第2話 お父さんに認められたい
それからというもの、ラークは週に一回はフィアナの屋敷に通った。
そのたびにバルガスは娘フィアナを押しのける勢いでラークに話しかける。
「また来たのか」
「は、はい!」
「今日もたっぷり貴様の魔法学校の話を聞かせてもらおう。そして説教してやるから覚悟しておくのだな」
「お願いします!」
ある時、こんなことがあった。
「貴様は賢者を目指してるのだったな」
「はい、今年の賢者試験を受けて、なんとか合格してみせます」
賢者試験は年一度行われ、難度はかなり高い。10年以上挑戦しても受からない者も珍しくない。とはいえラークは魔法学校を優秀な成績で卒業しており、合格の目は十分にあった。
「確か……賢者試験の総責任者はヨルバート卿だったな」
「はい、大賢者と呼ばれる……。尊敬しています」
「うむ、私は魔法が嫌いだと言ったが、彼は素晴らしい人間だ」
一拍置くと、
「なんなら私からヨルバート卿に口利きをしてもよいぞ。私が言えば、卿も動いてくれるだろう」
ラークはこれを試されてると解釈した。
ここでホイホイ不正に乗っかるのなら、きっと娘は渡さない……と。
たとえ、そうでなくても、ラークは不正で合格するなどごめんだった。
「お断りします」
「えっ……!」
目を丸くするバルガス。
「僕は自分の力で合格したいんです。バルガスさんの力は借りません」
「えっ、あっ……そ、そうか。すまなかった……」
力になりたかっただけなのに……という感じで落ち込むバルガス。もちろん、ラークはそんなことに気づくこともなく、「お父さんの試練を打ち破ったぞ!」という表情をしている。
フィアナはそんな二人に半ば呆れながら、半ば楽しみながら、オレンジジュースを飲んでいた。
***
休日の昼下がり、バルガスは自宅のリビングでそわそわしていた。窓をチラチラうかがったり、肩をゆすらせたり、落ち着かない。
「どうしたの、お父様?」
フィアナが尋ねる。
「今日……あいつは来ないのか?」
「あいつ?」
「ほら……あいつだ。ラで始まり、クで終わる……小僧だ」
「ラークって言いなさいよ。かえって長くなってるじゃない」
「ふん、あんな奴の名前など呼びたくもないわ!」
フィアナはため息をついてから、
「今日は来ないと思うよ」
「な、なぜ!?」
「今日は勉強に専念したいんだって」
「なんだと……!?」
愕然とするバルガス。
フィアナは本日二度目のため息をつく。
「ねえお父様。いい加減ラークのこと認めてあげてよ。っていうかとっくに認めてると思うけど」
「何を言うか! 私はあんな奴のことなどこれっぽっちも認めておらん!」
怒ってリビングから出て行ってしまう。
フィアナは肩をすくめる。
「男心って分かんない……」
そして次の週、ラークが訪ねてくると、猛ダッシュで駆け寄り、
「貴様、今日はたっぷり説教してやるから覚悟しておけ!」
と言い放ち、ラークを戸惑わせるのだった。
***
休日、フィアナが出かけようとする。バルガスが尋ねる。
「どこへ行く、フィアナ」
「どこでもいいでしょ」
「よくない! 親には行き先をちゃんと報告しろ!」
「分かったわよ……ラークの家よ」
ショックを受けるバルガス。
「なぜ奴が来ないのだ。また勉強しているのか?」
「彼、風邪でダウンしちゃって」
「風邪!?」
「だから看病してあげようかな……って」
照れながら言う。恋人気分を満喫している。
「あの小僧の! あの小僧の家はどこだァ!?」
凄まじい剣幕で迫られ、フィアナは住所を教えてしまう。
そして、馬にまたがってすっ飛んでいった。
「なんなの……」
「うふふ、あなたが子供の頃風邪をひいた時を思い出すわね。大急ぎでお医者さんのところに行ったもの」
穏やかに笑う母セレナ。
「笑いごとじゃないって……」
