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38話 修行




修行が始まった次の日、アルトは再び例のウサギの着ぐるみを被り店頭に立っていた。

そこに三、四歳ぐらいの子供たちが集まってきた。

みんな純真無垢な笑顔を振り回してピンクのウサギを囲む。


(チッ、ほんとこのウサギは子供受けがいいみたいだな。

でもこんないい子たちなら歓迎してやってもいいかもな)


アルトはそのうちの一人の男の子の頭を撫でようと手をかざす。

が、その子はそれをスルーし、アルトの手に唾を吐いた。


「まっっっ?」


アルトは思わず声を出してしまう。

その男の子は冷めた目でウサギを、アルトを見た。


(なっ、なんだよ。俺何かしたか?

いけないことか……あっ)


その子供たちの中からリーダー格の少女がかつかつと足音をたて、アルトの方に歩いてきた。

間違いない、その子はは先日ウサギデビューをしたアルトを母親とともに罵った少女だ。

アルトが謎の恐怖を感じてるのを見て、少女は顎を撫でながら言った。


「ほらみんな言ったでしょ。この中の人社会の底辺よ、きっとスクールカーストの敗北者。自分より立場が下だと思った人の頭を撫でることは喉から手が出るほど憧れの行為なのよ」


アルトが根も葉もない風評被害を被り始める。

ウサギの頭がプルプル震えてるのにも気づかず少女は続ける。


「ねぇ、あなた。私リッチでビッチの子どもだからわかるの。あなたの親もお金持ちだったんでしょう?

満たされてるはずなのにそれに満足できず、根拠のない自信に後押しされて、二十歳(はたち)ぐらいの大事な時期に厨二こじらせて就活ミスって借金まみれ。

親からも勘当された。

ちゃんとレールの上を歩いてればよかったのにねぇ。

あ〜かわいそ〜」


あまりにもシビアなことを言ってくる少女にアルトは微妙に当たってるところもあるせいか、刃を突きつけられた心地がした。

周りの子たちも涙を流している。

同情の青い涙。

アルトはついにプッツンした。


「なぁ、知ってるか?」


「ほら見てキレたキレたっ、ハハハハハッッ……うぐっ」


突如アルトウサギはその少女の溝うちにドロップキックをかました。

少女は血反吐を吐きながら、パップパブンの向かいにあるテントの屋根まで吹っ飛ばされた。

そこから嗚咽する音が聞こえてくる。

そしてマニキュアだらけの指をガチガチと噛みながら、ウサギにたじろぐ子どもたちにアルトは吐き出すように言った。


「いいか、ガキども。遠目であいつかわいそうとか言ってるヤツは本人の前では助けるそぶりも見せないんだよ」


返り血を浴びたウサギがギラリとした眼差しを向けた。


「「「すっ、すいやせ〜ん!!!」」」


子どもたちが我先にとそこから逃げ出す。

それを見送ったアルトはあぐらをかぎ、重い息を吐いた。


(くっ、やっぱり完璧な純なる人間なんていないのか。誰が七光りだっ!

あ〜あ、これが両眼を使えるようになるための精神を鍛える方法ってなら、まったくもって最善だろうな)


この上ない精神的暴力。

重いダメージに死にそうになりながらも、アルトはその日マスコットウサギをやりきった。





一方アルトがマスコットウサギに奮闘している最中、天人は店内で注文を聞く店員として接客に勤しんでいた。


(うわ〜これが五十キロのお盆か〜。

もう挫折しそうだよ)


弱音を吐けば、腕立て腹筋スクワットの罰が飛んでくる。

天人は腕の痺れに耐えながらもそのお盆を持って客の元へとコーヒーを運ぶ。

恐らく天人はこれからの修行という名の労働で一生分の腱鞘炎(けんしょうえん)を味わうことになるだろう。


「お〜い、にいちゃん。こっちの焼酎まだ来てないぞっ!」


「おーい、こっちの枝豆はまだか〜?」


(ここは居酒屋じゃないよ……)


