39話 タウンPD
「……あれ? 僕は……?」
天人は遠のいていた意識がやっと戻った。
体感では何日も寝ていたような感じ。
でも天人が寝ていたのはたった数時間のようだった。
その天人の耳にアルトの声が響いた。
「よう、惰眠むさぼってさぞ気分がいいだろうな」
「えっ?」
そのとき天人は初めて自分が揺れるワゴンの上に乗っかっていることが分かった。
そしてその荷台が山積みされているワゴンを下でアルトとデルタールが頭から垂れ落ちる汗にまみれながら手押ししている。
「ほんとあんたのせいよ、天人ちゃんっ!
寝ていた私まで叩き起こされたんだから」
デルタールは化粧をする猶予さえ与えられなかったのか、いつも半分は覆い隠せているサル顔がオープン状態だ。
それでも天人はなぜ自分がこんな状況に置かれているのかわからなかった。
「天人、お前が倒れた後、急遽アマネが外出しようって言い出したんだよ」
アルトが不快げな顔で言う。
「外出……でもどこへ?」
天人はアマネがその場にいないことにも疑念を抱きながら尋ねる。
「俺たちが行くなって言われてたところだよっ。
ってか早くお前降りて手伝えよっ!」
「わっ、わあああああっっ」
よっぽど長い間ワゴンを押していたのか、アルトは青息吐息に天人を荷台から引き摺り下ろした。
そして天人は下に降りて分かった。
積まれた荷台が多すぎて前が見えない。
こんなのをこのカラカラの日光を浴びながら押していたら心も病むはずだ。
「あとどれくらいの距離運ばないといけないの、このワゴン……」
「「…………」」
こうして三人は象でも乗っているのかというくらい重いワゴンをおよそ一時間ほど押し続けた。
ーーーーー
「アマネさん、また入るんですか? ほんとにもう焼け石に水だというのに……」
「うるさいねぇ。それにしても入るのになんでいちいちチェックがいるんだい?」
「はあ、こちらから入るのに金はかかりませんがあちらからだとかかりますから。
あなたが無駄金はたくことになりますよっ?」
「ふん、あんたもすっかりカリスの犬かっ」
「そっそれは違うっ! 僕だって好きでこんなことしてるんじゃないですっ、アマネさん! 家族を守るには仕事が必要ですから……!!」
アマネは有刺鉄線が張り巡らされている柵の前に立つ兵士と交渉をしていた。
その柵は横並べに端の端まで続いている。
「あ〜、アマネさんだぁ〜」
そこに天人の弱々しい声が聞こえてくる。
天人たち三人がワゴンをやっとこさのことでアマネの元へと運んできたのだ。
「アマネさん、またあんな大荷物を……。
タウンPDに入れ込みすぎですよっ」
「いいじゃないかい、全く。それにあんたらにしてあげられないことをあたしがしてあげてるんだろう」
「……わかりました、そこまで言うなら好きにしてください。カリスについた負け犬の僕には理解できない事象でしたね。
タウンPDへの入構許しましょう」
その兵が柵にあるドアを開けた。
そのドアから天人たちがそのワゴンを運び入れる。
「ご苦労だったね、あんたら」
そこでアマネは三人にワゴンを止めるよう指示した。
天人はその背中に呼びかける。
「アマネさん、ここがタウンPDなんですか?」
「ああ、そうだ。ここがタウンPDだよ、国から完全に見放された無法地帯」
そう言われ、天人は四辺に目をくれた。
初めて来たタウンPD。
それは話に聞いていた通りの光景だった。
まずテントというものがなく、お寒い木板や腐ったビニールから成る家と呼んでもいいのか微妙な住居が立ち並ぶ。
そして天人が今立っている場所を含め道という道々にゴミが散らかっている。
酷いものだと住居よりも高い高さまで積み上げられた汚物の山もあった。
(おまけに臭いな、ここ。ゴミの処理も全然されてないな。もしかすると、ゴミに見えるものがゴミじゃなかったりするのかも)
天人は足元に落ちていた一枚のしわがれたナプキンを拾いあげた。
そのナプキンは幾度も汚れを拭き取るのに使われたのであろう、真っ黒に染まっていた。
本来の食事の際の汚れを落とすという用途以外でも使われていたのかもしれない。
なんだかアンモニアの香りもする。
「おお、アマネさん。今日もよくおいでになってくださった」
そこに腰が百八十度近く曲がりハリガネムシみたいに極細な体をした爺さんが自分の腕よりも太い杖をつきながら、アマネの元にひょこひょこと歩いてきた。
華奢すぎる顔の面積に全ての顔パーツがしわ寄せになっているせいで分かりにくいがその顔からは笑みがこぼれている。
彼はワゴンの中の物を覗き込むとありがたそうにそれらを拝んだ。
「いいんだよ、これはあたしが好きでやってることだからね。
それに……使命だとも思ってる」
アマネが最後に微妙な顔をしたことにその爺さんは気づかなかったようだ。
棒切れみたいな体からタウンPDに聞こえるような大声を出した。
「みんなっ! アマネさんからまた進物を賜ったぞぃっ!!」
その声に釣られ、タウンPD中から人々が集まってきた。
彼らはワゴンの中に大量に積まれた金銭、編み物、食品を次々と取り出し平等に分け始める。
(……あれっ?)
