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第1話 お父さんにご挨拶

「ううう……緊張するなぁ」


 魔法使いの青年ラークは青ざめた表情だった。

 隣にいる令嬢フィアナが快活な笑みを浮かべ、励ます。


「大丈夫だってば。さ、行きましょ」


 二人がいるのはフィアナが住む屋敷の前だった。



 ラークとフィアナのなれそめは、町で野良犬に吠えられているフィアナを、ラークが魔法で助けるというものだった。

 それ以来、二人は親しくなり、よくデートをするようになったのだが、フィアナはれっきとした名家の令嬢である。これ以上深い仲になるのなら、両親に挨拶するのが当然であった。

 フィアナの父は王国騎士団長であり、伯爵の爵位を持つ。そんな大物が自分を認めてくれるのか、ラークは不安でたまらなかった。



***



 屋敷のリビングにて、ラークたちとフィアナの両親がテーブルを挟んで向かい合う。

 フィアナの母セレナは穏やかな顔をしているのだが、父であり騎士団長のバルガスは険しい顔をしている。大柄で逞しい髭を生やしたこの男は、娘が連れてきた男をまるで歓迎していない。


「初めまして……」


「ふん」


 ラークが挨拶しても、バルガスはそっぽを向いてしまう。


「あなた」

「お父様!」


 妻と娘からたしなめられても、態度を改めようとはしない。気まずい空気が流れる。

 空気を変えるため、フィアナが切り出す。


「お父様、彼は魔法を使えるのよ」


「ほう……魔法か」


 少し食いついたことを期待して、ラークが身を乗り出す。

 燃えるような赤髪を持ち、ワインレッドのローブに身を包んだ青年が、気弱そうな顔で一生懸命語る。


「2年前に魔法学校を卒業しまして、今は賢者を目指して勉強中です。将来は絶対すごい魔法使いに……」


「私は魔法が嫌いなんだ」


 バルガスは遮断するように言った。


「魔法……私はよく知らんがね。魔力などといったよく分からんものに頼った妖しい術だと理解している。魔法など下らん。そんな輩と娘の交際を認めるわけにはいかんな」


 魔法を酷評し、しかも交際まで認めない。場は凍り付いてしまう。

 だが、ラークは振り絞るように言った。


「魔法は……下らなくなんかありません」


「……なんだと?」


「魔力はどんな人間にも宿っていると既に実証されています。それに魔法は先人が研究を重ね、体系を築き上げてきた、偉大な学問です。決して下らなくなんかありません」


 威厳ある父に反論してみせたラークに、フィアナは感心したような顔になる。


「生意気な……ならば魔法とやらを見せてみろ。私を驚かせることができれば、考えも変わるかもしれんぞ」


「分かりました」


 ラークは緊張しつつ、掌に炎を浮かべてみせた。


 感心するフィアナ、驚く母セレナ。


「おおおっ!?」


 大声を出すバルガス。が、すぐに咳払いする。


「いかがでしたか……?」


 ラークは自信なさげに、バルガスを見た。


「……下らんな」


「ううっ……!」


 バルガスの心を動かすことはできなかった、とガックリするラーク。

 でかい声出してたじゃん、と父をジロリと睨むフィアナ。


「他に……できることはないのか」


「え」


「例えば、氷とかは出せないのか」


「出せますっ!」


 思いがけずやってきたセカンドチャンスに、ラークは張り切って魔法を唱える。テーブルの上に小さな氷の塊をいくつか出してみせた。


「ほぉ~……」


 と声を上げつつ、すぐ表情を戻すバルガス。


「これ……食べられるのか?」


「え?」


「食べられるのかと聞いておる」


「大丈夫だと思いますけど……」


 氷をひとつかみすると、バルガスはそれを口に放り込んだ。ガリガリと嚙み砕いて飲み込む。

 「なんで食べるの……?」といった表情のフィアナ。


「いかがでしたか?」


「……下らんな。魔法など下らぬ」


 またダメだった。ラークは落ち込んでしまう。


「……で、他にできることはないのか?」


「あ、ありますっ!」


「やってみせろ」


「はいっ!」


 ラークは空中に軽く放電してみせた。バチバチと火花が舞う。


「うむむむむ……!」


 バルガスは唸るが、すぐに顔を引き締める。


「下らぬ……。まるで驚くに値しない」


 シュンとするラーク。

 娘は冷たい目で父を見ている。


「他にできることは……」とバルガスが言いかけた瞬間。


「いい加減にしてよ、お父様!」


