断崖の別荘
パソコン通信NIFTYの「推理小説フォーラム」内で企画された、「1000字以内のお題話」に投稿した作品です。
お題は「飛ぶ」
外で猛犬が吠えていた。館の主人を殺害した以上、一刻も早くこの場を離れ去らなければいけないのだが、侵入者よけのスプレーを浴びてしまったからには、香りを消し去らない限り番犬から逃れることは不可能であった。もっともすべては予定の内である。特殊なスプレーを用意していることは地元の警察も含めて知らされてある。自己防衛の手段として報道もされていたから逆に計画も立てやすかったわけだ。館の主人を殺そうと思う者はいくらもいた。殺害さえしてしまえば、犯人を見つけることは事実上不可能である。脱出さえできれば。
俺は窓を開けた。満月が光っていた。窓からの脱出は不可能のように思われた。遥か下を川が流れている。常人ならば窓から川に飛び込むことなど無謀に思えるだろう。たとえスカイダイビングや高飛び込みをやっていた者であっても尻込みをする状況である。しかし、今日は事情が違った。前日の台風で川はいつもの水量をはるかに越えていた。ましてや俺は高飛び込みで優勝をしたこともある。恐れなどはなかった。
替えの衣服はすでに下流の岸に停めてある車の中に用意してある。俺は水着一枚になり、着ていた衣服をすべて焼却した。暖炉の火はいやがおうにも俺の心を燃えさせた。
指紋が残らないように気をつけ、俺は窓枠に立った。俺は鳥になるのだ。
かけ声一閃、俺の体は宙にまった。月に向かって飛ぶ。なんと華麗なんだろうか。見る見るうちに水面に近づいていく。狙いはぴったり。はずすことなく川の中央に向かっていった。満点が狙えるかな。俺は笑みを浮かべた。
「しかし、どうしてこんな川で泳ごうとしたのでしょうね?」
「まったくだ、上流の車の中に衣服が見つかったそうだが。身元は確認できたかな?」
「一応照会はしていますが、ずっと上の方の別荘で人が殺されたそうで、そちらの事件で今たいへんだそうです」
「死体が二つか。しかしなあ、台風で流された大岩にぶつかるなんて不運な男だな、こいつは」
完