天人はその分けられる品物にひっかかりを覚えた。
そしてアマネの耳元で小声で囁く。
「アマネさん、あの品物って……」
「そうだよ、言うまでもなくあれらはパップパブンの売上金とあんたらに縫ってもらった編み物だよ。
気を遣わせるからあえて言ってないだけさ、連中は流石に知ってるだろうけどね」
なるほどぅと呟く天人をよそ目にアマネは未だ心が満たされないような顔をしていた。
(本当はタウンPDなんてものは今頃存在しないはずだった。
先代国王が貧民街の人々を救済する政策を進めていたからね。
でもカリスが現れてこの国を支配してから全てはオジャンになった。
タウンPDに対して行われていた救済措置も全て打ち切られ、毎日多くの餓死者が出ている。
かつて国の統術師として戦ってた今の自分が情けない。
今のあたしにはこうやってささやかな金銭を恵んでやることでしかこの人たちを救えないんだ)
アマネはかつてこの国の王のもとで戦っていた。
当然ワイアラ王国を乗っ取ろうとしたカリスとの戦いにも参戦しており、他の統術師たちが戦いの中で死んでいった中でアマネは唯一生き残ったのだ。
だがそれが皮肉にもアマネに大きな苦しみを背負わせることになった。
全ての地位をカリスに剥奪されたアマネ。
喫茶店を切り盛り、薄情な金持ちからお金を貰うアマネ。
タウンPDの子どもが市場でいびられていてもどうすることもできないアマネ。
嫌いな自分が溜まっていく日々はまさにアマネにとって生き地獄だったのだ。
「ねぇ天人、アルト。あたしがなんであんたらをここに連れてきたか分かるかい?」
アマネはぽつっとそんなことを天人とアルトに聞いた。
そしてアルトはそれに噛みつくように返す。
「そういえばそうだな。なんで俺たちを急にここに連れてくる気になったんだよおばさんっ?
今まで来るな来るなって言ってたくせに」
「……全く質問に答える気がないようだね、アルト。
それにあんた三カ月経っても師匠をおばさん扱いかい。
もういい、天人っ、あんたは分かるかいっ」
今度は天人だけにそれが投げかけられる。
アルトと違い、天人はここに連れてこられたタイミングからしてすぐに答えが出た。
「僕が気絶したから?」
「……まあ、的外れと言っちゃ的外れとはいえないし、正確だね。
あんたらをここに連れてきたのは今こそあんたらがここに来れる、いや来るべきだと思ったからだよ。
見てみな、あの子どもたちを」
アマネが貰ったパンを口にして笑顔で笑い合う三人の幼い子どもたちを指差した。
その子どもたちはパップパブンの店先でよく溜まっていた子どもたちとは全く違う光を放っていた。
その心には邪と欲も存在していない、それがただひたすらに目の前にある食物を姿勢から分かる。
今目の前にある小さすぎる幸福に想いを馳せている。
その光景は微笑ましく見えて、虚しく見えた。
「あの子たちは普段、タウンPDから出てゴミを漁ったり、時には命がけで盗みをしたりして自分の、何より家族の飢えを凌いでるんだよ。
それも親から強制されてるわけでなく自分の意志で!
