第3話 お父さんの騎士団に体験入団
ラークが初めて挨拶に来た時から2ヶ月が過ぎた。
いつものように屋敷に来ていたラークに、バルガスはこう切り出した。
「ラークよ。貴様、騎士団に入ってみる気はないか?」
「僕が……ですか?」
いつの間にか名前で呼ぶようになっているが、ラークも全く気付いていない。
「もちろん、正式な入団ではない。いわば体験入団。貴様のような軟弱な男は騎士団で鍛え直す必要があろうかと思ってな」
フィアナが割り込む。
「お父様、ラークがそんなことできるわけないでしょ!? 彼、賢者を目指して勉強中なのよ!? 分かってる!?」
「分かってる。分かってるが……勉強の息抜きになるかと思って……」
「息抜きで騎士団に入る人なんかいないでしょ!」
すると、ラークは――
「入団してみたいです!」
「え……!?」驚く父娘。
フィアナが慌ててラークの肩をゆする。
「ちょっと本気? 勉強しなきゃならない時に騎士団なんて……」
「うん、本気だよ」
ラークは理由を語り始める。
「勉強は進んでるし、それに賢者試験には実技試験や面接もある。バルガスさんの騎士団に入団させてもらうのも、いい経験になると思うんだ」
家で机に向き合うだけが能ではない。ラークは人生なんでも勉強、という考えのようだ。
「ふん……若造なりに考えているようだな。娘との交際は認めんが」
「いつか必ずフィアナさんとの交際を認めて頂きます!」
こうして家にしょっちゅう遊びに来てるのは交際以外のなんなのか、と言いたいが口に出さないフィアナ。
「来週から貴様を一週間、体験入団させてやる。ビシバシいくぞ、覚悟しておけ!」
「お願いします!」
ラークの騎士団体験入団が始まる。
***
騎士団の駐屯地は、王城から少し離れたところにある。
石で作られた頑強で武骨な建物に、大勢の騎士が集っている。有事ともあれば彼らがすぐさま出陣し、敵を打ち砕くのだ。
騎士団長バルガスが騎士たちを集め、ラークを紹介する。
場に似つかわしくないローブ姿の彼に、顔に疑問符を浮かべている者も多い。
「今日から少しの間、この魔法使いラークを体験入団させることになった」
「よろしくお願いします」
頭を下げるラーク。
「よろしくお願いしますっ!!!」
騎士たちも頭を下げる。
この王国の騎士団は決して身分だけのお飾り集団ではなく、精鋭を集めた部隊という性格が強い。騎士たちの雰囲気にラークは一瞬たじろくが、なんとか気を強く持つ。
「我らは剣や槍の使い手だが、魔法から学べることもあるだろう。このラークからしっかり吸収するように」
バルガスが言うと、一人の騎士が挙手した。
彼もまた魔法嫌いで有名な騎士だった。
「お言葉ですが団長、魔法は近年急激に存在感を増しているとはいえ、まだまだ実態のつかめぬ妖しい術といえます。我ら武器を頼みとする騎士に、学べることがあるとは思えませんが……」
彼の言葉に、何人かの騎士も賛同したように頷いている。
すでに魔法学校や階級試験といった制度まであるにもかかわらず、魔法を妖術扱いしている者は未だ少なくない。
「愚か者ッ!!!」
バルガスの一喝に、騎士は震え上がる。
「魔法は先人が研究を重ね、体系を築き上げてきた、偉大な学問だ。妖しい術などではない。下らぬ先入観は捨てよ!」
まるでどこかで聞いたような台詞を吐くバルガス。言われた騎士は反論できず、大人しく引き下がった。
騎士団長にこうまで言われては、これ以上不平が出ることはなかった。
ラークがバルガスに礼を言う。
「ありがとうございます。魔法を学問とまでおっしゃって頂いて……」
かつて自分が言ったことそのまんまだというのは気づいてないようだ。
「ふん……騎士にとって先入観というのは命取りになる。例えば弱そうな外見だからといって舐めてかかると返り討ちにあうという具合にな。それを戒めるために言っただけのことよ」
バルガスは照れ臭そうに目を背けた。
***
訓練所で騎士たちの訓練が始まった。体験入団とはいえ、もちろんラークも参加する。
腕を組んだバルガスが大勢の騎士たちに命じる。
「腕立て伏せ100回……始めっ!!!」
さすがは騎士である。皆、機械のように正確なフォームでスピーディに腕立て伏せをこなす。
あっという間に100回を終えてしまった。
ところが――
「は、8回……!」
皆が100回こなす間に、ラークはまだたったの8回目。すでに腕はプルプルしている。
「き、9回……!」
歯を食いしばり、何とかもう一回こなそうとする。
「10回……!」
どうにか10回をクリアした。まだ続けようとするが、バルガスがそれを止めた。
そんなラークを見て、ある騎士が鼻で笑った。
「腕立て伏せ10回がやっとって……俺の彼女の方がまだ回数こなせるぜ」
この心無い言葉に――バルガスは激怒した。