「えっ!」


「魔法は見世物じゃないんだからね。魔力も無限にあるわけじゃないし、そんな見せろ見せろ言わないの!」


「す、すまん……」


 娘に叱られシュンとする父。男二人がシュンとなってしまった。

 気まずい沈黙。セレナだけがニコニコしている。

 すると、バルガスからラークに話しかけてきた。


「貴様は酒は飲めるのか?」


「飲めます!」


 魔法がダメだったからお酒で挽回だ、とばかりに即答するラーク。母セレナが立ち上がると、


「じゃあ、ワインでも持ってきましょうか」


「“ヴェロッカ”を持ってこい」


 これには母と娘が驚いてしまう。

 ヴェロッカは王国でも最高級の酒に格付けされる一品。ボトル一本で家が買えてしまうという代物だ。バルガスもよほどの相手でなければ、振舞ったりはしない。


「いいの、お父様? めったなことじゃ出さないお酒じゃない!」


「かまわん」


 ラークの顔に明るさが戻る。そんなお酒を出してくれるということは、自分は認められたのかと思ったのだ。

 だが――


「別に貴様を認めたわけではない。娘との交際を認められぬ貴様を憐れんで、出してやるだけのことだ」


 ラークの希望は打ち砕かれた。

 認めないならそもそも酒出さないでよ……と言いかけたが、やめるフィアナ。


 まもなくセレナがヴェロッカを持ってきた。

 グラスに入れられ、琥珀色の液体が美しく光る。


「飲むがいい。本来なら貴様では一生口にできぬような酒だ」


「いただきます」


 ラークが一口飲む。

 バルガスが緊張の面持ちで尋ねる。


「ど、どうだ?」


「おいしいですっ! こんなおいしいお酒は初めてです!」


 バルガスが安堵したのを、ラークは余裕で見逃したが、フィアナは見逃さなかった。


「そうか、どんどん飲みなさい」


「いただきます」


 一生飲めないはずの酒を、ビールぐらいの気軽さでどんどん勧める。


「お父様、高いお酒だけどいいの?」


「ふん……私は憐れみに金を惜しまぬのだ」


 バルガスに認められなかったのは寂しいが、酒は美味しいので笑顔になるラーク。


「さてと、貴様は魔法学校に通っていたのだったな」


「はい、6年間通ってました」


「魔法など下らん。が、魔法は今後軍事面でますます幅を利かせるだろう。騎士団長として話ぐらいは聞かねばならん。どういうことを学んできたか話してみろ」


「分かりました!」


 ラークは自分が学校に入学してからのことを話した。

 何を学んだか、どういうカリキュラムがあったか、どんな人と出会ったか……。

 バルガスは、


「やはり魔法学校など下らんな……それで?」

「魔法の授業など聞くに値しない。で、質問したいのだが……」

「貴様の話はつまらんな。それはそれとしてもっと聞かせろ」


 といった具合だった。あまりにも質問は多かったが、少しでもバルガスに認められたいラークも丁寧に応じた。


 途中、ラークが学校で一時期いじめられてたことを明かすと、


「そいつの名前と住所を教えろ! 騎士団をあげて討伐する!」


 と憤慨する場面もあったが、フィアナが慌てて食い止めた。


「あなた。ラーク君も疲れたでしょうし、今日はこれぐらいで」


「うむ……そうだな」


 結局交際を認める云々の話はうやむやになってしまった。

 帰ろうとするラークにバルガスは、


「また来るがいい」


 と声をかけた。


「いいんですか!?」


「貴様のような若造はたっぷり説教せねばならんからな」


「はいっ!」


 ラークは恋人の父親に認めてもらえなかったのは残念だったが、また来いと言ってもらえたのは嬉しかった。


 見送るフィアナと二人きりになり、こう宣言する。


「今日はお父さんに全然認めてもらえなかったけど……」


「そうかな」


「険しい道のりだけど……いつかお父さんに認められるよう、僕頑張るよ!」


「うん、頑張ってね!」


 フィアナは何か言いたげだったが、せっかくの決意表明に水を差すこともないと、「頑張ってね」と言うだけにとどめた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] セレナ様とフィアナさんは何かに気付いているようですね。 魔法で出来た氷を食べてしまって、なんだかバルガス様が可愛く見えてしまいました。 [気になる点] 凄いと思っているのに、素直にそう言え…
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