41話 約束
「大丈夫、天人ちゃん?」
今の時間が分からない。でも太陽が昇っている。つまりこれは朝なのか。
「うううう……」
天人はまだぐったりしたダルさがあるものの、目を開いた。そこはパップパブンの奥にある天人とアルトが寝泊まりしている部屋だった(正確にはテント内のいくつかに区切られてできたスペースの一つ)。
そこにある二段ベッドの下の段で天人は目を覚ました。
目の前にはデルタールがいる。
「あっ、デルタールさん。なんでここに……っていうか、昨日僕は……」
天人には昨日どうやってパップパブンまで帰ったのか記憶がなかった。血だらけで意識を失ったアルトのそばで自分もポカポカとした感じで……眠くなった。
「アルトちゃんは、無事よ。上で寝てるわ、それよりもあなたたち二人にちゃんと話さないといけないわ、アマネさんのことについて」
デルタールは震える声で言った。その声から不安を覚えていることは確かだ。明らかにアマネのことで怯えている。
「分かりました。それならすぐに行きます。アルトも起こして」
まだ血が一気に抜けた感触が残っていたがそんなデルタールを目にして、うかうかと寝ていられない。天人はまだいびきをかいているアルトにぬるま湯をかけ、店内へと向かった。
ーーーーー
数分後、結局叩き起こされたアルトと天人は店内の椅子に腰を下ろした。
そこにグラスに飲み物を入れたデルタールが現れ、それらをテーブルに置き、二人の前の椅子に座る。
「ほら、ミツネコドリンクよ。元気を出して」
化粧も施されてない顔になけなしのスマイルを乗っけながらデルタールが言った。
「ありがとう、アマネさん」
「なんだよ、この飲み物」
天人とは裏腹にアルトはその飲み物に若干アレルギー反応を起こした。
ミツネコドリンク、それは生きたミツネコを十匹ほどグラスの水に入れて完成のお手軽ドリンクだ。
味を濃くしたければストローの先でミツネコを潰し、味を出す。
グラスの中のミツネコはストローで吸って飲む。
(三カ月前の巨大ミツネコがトラウマでこんなの飲めるかよ)
アルトはそのドリンクには口をつけずに、膝をぎゅっと握った。こんなことよりも重要な話がある、その話は自分から始めなければならない。
「デルタール、アマネは連れていかれたのか、俺たちを庇ったせいで……」
「ええ、連れていかれたわ。私が駆けつけたときには既にいなかった。というよりも、実際に連れていかれるのを見たのはあなたたちじゃないの?」
決して責めているわけではない。しかし小刻みに口元が震動してるせいでデルタールの口調は天人とアルトを咎めてるように取れた。
それに天人が反応し、申し訳なさそうに口を開く。
「ごめん、デルタールさん。僕がーー」
「悪いっ、俺のせいだっっ!!」
天人が言おうとしたことをアルトが代弁する。
天人とデルタールはいつになく大声を出すアルトにギョッとした。
でもそんなことなどなりふり構わずアルトは続ける。
「俺がっ、戦おうと言い出したんだっ。三カ月鍛えた俺なら勝てると思って!! でも俺がそんな勝手な手段を選んだからアマネはっっ!!」
「それは違うよっ!!」
今度は天人がアルトの言葉に言葉を重ねる。
「僕がっっ、まだ弱かったんだ。あのリアナって子に全く対抗できなかった。相手はほとんどダリュウズ・アイの力に頼っていなかったのに。僕を庇ったからアマネさんはっーー」
「二人とももうやめなさいっっ!!」
天人とアルトの自責がエスカレートしそうになるところでデルタールはそれを止めた。
もうその声は震えていない。二人が弱音を吐くのを見て興ざめしたようだ。
「アマネさんはそうやって自分を責めて欲しくて助けたんじゃないっ。それは弟子のあなたたちが一番分かってるでしょ!?」
デルタールが必死に二人を鼓舞する。
天人とアルトはその励ましに幾らかの落ち着きを取り戻したようだ。
そこにデルタールはなんとかこの場を和ませるとはいかなくても、和のある方向に持っていこうとアマネの安否についての見解を述べた。
「私の見立てでは、アマネさんは多分……いや絶対に殺されてないわ」
「……なんでそんなこと言い切れるんだよ」
根拠のない慰めではないのかとアルトがそれに食いつく。
たしかにアマネは殺されずに連れ去られた、天人のことを考えればむしろ、投獄されている可能性が高い。
それにアマネがカリスとなんらかの因縁があることも手伝えば、簡単に殺されるわけがないとも思える。
でも手放しにそうとは言えない。その因縁が黒か白か、そこの真相が分からなければ安心などできない。
「リアナちゃん……」
デルタールがポッと口からその単語を漏らす。
天人がいち早くそれに反応した。
「リアナ……あの子が関係してるの?」
天人はリアナとアマネの束の間のやりとりを思い出した。
寄り添おうとするアマネをはね返すリアナ。ぼんやりとだが映像が脳裏をかすめる。
「そうよ。その子がいるなら多分アマネさんは殺されない」
デルタールが天人の言葉を肯定する。
そして話し出す。
