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イロメガネ

 多くの人が待ち合わせをする、有名な犬の像がある広場。

 僕はそこで好きな女性を今か今かと待っていた。


「マコトは……後1㎞か……」


 メガネにはマコトとの距離が書かれていて、彼女が僕の元に来るまで後10分はかかるだろう。

 いや、もう少しかかるかもしれない。


 彼女のメガネには最短経路が描かれるといっても、全てがうまく進む訳ではない。

 といっても、ほとんどの事はうまく行くのだけれど。


 僕は暇つぶしに周囲の人の観察を始める。


 やはり都会の人達のメガネはオシャレだ。

 僕は未だに給付されるメガネをかけているのだけれど、真っ黒い額でかなり無骨だ。

 バッテリーもそこそこの性能の物だし、重たいという欠点もある。


 都会の人々は赤や青、緑色やピンク、柄もの等皆が違っていた。

 メガネをかけないという人は誰も居ないし、やはり都会は進んでいる様に思う。


 まぁ、メガネをかけない人なんて、僕の地元にも100歳を超えるような老人位しかいなかったけれど。

 それも、「全ては国が仕組んだことじゃ! 絶対にかけてはならん!」と頭のおかしい事を言っている様な人くらいだ。


「ごめーん! 待った!」


 僕がぼんやりとしていると、大声で駆け寄って来る女性がいた。


 彼女は息を切らしながらも走ってくる。

 薄く茶色に染めたセミロングに、白いTシャツ、動きやすいようにゆったりとしたデニムパンツをはいていた。

 靴は有名なスニーカー。

 動くのが大好きな彼女らしいコーデだ。

 もちろん、都会育ちの彼女のメガネはオレンジでそこからも元気を感じられる。


 僕は、近付いて来て肩で息をする彼女に優しく答えた。


「ううん。今来た所」

「あはは、何言ってるの。メガネに30分前からミノルの名前の位置、全然動いてなかったよ」

「こういう言い回しが昔は流行ったらしいよ?」

「何よそれ。何100年前?」

「さぁ? おじいちゃんが若い時はこう言ってたんだって」

「メガネにお互いの距離を出せるこのご時世にそれは出来ないじゃない」

「まぁね。落ち着いた?」

「ええ、いやーごめんなさい。メガネにちゃんと目覚ましをセットしたんだけど……」

「時々鳴らないことがある不具合なんとかして欲しいよね」

「目覚ましを買うか迷っちゃうわ」

「今時そんな骨董品いらないんじゃない? それに、メガネが目覚ましを鳴らさない時は結構いい方向に転ぶ。っていうのを聞いたことあるよ?」

「あたしもそれ聞いた事ある。でも本当なのかしらね? そのお陰で事故に会わなかった有名な研究者がいた……とかって聞いたけど」


 そういって首を傾げる彼女は可愛らしい。


「どうなんだろうね。遅れたのはマコトのおごりでケーキでも買ってくれたら許してあげる」

「男が女にたかるなんておじいちゃんが聞いたら怒るわよ」

「何100年前の価値観の話してるの?」

「ミノルが先に言って来たんでしょ」

「それもそっか」

「それよりもさっさと行きましょ。私も一杯遊びたいんだから!」

「うん。僕もだよ」


 僕たちは、こうして一緒に街に繰り出した。




 僕たちは街を一緒になって歩く。

 目的というものは大してなく、ウインドショッピングというのが正しいだろうか。


 でも、僕にとってはそこまで大事な事ではなかった。

 なぜなら僕の側にはマコトがいる。

 それだけで楽しい……素敵な時間なのだから。


 とあるアクセサリーショップに立ち寄った時に、マコトが目を輝かせてそれらを見ていた。


「このアクセサリー良くない? 超可愛いんだけど」

「ほんとだ。マコトにすごく似合うよ」

「ほんとう? それは嬉しいな」

「まぁ、でも、マコトならなんでも似合うと思うよ?」

「何でも?」

「馬の被り物とかでも似合うと思う」

「……」


 ドスリ。


 彼女が無言で肘鉄を食らわせて来る。


 僕は自分が悪いことは分かっているので黙って受け入れた。

 でも、直ぐに彼女が笑うので、僕もつられて笑ってしまう。