「誰だ、今言ったのはッ!!!」
笑った騎士が特定される。
「貴様か!」
「は、はいっ……!」
バルガスの形相に、笑った騎士はただただ青ざめるのみ。
「ラークを笑ったということは、貴様は腕立て伏せ100回など余裕でこなしたろうな」
「ええ、それはもう」
「だが、貴様はそれで満足したわけだ」
「え……」
「貴様は私に腕立て伏せを100回やれと言われたからやっただけ。大して疲れてもいない。こんな100回になんの価値がある? 言われた課題を機械的にこなしただけにすぎん。訓練のための訓練になっている」
言われた騎士はうつむいてしまう。
「だが、ラークは違う!」
一人だけにではなく、全員に言う。
「ラークは本来、腕立て伏せ8回が限界というところだろう。そこでへばっても仕方ないことだ。だが、ラークは自分の限界を超えて、9回、10回と腕立て伏せをやってのけた。しかもまだ続けようとした。この10回で、ラークは大きく成長したことだろう」
手を振りかざし、拳を握り、言葉に熱がこもる。
「これが訓練なのだ。自分の限界を超えてやろうと挑む……これこそが真の訓練なのだ! これが分からぬ奴に……ラークを笑う資格などないッ!」
皆が黙ってしまった。全員、漫然と腕立て伏せをしている自覚があったのだろう。
「ラークはしばらく休ませる。皆は自主練するように」
この日の自主練は一段と気合の入ったものとなった。
ラークを別室の椅子に座らせると、バルガスは呆れた様子で言った。
「体験入団なのだし、無理しないでよかったものを……」
「体験とはいえ、手は抜きたくなかったので……」
「ふん……貴様のおかげでたるんでいた騎士団を引き締めることができた。そこだけは感謝しよう」
「はい……!」
「では訓練があるのでな。しばらく休んでいろ」
そういって遠ざかるバルガスの大きな背中は、ラークにとって頼もしかった。
***
訓練所にて一対一で向き合うラークとバルガス。
「せっかく入団したのだ。貴様にも少しばかり剣術を教える」
「お願いします!」
「しかし、ロングソードは貴様には重すぎる。この最も軽いショードソードを使うがよい」
短剣を手渡される。ラークにとってはそれでも重かったが、なんとか持つことができた。
「フォームを教えるぞ」
バルガスが丁寧にラークのフォームを整え、振り方まで教える。
「よし、振ってみるがいい」
「はい!」
ラークが素振りを始める。非力なのでスピードはないが、姿勢は崩れておらず、なかなか堂に入っている。
「ほう、なかなかのものだ」
「ホントですか!?」
「ふん……いや大したことはない。素人にしてはなかなかやる、といった程度のものだ」
もちろん、ラークはそれでも嬉しい。
その後もいくつか基本の型を教えてもらい、それなりにラークも剣を振れるようになった。剣に熟練し、長年指導もこなしてきた騎士団長が直々に教えているのだ。短時間でド素人が初心者クラスになれるのは当然ではあった。
「剣はどうだ」
「疲れましたけど……楽しかったです!」
「そうか。それはなによりだ」
「できれば、今後も剣を続けたいですね」
「無茶はするな。貴様は魔法を極めるのだろう」
「はい……」
二兎を追う愚を犯そうとしたことを恥じる。
「だが、教えを乞われたら騎士は断らん。剣を習いたくば、いつでも言うがいい」
「はいっ!」
ここでバルガス、自分が父モードではなく、騎士団長モードになっていたことに気づく。
「だ、だからといって娘との交際は認めんからな!」
と脈絡のない台詞を付け足すのだった。
***
体験入団が何日か過ぎると、ラークは騎士団の中ですっかり打ち解けていた。腕立て伏せ等の件もあり、彼の中にある男気のようなものが騎士たちにも評価されていったのだ。
そうなると、当然――
「ラーク、何か魔法見せてくれよ」
「いいですよ。それっ!」
掌の上に火を浮かべる。
歓声が上がる。
その中には体験入団初日に魔法から学ぶことなどないと言った、魔法嫌いな騎士の姿もあった。
「じゃあ次は風を起こしてくれよ!」
とリクエストが出た瞬間。
「コラァッ!!!」
バルガスによる一喝。
「魔法は見世物ではない。魔力も無限ではないのだ。そんなに見せろ見せろというものではない!」
これまたどこかで聞いたような叱責をする。
騎士たちはもちろん、魔法でショーのようなことをしてしまったラークも謝罪する。
「申し訳ありませんでした、バルガスさん」
「え……」
なんで貴様が謝るの、といった表情をするが、そこはすぐに威厳を取り戻す。
「魔法をもっと理解して欲しいという貴様の気持ちは分かる。が、あまり魔法を安売りするものではないぞ」
「はいっ!」
かつて自分が安売りさせたことは棚に上げ、それらしいことを言うのだった。