アマネの、リアナの過去を。
天人とアルトは息を静めて、それに聞き入った。
○
「久しぶりだな、アマネ。まさかこんな形でまた会うことになるとは」
「あんた……カリス!!」
その頃、アマネも眠りから目を覚ました。三カ月前に天人が投獄された牢屋の中で。
それを待っていたかのように鉄格子越しに声が響いてくる。
その声の主はカリスだった。隣にはリアナも控えている。
「アマネ、まさかお前から処刑される口実を作ってくるとはな。それにしても……」
カリスは柵の中のアマネに顔を近づける。
手足こそ縛られていないものの、まだ石化が解けてそう時間が経っていないのかアマネは体が思うように動かなかった。
「わざわざ出向いて何の用だい?」
アマネが弱っているのを悟られまいと虚勢をはる。
「お前、あのガキどもを鍛えただろ? 少なくともキュラを超えるほどに……」
「…………!!」
図星だった。アマネは口をつむる。
だが返事など求めていなかったのだろう。
カリスは黙るアマネに激しく言葉を浴びせる。
「お前がまさかこんな裏切りをするとはなっ!
なぜ俺がお前を生かしてやってたのかも知らずにっ!!」
それでもアマネは黙っていた。
アマネは知っていた、こんなことになる前に自分はとっくにカリスに殺されていても仕方なかったのだと。
「……この子を取り返すためか?」
カリスはリアナに目を向けて言った。
その途端にアマネの抑えていたものが暴発した。
「そうだよっ!! あの子二人ならあんたを討つかも知れないっ!! リアナ……あたしの娘が戻ってくるかもしれないっ!! そう思ったんだよっっ!!」
そう言い終わった拍子、アマネはハッと口を塞いだ。
今言ったこと全てが本当じゃない。
でもほぼ真実。アマネは天人とアルトが統術師として確かな才覚があると見定めたとき、天人が神王眼の持ち手であると知ったときに思ってしまった。
この子たちなら自分の望みをかけれるのではないかと。
アマネはそんな淡い願いを二人に抱いていた。
二人を強くしようと思った動機の九十九パーセントは厚意から、一パーセントは私欲からだったのだ。
しかしここに来てその一パーセントが肥大化する。
更にカリスはアマネの口から出た言葉をそのまま受け取ってしまった。
「やはり……そうか!」
カリスはそのまま何も言わずにその場から離れた。
隣にいたリアナも後に続く。
(リアナッ!!)
そう口にしかけ、アマネはそれを飲み込んだ。どうせ今叫んでも届かない。リアナの気持ちは遠いところに行ってしまっている。
あの日からずっと。
アマネは目を閉じて、昔のことを思い出した。
今から十一年前、アマネがワイアラ王国の統術師として、突如国に侵攻してきたカリス軍と戦った日のことを。
リアナをパップパブンに迎え入れた日のことを。
*ー*ー*ー*ー*
十一年前、アマネは迫りくる敵軍に対し、ワイアラ王国の統術師として戦っていた。
だが形成は一気にワイアラ王国軍の劣勢に傾き始めていた。
「アマネ、もう無理だわ。この国は落ちる」
「何言ってんだいっ!? まだあたしの命は尽きてないよっ! まだ反撃の手立てがーー!!」
そこは兵士の死体が石クズのように転がっている戦場。
その中でアマネは一人の戦友である女性兵と言い争っていた。
「そんなこと言ったってアマネッ! あなたはもうダリュウズ・アイを敵に奪われたじゃないっ!!」
「そんなこと関係ないさっ!! 眼を奪われたからさっさと退散? そんなことあたしのプライドが許さないよっ」
女性兵はアマネにこの場から離脱することを提案していた。
この戦争はワイアラ王国を支配しようと現れた敵兵たちとの戦い。だが戦場はあくまでもワイアラ王国国外の平地であり、国内に逃げれば一般市民として戦っていた兵士だとしても逃げおおせることが可能だ。
ワイアラ王国の統術師として名が知れ渡っているアマネであってもそれは例外ではない。
だがアマネは一向に戦線離脱の意志を見せなかった。
「……分かったわ」
女性兵はアマネの肩に手を回した。
「ちょっ、何をするんだいっ! ……あっ」
アマネは首すじに鋭い衝撃を受け、意識を喪失した。
「ちょっと……まっ」
その場から去る戦友である女性兵アルナの姿、これがアマネがこの戦争で見た最後の景色だった。
アマネはその翌朝、国内にある実家で目を覚ます。
そのときには全てが終わっていた。
カリスと名乗る男がワイアラ王国の王を名乗り、国を統治し始める。
それまで行われてきた政策が百八十度変わり、人々の心は荒れ果てていった。
ーーーーー
"親愛なるアマネへ
あなたはここで死ぬべき人ではありません。
あなたは私と違い、月眼を持つ戦士です。
いつかあなたがワイアラ王国を取り戻すと信じています。
どうか、私が託した命を無駄にしないでください。
あなたの親友アルナより"
これはアマネが彼女のために死んだ女性兵アルナから受け取った手紙だ。
正確に言うと、アマネが家で目を覚ましたときに胸ポケットに入っていた手紙。
(アルナ、あんた最初から……!)