あの子たちはまだ五歳にもなっていない。
あんたらに同じことがあの年齢でできるかい?」
「……僕は……」
「多分……俺にはできないな」
天人とアルトは途端に黙り込んだ。
あまりにもその子どもたちが勇敢だったからだ、一瞬でも恵まれたパンを貰う姿に哀れみを感じた自分を殴り殺したいくらいに。
(あんたらは恵まれてるんだよ、天人、アルト。
ちゃんとその年齢まで生きてこられたんだからね、誰かに守ってもらいながら。
親が子に大きな背中を向けて世界から守る。
それは当たり前のことじゃない。
少なくともあの子たちにとっては、親は自分たちを守る存在ではなくて、互いに支えあっていく存在なんだよ。
そんなたくましく生きている子どもたちがいることをあんたらに感じて欲しかったんだよ。
あんたらの心が強くなるようにね)
そのときアマネはタウンPDに生息するオカマたちに囲まれているのを見た。
彼らはデルタールがタウンPDにいた頃、一緒に暮らしていたカマ友たちだ。
互いに肩を抱き合って涙を流しあっている。
数年前、デルタールがワイアラ王国を捨てて出て行ったこと、それはアマネの口からタウンPDに住むかつてデルタールと同じ釜の飯を食ったカマ友たちにも伝わっていた。
アマネに助けられ、タウンPDから出ることができ、安全で快適な生活を望めたにも関わらず、根性なしからこの国を出て行ったデルタール。
彼はカマ友たちにフルボッコにされ、罵られても当然のことをした。
だがしかしカマ友たちはデルタールを受け入れた。
何も言わずにまた会えたことに喜び合う。
そのカマ友たちの待遇はワイアラ王国に帰還する前からデルタール瓦礫抱いていた後ろめたさと罪悪感を吹き飛ばした。
「すっ、すっ、ごめんっ! 俺っ俺っこの国勝手に出て行ってっ……お前らのことも全部忘れて……俺は〜〜」
「いいのよ、デルタールちゃん、会えたことに感謝感謝」
「そうよ、私たちカマ友でしょ?」
男たちの熱い叫びが震撼する。
アマネは涙をドバドバ流すデルタールにもらい泣きしそうになりグッと堪える。
ここで自分が泣くわけにはいかない。
自分は最後の砦だから。
アマネはそう言い聞かせた。
そのアマネに最初に話しかけてきた爺さんを始めとし、多くの人が集まってくる。
「アマネさん、これ僅かなもんだけど受け取ってくれ、ゴキブリの卵だっ」
「アマネさんっ、ゴミ箱から拾ったピザ焼きなおしたんだけどどうかねぇ、そっちの二人のお弟子さんたちもさぁさぁ」
アマネをなんとか歓迎しようと奮発する人たちの計らいにアマネは気分よく応じた。
並べられるご馳走を天人とアルトも勧められる。
「アマネさん、このお米ゲロの味がするよ」
「なあ、このカレーパン、本当にカレーパンか」
もれなく機械油の匂いが付いてくるポタージュに歯型ですでにボコボコになっている骨つき肉、ミツネコの抜け殻。
ここまで揃えられるのかというくらいのバラエティーに富んだ料理がアマネたちに振る舞われた。
天人とアルトは思わず何度もむせながらそれらを口に含んだ。含まされた、アマネに。
用意された料理を噛むごとに天人とアルトは白目になっていく。
(少なくとも、あたしはあたしの最大限をやっている。
こうしてあたしは満たされているのかもしれない。
あたしにその資格はないのに)
アマネは笑顔を絶やさない人々の顔を見た。
そして天人とアルトの顔を見る。
(この二人はまるで、あたしの子供みたいだね)
アマネは三カ月間という期間の中で天人とアルトに言わずと知れない親心を抱いていた。
(それか、あたしはこの二人を重ねているのかもしれないね。
あの二人に……)
アマネたちを歓迎するタウンPDの人たちによる催しは夕方まで続いた。
ーーーーー
「あ〜あ、ワゴン車まであげちまうのかよ。
俺たちの給料はどうなるんだよ」
「アルト、僕たちそんなもの貰ったことないじゃん」
「あんたら、店長の前でよくそんな話ができるね」
「まあいいじゃないですか、アマネさ〜ん。
や〜だ、まだ口の中がチャプチャプしてる〜」
「デルタール、あんたはもう口を開けないで欲しいね」