***
ラークの家は、王国首都の郊外にあった。小屋と評してもいい外観で、フィアナの暮らす屋敷とは比べ物にならないほど小さい。彼の出身は地方であり、今は一人暮らしであった。
ベッドから体を起こし、体をほぐすラーク。ずっと寝ていたので、自慢の赤髪もぼさぼさになっている。
「薬のおかげでだいぶよくなってきたな。だけど今日は一日大人しくしてよう……」
外が騒がしくなる。
「なんだろ? もしかしてフィアナさんが来てくれたのかな?」
しかし、どうも様子がおかしい。馬の足音だ。フィアナが来るとしたら徒歩で来るはず。馬はラークの家の前で荒々しく止まると、一人の客がやってきた。
「失礼する!」
来たのはフィアナではなくフィアナの父だった。
「大丈夫か!?」
「お父さん!?」
「誰がお父さんだ。まぁいい今日は特別に許す」
「どうしてここへ?」
「娘から貴様が風邪をひいたと聞いてな」
思わぬ言葉に驚いてから、ラークは笑顔を見せる。
「わざわざ来て下さってありがとうございます。こんな格好ですみません」
「ふん、気にするな。貴様の苦しむ姿を拝みに来ただけのことよ」
そうであったとしてもラークは嬉しかった。
「ところで少し痩せたのではないか。飯はどうしている」
「あまり食べられてませんね……」
「私もリゾットぐらいなら作れる。今すぐ作ってやろう」
「え、バルガスさんが!?」
「私も騎士団長を務める身、野営はお手の物だ。料理ぐらいできる」
「でも……悪いですよ」
「自分の体調が優れない時は素直に甘えるというのも礼儀というものだぞ」
「はい……じゃあお願いします!」
バルガスはラーク宅のキッチンを借りると、ありあわせの材料で、手際よくリゾットを作り上げた。器に盛りつけ、刻んだパセリをちょこんと乗せて出来上がり。
スプーンを添えて運んでくる。
「ほら、食べろ」
「いただきます」
はふはふ言いながら熱々のリゾットを食べるラーク。
「どうだ?」
「おいひいです」
「そうか、よかった」
と言ったのも束の間。
「ふん……この程度のリゾットに喜ぶとは……まだまだ娘を渡すわけにはいかんな。で、おかわりはいるか?」
「欲しいです」
はりきっておかわりを持って来るのだった。
まもなくフィアナも到着する。
「あっ、フィアナさん!」
「ラーク! 風邪はどう?」
「うん、もう大丈夫。バルガスさんがリゾットを作ってくれて……」
リゾットの入った鍋を持ったエプロン姿の父を見て、フィアナは思わず乾いた笑いを漏らした。
「ハハ……私の出番はないみたいね」
***
すっかり風邪から回復したラークがフィアナの屋敷にやってきた。
「この度はご心配をおかけしまして……」
「よかったわね、ラーク!」
「ふん、こじらせればよかったのだ」
相変わらずのバルガス。
「先日は主人がラーク君の家に向かったそうで、ご迷惑じゃなかったかしら?」
セレナが問うと、ラークは首を振る。
「迷惑だなんて! お父さんにはおいしいリゾットを作ってもらいましたから! フィアナさんにはデザートを……」
「だ、誰がお父さんだ! 半年早いわ!」
「す、すみません!」
失言に平謝りするラーク。半年でいいんだ、と呆れるフィアナ。
すると、セレナは真顔になり――
「あなたが私のために料理をしてくれたことなんてありましたっけね」
「え……!?」
ドキッとするバルガス。
「あなたが作ったリゾット、私も食べてみたいわ」
「何を言うか。誇り高き騎士団長が妻のために料理など……」
「近頃は年を取ってから離婚する夫婦も増えてるんですってね」
「わ、分かった。作る、作るから……」
誰もが畏れる騎士団長だが、妻にはめっぽう弱いバルガス。いそいそとキッチンに歩いて行く。
この日、三人には騎士団長お手製のリゾットが振舞われるのだった。