アマネは初めてこれを見たときこらえられない涙で顔を濡らした。自分はあの場で死のうとしていた。
だがアルナは先を見ていた。ワイアラ王国が朽ちた先にある希望を見ていた。
そのことに気づけばこんな手紙を彼女から貰うこともなかった。自分の頑固さが親友を殺したのだとアマネは後悔した。
(アルナ、これがせめてものあんたへの恩返しだよ。きっと二人はあたしが守る)
戦争が終了して一週間後、アマネはその手紙を握りしめ、とあるテントの前に立っていた。
アマネは敵に顔割れしていなかったためにこうやって外出することが可能だった。
死んでいたと思われていたのかもしれない。
アマネがドアを叩くと、中から二人の幼い少女が出てきた。
「あっ、お母さっ……アマネさん?」
それはアルナの実の娘二人、姉のアナと妹のリアナだった。
パアッと顔を明るくし、出てきたアナの後ろで人見知りのリアナは警戒するようにアマネのことを見ている。
「アナちゃん、今日はーー、アナちゃん?」
アマネが話し出すよりも前にアナは涙を流し、泣きぐしゃり始めた。
戦争が終わって一週間、母の代わりにその親友であるアマネが家を訪れた。
アナはこれで母アルナの死を悟った。
「お姉ちゃん?」
なぜ姉が泣いているのか理解できないリアナはただその姉の背中をこすり、涙の理由を問う。
アナはこのとき八歳、リアナはまだ四歳。
アルナの死を受け入れるには二人は幼すぎた。
(この子たち、まだこんなにも幼いじゃないか。アルナはこんな子たちを残してまで……)
アマネはまた痛みだした胸をさすりながらアナとリアナをアマネの自宅まで連れ帰った。
「ここがあんたたちがこれから暮らす場所だよ」
その家に二人を入れ、アマネができるだけ明るく叫ぶ。
その家の中は数日前まで居間として使っていたスペースを改造され、カフェのような風貌になっていた。
「あんたたち、これからあたしはここで喫茶店を開く!
そしてあんたたちはここで住み込みで働いてもらうよっ!
なぁ〜にっ、あたしのことは母親だと思いな!!」
アマネは遠慮がちに立ち尽くすリアナとアナにそう言った。
ここでこの二人を実の娘として育てる、それがアマネのアルナに対する償いだった。
「はい、宜しくお願いしますっ」
「おっ……なんだ元気がいいね、アナちゃん」
さっき母の死を突きつけられ、泣き崩れていたアナが思いがけずはっきりした声で返事したことにアマネは少し戸惑った。
だがリアナはその隣でうつむき、ぐずっていた。
「……いやだ、お母さんがっ、お母さんはどこ!」
母の死を知ったリアナが泣き出し始める。
そのリアナをアナはすかさず抱き寄せた。
むせび泣きするリアナの背中をポンと叩き続ける。
「大丈夫だよリアナ。これから私たちはここで暮らすの。
何も心配しなくていいの、あなたの家族はまだいる。
私だけはまだリアナの家族でいられる。
だから泣かないで」
そうやって自分は涙をこらえ、アナはリアナを元気付け続ける。
(そうかい、アナ。あんたはお姉ちゃんだもんね。
あんたが泣いちゃったら妹が泣きつく相手がいないもんね)
アマネはアナが決して母の死に動揺していないわけではないとわかった。それ以前に妹のことを心配している。
リアナが抱きつける背中になろうとしている。
でも、だとしたらアナは誰に抱きつけばいいのだろうか?
(アナ、あんただけに辛い思いはさせないよ。あたしがあんたが身を任せられる母親に、きっとなるから)
アマネは幼い二人を前に、そう誓った。
こうしてアマネとアナ、リアナの三人の生活が始まった。