もうすっかりと陽が沈んだ頃、やっと天人たちはパップパブンへの帰路を歩み始めていた。
(いつのまにか可哀想な人たちだと決めつけていたけど、全然そうじゃなかったな。
むしろ僕の方が劣等感みたいなものも感じた。
結局、人の心は境遇だけで決まるものじゃないのかも)
(俺が想像してたのとむしろ真逆だったな……)
天人がそんな思いを抱く中、アルトもまた似たような心象だった。
少なくとも今日タウンPDに来たことは二人にとって無駄ではなかった。
それは二人ともが感じていた。
気づくと天人とアルトは立ち止まっていてアマネとデルタールは二人で先へと進んでいた。
「わっ、ぼうっとしてた」
「まあそんなに急ぐ必要もねぇだろう。
慌てるのは返ってーーーー」
アルトはそこまで言って背後に気配を感じた。
なんだかもの凄い負のオーラが感じられる。
「あっ、お前っーー」
振り返ってアルトはその存在を確認した。
「よ……う。まさかここでまた会うとは思わなかったぜ」
そこにいたのは地面に這い蹲るラメットだった。
しかしその姿には以前の威勢の良さそうな雰囲気は皆無。
口元からは血が垂れ、顔は最後に会ったときよりも格段に痩せ細っている。
「わっ、ラメットっ。どうしたの、そんなボロボロだけどになってっ!?」
天人もゴミのように横たわるラメットに気がついた。
そして急いでそばに駆け寄る。
近くで見るとすぐにラメットは重症であることが分かった。
「アルトっ、早く"ユニコーン"をっ」
「ああ、分かってる」
「いっ、いや俺のことはいいっ」
ラメットは天人が携えていた手を振り払った。
そうして息絶え絶えに言う。
「俺が今ぼろぼろなのは、市場での万引きをしくったからだ。怪我も大したことはない。
胸から大量に流血してるのは盗もうとしたパイナップルのトゲがグサグサに刺さったせいだ、問題ない。
それよりもーー」
ラメットはじわっと目を潤ませ、地面に頭をこすりつけた。
ここはタウンPDそこらかしこにゴミが落ちている。
そこに落ちていた大量の使用済みトイレットペーパーがラメットの額にこびりつく。
でもラメットは頭をあげなかった。
「頼む、俺の友達を……ピットとムンクを……!!」
「探したで、ラメット!!」
そこに突如聞き覚えのある声が入り込んできた。
「おっ、お前らはっっ」
「あ〜あ、またお前らかい。なんか恨みでもあるんか?
それとも今度は本当に殺されたいんか?」
ラメットの更に後ろに二人の人影。
その一人はキュラ、もう一人はリアナだった。
「なんで、ラメットを捕まえにきたのかっ?」
「ああ、そうや天人。そいつは三カ月前からお尋ねもんや。そろそろケジメつけなあかん」
そう言い、キュラはその左目に"ドラキュラ"のダリュウズ・アイをかざした。
左目が黄土色になり、黒い羽が背中に出現する。
「お兄さま、敵は二人。私も戦います」
そしてリアナもその右目に"ゴルゴン"のダリュウズ・アイをかざす。
リアナの髪が緑色に染まる。
取り込んだのが片眼だけのせいか、髪は蛇には変化していない。
「天人、俺たちもやるぞ。特にあの女の方には気をつけろよ。多分オッさんの方より強い」
「うん、わかったよ」
天人とアルトもそれぞれ左目に"フェニックス"、"鬼"のダリュウズ・アイを取り込む。
二人の体が各々の眼の力により変化する。
「お前ら……すまない」
「いいからお前は下がってろよっ!」
アルトが地面から金棒を取り出しながらラメットにそう促した。
その様子をキュラは面白くなさそうな顔つきで見つめる。
「ほんと、舐められたもんやな俺も。妹よりも弱そうだとか、目の前で標的逃がされたりとか……大人舐めたらあかんで」
キュラが羽をちらつかせ、天人たちを威嚇する。
しかしそんなものは絵は怖がらせられても人間には無意味だった。
「あの人、ある意味怖いから気をつけたほうがいいよ、アルト。なんだか口調も変だし薬中かも」
「……尚更負けたくねえなそれなら」
ラメットが芋虫のごとくその場から避難した頃合。
月が射し始めたとき、戦いが始まった。
この戦い、思わぬ犠牲者を出すことを知る由もなく。