 こんな冗談でも言い合える素晴らしい間柄だ。




 それからも一緒に色々な店を回る。

 どの店を回っても、彼女と一緒に過ごすのが楽しい。


 メガネの紹介で彼女と一緒に行くとおススメの店。

 僕と彼女の今までの嗜好等を考えて、2人とも楽しめるデートプランまで提案してくれるのだから最高だ。

 しかも、僕の目から見て、今まで見た女性の中で3本の指にも入る様な可愛らしい……素敵な女性。

 何で田舎から上京して来た僕とこんなにも仲良くなれるのか……。


「おいおいおいおい! 別に良いだろうがよ!」

「何……?」


 マコトが不安そうに僕の袖を掴む。

 僕は彼女の前に出るように前に体重がかかる。

 メガネが急激に重くなった気がするけれど、そんなはずはない。


 それよりも、一体なんの騒ぎだろうかと、大きな声がする方を見る。


 そこでは、警察官が、メガネをしていない若い男に怒っている所だった。


「君ねぇ。メガネをかけない。それってどういうことか分かる? 危ない事でもあるんだよ?」

「はぁ? 別に良いだろうがよ。なんでそんなことお前らに言われなきゃいけねえんだ」

「それが法律で決まってるからだよ」

「メガネなんてだせぇもんかけられるかよ!」

「そんな事は話にしてないんだよ。いいから早くかけて。ご両親に連絡するよ」

「それは……」

「えーっと君の顔写真から……名前は……ふむふむ。住所も……お、近いんだね。私も行くから一緒に家に行くよ。私から両親に説明させてもらう」

「ゆ、許してくれよ。分かった。かける。かけるから!」

「ダメだよ。さっきまでの態度を見ていて許容できない」

「そんな!」


 僕は特に問題ないと思い、マコトの手を引いて先に進む。


「それにしてもメガネをかけない人って都会にもいるんだね。びっくりしたよ」

「そりゃこれだけ多くの人がいたらね。目立ちたがりで取って見せる様な人もいるわ」

「かけることにデメリットなんてないのにね」

「本当に。あたしももうこれがない生活なんて考えられないわ」

「僕もだよ」


 そんな事を話しながらメガネに映っている時間を見ると、そろそろいい時間だった。


「ねぇ。そろそろ食事にしない?」


 僕はマコトにそう言いながら、メガネから近くの彼女が好きそうな店を予約する。


「いいわね。そうしましょう」

「それならここから近い所にいいお店を予約してあるんだよ。行こう」

「凄いじゃない。手際がいいわね」

「これくらいはするよ」

「ふふ、嬉しい」


 僕たちは手を繋いだままその店に向かった。




「いらっしゃいませー」


 店に入ると、元気な声で挨拶をされる。

 けれど、どこの席に行くかは自分たちで決めた。


 この店に入った時に開いている席が表示され、好きな場所に座る事が出来る。


 そして、彼女と共に向かい合うように座り、一緒にメニュー表を見る。

 基本的なメニューはそこに表示されていて、細かいアレルギーやカロリー等の情報はメガネを介して表示される仕組みだ。

 初めは全てメガネに表示されていて、こういったメニュー表は無かったけれど、僕達の様に一緒にメニューを見たい。

 という意見があってこういった方式の店が増えたのだ。


「あ、あたしこれがいいな。ハンバーグ定食」

「本当だ。美味しそうだね。僕は……こっちの唐揚げ定食でいいかな」

「そっちもいいわね。少し交換しましょ」

「もちろん」


 それからメガネで注文をする。


 料理が来るまでは僕達は今日あったことや、これからのこと等を話す。

 でも、やはりずっと話続けるという事は出来ない。


 ふとした拍子にお互いが黙る時間が出来てしまう。


「……」

「……」


 どうしよう。

 彼女と何の話をしたらいいのか。

 そんな事を思った時に、メガネからピコン、と何かが鳴る。


 そこにはただ単に「今日あったアクセサリーのことについて」と書かれていた。

 僕はそれを見て次の話題はそれだ。と感じる。

 メガネが教えてくれたことに感謝したくなった。


「ねぇ」「あの」

「……」

「……」


