其の弐
久しぶりの集まりになった。
小学校から仲が良かった彼等とは時折飲んだり、悩みを打ち明け合ったりする誰よりも気の置けない仲間である。
ことあれば集まりたがる男三人とは違い、桑折千恵とは小学五年生の時以来になる。
千恵の変わり様は、向かいに座った八木亮平と斉藤裕二をその名の通り凍りつかせた。
「畠田くん……あ、他人行儀か。颯太、久しぶりね」
「あ……うん!」
俺は詰まり気味に相槌を打った。
「千恵、ホントに千恵だよな? 随分違って見えた……そんなに色白だったか?」
亮平が二の矢を継いだ。おそらく亮平も裕二も俺も、三人が三人とも同じ感慨に耽ったに違いない。
「レディに向かって失礼な言い方ね。昔から肌は白かったわよ」
色白だった? その言葉には俺も驚いた。単に記憶違いだったのだろうか?
「それにしても驚いた。マジ凍りついた」
いつもは口数の多めな裕二が遅れて口を開いた。
「そうそう、裕二は千恵の名字がこおりだから、散々そのフレーズ使ってたよな」
亮平はそう言いながら、裕二の顔をいかにももの言いたげにしげしげと眺めていた。
確かに裕二の顔にはある種の憧憬の情のような雰囲気を漂わせていた。
「なんだよ亮平。なんか言いたい事があるならはっきり言ったらいいだろ?」
裕二は眉間をしかめたり緩めたりを繰り返し、明らかに「それ以上言うな」というサインを亮平と俺に送っている。
髪は短かく肌は健康的に日焼けをした女の子。それが千恵の小学生のころの印象だった。
亮平が不意にテーブルの下で俺の手を握った。端正な顔立ちをした亮平が、したり顔で俺に片目を閉じてみせた。
きっと僕がいつものように物思いに耽った顔をしていたからだ。いつもの亮平の不意打ちとわかっていても、俺の動悸は早くなり両手は鼓動に合わせ上下に小さく痙攣した。亮平は俺の反応をいつも楽しみながら、唇の端を小さくクッと上げ、音のない言葉を綴る。
(カワイイぞ)
(こんなとこでそんなこと言うな! )
俺はほんの少し顔をしかめ、口はしっかりと結んだまま亮平を睨みつけた。
「動物園か。なんかこのメンツにはピッタリだったわよね」
千恵の声でいきなり現実に引き戻され、千恵と裕二の顔を交互に見た。気付かれてしまっただろうか? いや、亮平とのやりとりは怪しまれてはいないようだ。
「動物園とはうまく言ったものだけど、誰が言い出したんだっけ?」
裕二が切り出した。
(それ、裕二が犯人だぞ)
つい口をついて出そうになった言葉を飲み込んだ。だって裕二を刺激してしまうと、話がややこしくて長くなるに決まっているから。
八木亮平はそのまんまヤギ。
斉藤裕二はサイトウから取ってサイ。
俺はハタダソウタという名前から抜き取ってゾウ……これが一番のミスマッチ。
千恵はコオリチエから引っ張り出してオリ、動物園のオリというわけだ。まあ彼女には誰もかなわなかったから、ピッタリだった。
イトウユメは魚のイトウ……伊藤夢。そうだ、本当はもう一人仲間がいた。
「そうだ千恵ちゃん、颯太が俺たちのグループにはもう一人いたって聞かないんだよ。そんな子はいなかったと証言してやってくれないか?」
亮平が千恵ちゃんに持ちかけた。だけどきっと彼女の証言で俺の話が夢なんかじゃなく事実だと証明される。
「名前は伊藤夢。イトウだから魚のイトウだよ。俺がハタダソウタだから、魚のハタだって。二人で水族館だねって話していたんだ。彼女のこと、千恵ちゃんなら覚えているよね?」
彼女はじっと俺を見つめていた。いや俺の目を捉えて離さなかった。
「確かにいたよ、伊藤夢ちゃん」
「ほら亮平、裕二! 千恵ちゃんもそう言っているじゃないか。俺の記憶の方が正しかっただろ?」
亮平と裕二は目を見開くように千恵ちゃんを凝視していた。
「だけど彼女が小学五年生だったのは12年前ではなく24年前よ」
たぶん俺だけではなく全員が凍りついた。
「24年前、仲良しグループが肝試しに旧校舎に忍び込んだの。その時にうちの学校である生徒が行方不明になったの。その人の名前が伊藤夢よ」