店内はデルタール目当てのおじさま方でごった返していた。

だが彼らは不機嫌だ。

さっきから運ばれてきた酒やつまみを口に運んでいる。

するとそこにデルタールの甲高い声が反響した。


「すいませ〜ん、次の方お願いしま〜す」


"リフトルーム"、そう書かれたドアの中からベロンベロンになったおじさんとやたらツヤが張った肌をしたデルタールが出てきた。

そこに百日ぶりに食にありつけた乞食のように次の方であるおじさんが飛び込んでいく。


「デルタールちゃん、次は俺だよ。でへへへへ……」


「ふふっ、おじさま。忘れられない一時間にしてあ、げ、るっ」


気色の悪い笑顔を拡散し、二人はそのままリフトルームの中に入っていった。

その部屋からはああ〜んというデルタールの喘ぎが聞こえてくる。

それを聞き、厨房から出てきたアマネは天人の隣に立ちやれやれと額の汗を拭った。


「まったく、あの子は本当に稼いでくれるよ。ウェイターのあんたの何十倍もね」


「ねぇ、アマネさん。ここは居酒屋ですか、それとも風俗ですか? パップパブンって……」


「ふん、馬鹿言うんじゃないよ。ここはれっきとした喫茶店だよ……で、それよりも……」


アマネは舐め回すように天人の横顔を眺めた。

その天人の目はリフトルームのドアに向けられている。

中でどんな恐ろしいことが行われてるのかという畏怖の念。

それがまじまじと読み取れる。


「天人、やっぱりこんなことでうろたえるようじゃあまだまだ尻が青いね」


「えっ……?」


アマネはバシリと天人の右腕をつかんだ。


「なっ、何するんですかっ? アマネさんっ!?」


「いいから……言っただろう? 精神を鍛えなきゃいけないって、さあお行きっ!

あんたはこのリフトルームの中の光景を目の当たりにすることで圧倒的な精神力の向上を望めるとともに、人として一皮剥けるんだよっ!」


「やっ、やめっ……やめろ〜〜!!」


そのまま天人はリフトルームのドアの向こう側へと放り込まれた。

そしてそのドアの中から聞こえてくる音に少年の悲鳴が加わる。


(頑張りな……天人)


アマネは我が子が巣立つのを見る母鳥の心境でそれを見守った。

そうして天人にとってその日はこれまでにない怒涛の一日となったのだった。


だがこれはあくまでも修行の洗礼に過ぎなかった。

それからというもの天人とアルトはアマネから様々な苛酷なる修行カリキュラムを課されていったのだ。


毎日のようにリフトルームに突っ込まれ、ガキンチョに生き様をディスられ、心身ともにズタボロな夜中には毎日のように大量の編み物をさせられた。


しかも四六時中五百キロの重りをつけていなければいけない。


"アマネさん、僕もうダメだよ"


"おばさん、冗談きついわ"


勿論天人たちがこうやって弱音や愚痴をこぼすごとにペナルティも与えられる。

この無間地獄のような修行に天人もアルトは寿命を切らしていった。


しかしこれらの地獄は二人を驚くべき速さで両眼使いへの道に誘うことになるのだった。



ーーーーー



そして天人たちがアマネに弟子入りし三ヶ月が経った。


「もう三ヶ月か〜、早えな」


「うん、どんな苦しい時間でも終わってみればあっという間になんだね」


天人とアルトはパップパブンの店の前で夜の星を眺めていた。

遅くに買い出しで外に出ていた二人は帰ってくると、店の鍵がかかっており、閉め出された状態になったのだ。

既に色んな疲労が溜まっていた二人はそんなことなど構わず店先で夜を明かすことに決めたのだ。


「明日だな」


「明日だね」


天人とアルトは明日のことを考えた。

二人はアマネからの指示で毎日修行の一環としてダリュウズ・アイを片眼だけだとどれくらいの時間使用できるのかというテストを行っていたのだ。

初めはそれこそ十五分ぐらいが限界だったが今では二人は片眼だけだと一時間近くその力を持続させることができるようになったのだった。


そして晴れて明日はパップパブンを休業し、二人が両眼を使えるかどうかのテストが行われることに決まったのだ。


つまり明日は今までの修行の集大成となる。


「天人、お前のおかげだ。アマネに教えを乞うたのは正解だった」


「イヤイヤ、いいよ。そんな改めて……」


「いや、本当にありがとな。俺はこれで俺の目標に近づけた」


そのとき天人はアルトが船の中で言ったことを思い出した。

自分の国を取り戻し、そしてこの世界のどこかにいる父親の仇を倒す。それがアルトが旅をする理由だ。


「天人、俺はやっぱり焦ってたのかもしれない。

お前が言った通り、寄り道するのも悪くなかった」


恐らくリリース教会の前での言い合いについて詫びているのだろう、アルトが急にしんみりとしたことを言い出す。


(そう、なら良かった)