 僕と彼女の言葉が被ってしまった。

 でも、先に彼女が言いかけたので、先に彼女に譲る。


「な、なに? マコト」

「え? あ、ああ。今日見ていたアクセサリー。どれがいいのか……って思って」

「! それ、僕も話そうと思っていたんだよね」

「ほんと? あたしもなんだ」


 それから僕たちの話はもっともっと盛り上がり、料理が来るまでずっと楽しい会話を続ける。

 まさか彼女も僕と同じ話題を話そうと思っていただなんて、信じられない位に嬉しい。

 僕たちは神が導くように出会うべくして出会ったようにすら思う。


 2人で料理を食べ合い、どちらも美味しいねと笑い合う。

 こんな時間が永遠に続けばいいのにと僕は思った。


 それからも色々な場所を回った。

 マコトは運動が好きという事で、2人でスポーツをしたり、カラオケで好きな歌を熱唱したりした。


 夕飯もメガネの案内で素敵な店に行き酒も飲む。

 彼女も酒が入っていい雰囲気になった。

 それから、ちょっと涼もうと夜景の綺麗な場所に彼女と共に向かう。


 周囲には僕達と同じような人達が何組かいる。

 だけれど、それぞれが丁度いいくらいの距離を取れるような人数で。

 いつも大人気の場所。

 そう聞いていたけれど、メガネの情報に従うとこんな素晴らしい景色をマコトと見ることが出来たのだ。


「綺麗だね……」

「うん。あたし……。こんなに楽しい日……初めてかも」

「そうなの?」

「うん。あたし……学校ではあんまり人と喋らないからさ」

「元気でスポーツ好きなのに?」


 しかも、こんなに綺麗で……美しくて……。

 僕には釣り合わない位の素敵な子なのに。


「アハハ、元気だからって喋るのが好きな人ばっかりじゃないよ。それに、男子に話しかけられたこともほとんどなかったからね」

「嘘でしょ? 学校の人見る目ないんじゃない?」

「そんなことないよ。ミノルだって学校でモテてたんじゃないの?」

「そんな訳ないよ。女子と話したことなんてほとんど無かったよ」


 これは実際の事実で、基本的には男子としか話さなかったし、女子から話しかけられることもほとんど無かった。

 女子に話しかけようとしたけれど、逃げられたこともあったくらいだから。


「うっそ」

「ホントホント。でも、なんだろうね。僕が……18歳になったくらいからかな。色々と周りの景色が変わり始めて……それで大人になった。っていうことなのかな。なんか、今まで美人に映ってた人が全然そんな風に見えなくなったり、気にならなかった事が気になるようになったんだ」

「あたしもそれある! ほんと、18歳ぐらいからなんだよね。あたしがこんな性格になったの。それまではなんか世界が全部つまらなくってさ……。ほんと、どうしたらいいのか分からなかったもん」

「僕もだよ。でも、こうして君に出会えて……人生で一番楽しい時かもしれない」

「そんな……あたしのセリフよ。ミノル……貴方に出会えて、あたしは幸せ……。ここで死んでもいいくらい。好きよ。ミノル」

「マコト……」


 僕から言おうと思っていたのに、彼女から先に言われてしまった。


「僕も好きだよ。マコト」

「嬉しい……」


 僕たちはそっと顔を近付け、唇と唇が……


 ゴチン。


「……」

「……」


 僕たちのメガネが当たり、一瞬だけ雰囲気を壊す。

 でも、僕たちはこの時ばかりはそっとメガネを外した。


 ピントがあわず、目を何度か瞬かせる。

 その時に見た彼女の顔は深海魚の様な顔をしていてちょっとびっくりしてしまった。

 ピントがあわないだけでこんなことになるなんて。


 それから僕は元に戻った彼女と口づけをする。


「これからよろしくね。マコト」

「うん。こちらこそ。ミノル」


 僕とマコトはこうして恋人関係になった。

 こんな素敵な彼女が出来て最高だ。


 それもこれも、メガネのお陰と言ってもいいかもしれない。

 僕は今……いや、これからもずっと幸せになるだろう。



FIN


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