかじゃない。ちゃんとそれに足りる裏付けも持っている。だから断定的に言いきってしまえるのだ。


そして、修学旅行から戻った俺と亮平が、いわゆる交際を始めたのは千恵ちゃんが取り持ってくれたからだ。

あの日――俺は千恵ちゃんに体育館のプール側の角にある、雨で朽ちかけたベンチ前に呼び出された。


「颯太、あんた亮平のことが好きでしょ? いまさら隠し事は無しよ! どうなの?」


今にして思えば強引さも甚だしいのだが、亮平に確かに思いを寄せていた俺は口ごもってしまった。だけど初めて自分のことを誰かに理解してもらえたことが嬉しかった。

ところが彼女の話はそれだけでは終わらなかった。


「亮平にもはっきりと聞いたの。颯太のことが好きか、って」


その瞬間、俺は地獄に突き落とされたかと思うほどの絶望感を覚えた。まさかそんなどストレートに言ってしまうなんて……これで全てが終わったと思った。もう亮平は俺と普通には接してはくれない。いやそれどころか無視されてしまう。もう二度と亮平のあの笑顔や耳の奥をくすぐるような優しい声を聞くことなんか出来なくなってしまった。もうこれで俺の初恋は終わってしまったんだ。


「ねえ、何か勘違いしてない? 何で急に泣きそうな顔して……つか泣いているの?」


女の子って自分勝手で、人の気持ちを考えてなんかいないのかもしれない。質問ばかりしているくせに、答えてもいないことを自分だけ納得したりして。


案外ひどいよ。


「たぶん早とちりね、颯太。亮平はあんたのことが好きだって」


時間が止まった……そんな気がした。

思考が止まり、辺りが急に暗くなった。たぶん気を失いかけて倒れそうになっていたのだろう。ところが俺の背中は誰かにぶつかって、俺より太い腕で抱き締められた。

それは肩で息をしている亮平だった。倒れかけた俺を支えてくれていた。


この恋は俺の絶望から始まった世界一の恋なんだ!


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