そう思いつつも、天人はそれには答えずただ黙っていた。


「なぁ、天人。お前夢ってないのか?」


「ええっっ、夢……? 父さんを見つけることだけど……」


突然の真剣そうな内容の話を持ち込んできたアルトに天人が取り乱す。

その天人の返事にアルトはあさましげに首を振って苦笑した。


「違う、違う。それは夢じゃなくて目標みたいなもんだろ? 夢ってのは一生やり続けたいことのことだよ。

父さんを見つけた後、お前は何をしたいんだよ?」


「……それは……」


考えたこともなかった。

天人は五年前以前の記憶が抜け落ちてるせいか頭の中を巡ってもやりたいことというのは見つからなかった。

持っていたのかどうかもわからない。


「ごめん、今は……ないかな。

でも一生続けたいということっていうのは多分子供の頃から沢山あったんだと思う。

きっとそのいくつものやりたいこと……夢の中から、よりやりたいという思いが積もったものが僕の夢になってるんじゃないかな」


「……そうか」


それを聞いてアルトは黙り込んだ。

どうやら天人が記憶を失っていたことを思い出したようだ。

若干申し訳なさそうに再び星に目をやった。


その雲一つない夜空には四つの星が並んでいた。

そして突然現れた流れ星がそれらを結ぶ。

一度だけだけど、一瞬だけど重なった。

天人たちはそのまま夜を明かした。



ーーーーー



「じゃあ準備はいいかい、あんたら。じゃあまず天人からっ」


次の日の早朝、天人、アルト、アマネの三人は他に誰もいないパップパブンの店内のテーブルを片付け、両眼を使う場所なるスペースを確保した。

これは万が一暴走したときに備えてのことだ。

ちなみにデルタールは足腰ガクガクで寝ている。


「じゃあ……いきます」


天人は"フェニックス"の左眼を取り入れた。

天人の背中に赤い翼が出現する。

そしてポケットからもう一つの眼を取り出した。


(これで……あのときのマリスさんと同じになれるのか)


五年前に見た光景が天人の中で蘇る。

あの日マリスが死の代償とともに使った両眼の力。

天人はやっとマリスに肩を並べるところまできたのだ。

この両眼を使いこなすだけで何かが報われるようにも感じた。

そして天人は右目にそれを取り入れた。


「うっ、くっぐぅぅぅぅーーーー」


「天人、大丈夫かっ!?」


「しっ、黙りな。今力が体に浸透し始めているんだよ」


悶える天人に不意に声をかけようとするアルトをアマネが止める。

その刹那にも天人の体は変わり続ける。


「うっ、がっっっ!」


手先が鳥類特有の爪に変わり、その頭部も鳥のそれに近しくなっている。

天人の体はほぼ巨大なる鳥になりかけていた。

だが、突然その空間を天人の悲鳴が覆った。


「ああああああああああああああああっっっ」


「おいっ、どうしたんだよっ!! 大丈夫かっ!?」


急に悲痛な声を出し始めた天人にアルトがまごつき始めた。

しかしアマネは冷静沈着だった。

急いで天人駆け寄り、その背中をさする。


「大丈夫かいっ、天人っ。ゆっくり力を抜きなっ」


アマネはそう天人を落ちつかせるように言った。

天人の体は依然鳥の姿を保ったままだった。

アマネはそこから体は耐えられたが、精神面に難が生じたと判断したのだ。

その通り天人の頭は今錯乱していた。





(えっ、ここはなにっ?

なになになになになになになになになになになに??)


天人は突如視界が真っ暗になったのを感じた。

何もない真っ暗な無の空間。

そこに天人は立っている。

じゃりじゃりと足元から音がする。


(えっ……これは……赤い羽……血?)


天人の足元におびただしく散らばっていたものは、無理矢理引きちぎられたかのようにぐたぐたにしなっている鳥の羽と赤い血だった。


(どういうこと? 僕は両眼を取り入れてそこから……)


記憶を掘り起こしても意味がない。

ここは夢なのかも知れない、天人はそう思った。


「ぐっがああああああああああああっっっ!!」


(えっっっ?)


天人は背後から助けを求めるような絶叫する男の声を耳にした。

咄嗟にそっちを振り返る。


(えっ…………)


そこにあったのは巨大なカプセルとその中に閉じ込められた人くらいの大きさはある巨大な鳥。


(違うっ、これは人だっ。"フェニックス"のダリュウズ・アイを取り込んだ統術師)


その鳥の両目が赤く光っている。

その鳥の口からさっき聞いたのと同じ声が漏れてくる。


「たっ、助けてくれ……」


そのカプセルに閉じこめられた統術師はそうかすれた声で言った。

体は"フェニックス"の姿のままで、精神だけが崩壊しかかった状態。

ほっておけば、カプセルを突き破り暴走してしまうかもしれない。


(大丈夫ですっ!! 今助けますっっっ!!!)


天人はカプセルに向かって駆け出した。

でも……


(……あれっ……)


徐々に意識が遠のいていく。

思えばどうやって助けようとしたんだろう、天人はぼんやりとそんなことを考えた。

そのまま景色が暗くなってまた何も見えなくなる。

まぶたが閉じていく。


"目が痛い、返して……"


消える意識の狭間で天人はそんな声を聞いた気がした。




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