第4話 お父さんと山賊退治
体験入団も明日で終わるという時、騎士団がにわかに騒がしくなる。装備を整えている。
ラークが一人の騎士に尋ねる。
「何かあったんですか?」
「出陣だ」
「出陣!?」
「凶悪な山賊団『地獄の虎』のアジトを、国の諜報部がようやく特定したんだ」
「『地獄の虎』……!」
ラークも聞いたことがある。
神出鬼没で、いくつもの村や町を荒らしまわった山賊集団である。山賊らしからぬ武力と統率力も備えており、自警団はもちろん、王国の部隊が返り討ちにされるケースも後を絶たなかった。さすがに騎士団が武で後れを取ることはなかったが、なかなか壊滅に至れないでいた。
ラークは胸騒ぎがした。長年国を荒らした山賊がそう簡単に尻尾を見せるだろうか。これは……罠では?
出陣しようとするバルガスに、ラークが声をかける。
「バルガスさん!」
「なんだ」
「聞きました。山賊討伐に行かれると」
「うむ、このチャンスを逃す手はないのでな」
「僕も連れてって下さい!」
「それはならぬ。貴様は体験入団してるだけにすぎん。危険にさらすわけにはいかない」
当然の返答だった。
だが、ラークは――
「今度の出陣、何か嫌な予感がするんです。例えば……罠とか」
「たとえ罠だろうと、騎士ならば飛び込まねばならぬ時がある」
百戦錬磨のバルガスとて、山賊団の企みには当然気づいていた。奴らがただ居場所を特定されるわけがない、と。
それでもラークは不安だった。
「どうか……どうか僕も連れていって下さい! 僕も魔法には自信があります! 絶対に足手まといにはなりません! 力になれます! お願いします!」
「……」
バルガスは少し考えてから言った。
「よかろう。ついてこい、ラーク!」
「ありがとうございます!」
***
山賊が巣食うのはコッホ山だという。首都から北西に位置するあまり人の寄り付かない岩山だ。
「ラーク、馬に乗れるか?」
「乗れません!」
「よく言った。見栄を張られるよりよっぽどいい」
バルガスは愛馬にまたがると、ラークを軽々引っ張り上げる。
「前に乗れ。馬は後方ほど揺れる。しっかりつかまっていろよ」
「はいっ!」
「全騎士に告ぐ、出陣だ!!!」
雄叫びを上げながら、勇猛な騎士団が出陣する。
それはまさしく、ラークが思い描いていた勇猛な騎士団そのものだった。
これから命懸けの戦いに行くというというのに、ラークは子供のように目を輝かせていた。
***
コッホ山にたどり着いた一行。
この山は決して標高は高くないが、入り組んだ岩山である。いわば天然の要塞、攻めにくい場所だ。
「伏兵がいるはず……多少の犠牲は覚悟で攻め込むしかないか」
すると、ラークが言った。
「僕に任せて下さい!」
「む?」
「探知魔法を使いましょう」
ラークが呪文を唱えると、彼の前に魔法陣が出現する。
魔法陣には周辺の生命力を探知する機能が備わっており、一ヶ所不自然なところに光があった。
ラークが指さす。
「あそこの茂みに隠れています!」
すかさず騎士の一人が槍を投げる。
「ぐあっ……!」
悲鳴が上がり、潜んでいた山賊が倒れた。
「やるな、ラーク」
「ありがとうございます」
これで敵の狙いは分かった。やはり山賊が発見されたのはわざとであり、コッホ山には大量の罠と伏兵が仕掛けてある。
騎士団にとって山賊が厄介なのと同じく、山賊たちにとっても騎士団は目障りなのだ。このコッホ山で騎士団を壊滅させるつもりだ。
ならば受けて立ってやる。バルガスは部下たちに命じる。
「行くぞ!」
山道を勇ましく駆け上がる騎士団。
山中には大量の山賊が待ち伏せしていたが、精鋭たちはそれらを蹴散らしていく。ラークの探知魔法も役に立った。
「いいぞ、ラーク!」
「はいっ!」
やがて騎士団は、左右を崖に挟まれた道に差し掛かる。
危険ではあるが、山賊を倒すには進むしかない。馬を操り、意を決して駆け抜けようとする騎士団。
岩が落ちてきた。
やはり罠だった。
しかし、スピードを緩めなければ突破はできる。犠牲は出るだろうが、やむを得ない――その時だった。
ラークが魔法を発動させる。
「竜巻魔法!」
竜巻を起こし、さすがに岩を吹き飛ばすまではいかないが、落下速度を遅らせた。おかげで騎士に犠牲は出なかった。
地の利は山賊にあるが、勢いは騎士団にある。次々に現れては、倒されていく悪党たち。
バルガスも長年の経験から「これはいける」と感じた。
ラークも同じ考えだったが、念のためと探知魔法を使う。
すると、予期せぬ方角に光があった。
「あっ……!」
木陰から一人の山賊が弓でバルガスを狙っている。
魔法を唱える暇もない。となれば――
「危ない、お父さん!」
ラークは身を挺してバルガスをかばった。
矢が放たれる。
舞う鮮血。
ラークが崩れ落ちた。
驚くバルガス。
「……!」
倒れたラークを見て、バルガスが絶叫する。
「ラァァァク!!!」
ラークの肩からは血が流れている。
「ラァァァァァク!!!!!」
「あ、ご無事でしたか……」
「ラァァァァァァァク!!!!!」
「僕も、矢は肩をかすめただけみたいで……」
「ラァァァァァァァァァァク!!!!!」
「これぐらいなら回復魔法で……」
「ラァァァァァァァァァァァァァァク!!!!!」
「あの……お父さん……」
「ラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァク!!!!!」
まるで聞いていない。
「許さん……許さんぞ、山賊ども……! フィアナの恋人にして我が息子ラークをこのような目にあわせるとは……!」
激怒している。歯をむき出し、血の涙を流さんばかりの鬼気迫る表情。敵だけでなく味方ですらひれ伏してしまいそうになる。
「――全騎士に告ぐッ!!!」
バルガスは高らかに剣を掲げる。
「賊どもを殲滅せよッ!!! 一人たりとも討ち漏らすな!!!」
騎士たちの士気が高まる。
彼らとてラークを気に入っており、なにより騎士団長の命令は絶対だ。士気は天にも昇り、その遥か上にも達する勢いだった。
一斉に突撃を開始する。
うおおおおおおおっ……!!!
こうなればもはや、多少の地の利や罠など意味をなさない。
後はあっけないものだった。なすすべなく、山賊団『地獄の虎』はコッホ山から駆逐されるのだった。
***
駐屯地のベッドにて、横たわるラーク。自身の回復魔法で傷は癒えたが、痛みは残っているため包帯を巻いている。
「すみません、結局足手まといになってしまって……」
「そんなことはない。貴様の魔法がなければ、騎士団からも犠牲は出ていただろう。今回の戦いはそういう戦いだった。軍事への魔法の導入、本格的に考えねばならんな」
バルガスは視線を外すと、ぽつりと言った。
「ありがとう」
この言葉にラークは感激する。
「バルガスさん……!」
「誰がバルガスさんだ! お父さんと言え!」
「……え!?」
「あ、いや、間違えた! と、とにかく娘との交際は認めんからな! それはそれとして、貴様の魔法使いとしての実力は認めてやる! さらばだ!」
言いたいことを言って、去っていくバルガス。
ラークは微笑む。
こうしてラークの騎士団体験入団は終わった。
色々あったが楽しかった。ラークは自分が一回り大きくなったように感じていた。