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37話 両眼




「親父、どういうつもりなんやっ! あのガキさえも逃して……これじゃ昨日死んだ神父の顔も浮かべないでっ!?」


天人の公開処刑が取り止めになったその日、キュラは城に戻った途端に玉座に何食わぬ顔で腰を下ろすカリスを問い詰めた。


「控えろ、キュラ。お前は俺の息子であるとともに俺の部下だということを忘れたのか」


そう返すカリスからは何の後ろめたさも感ぜられない。

それよりもキュラが間違っているとばかりにキュラを諭そうとした。

それが更にキャラの荒ぶっていた心を逆撫でた。


「そうか……やっぱり半端もんなんやな……親父は」


「……どういうことだ?」


「親父はっっ、人を殺すことが怖いんやっ!!

今までも何度処刑を取りやめにしてきたんやっ!?」


キュラの怒りは遂にカリスの過去の行いにまで及ぶ。

キュラがカリスに対し、父に対し目をつむってきた行為への鬱憤が今とめどなく溢れ始めた。


「人を殺す勇気もないまま非常を気取って……だからタウンPDの奴らも殺せないんやろ?

多くの子を愛した"アカリス"の物語の主人公はあんた自身やもんなっ!!」


「…………」


カリスは口だけの争いで身が削れそうになる。

キュラが言った言葉が耳から入り、身体中を震撼させる。


「……知ってたか……」


「当事者からすればすぐ分かるわっ!!

年齢とか多少の誤差はあるけどな。それでもあんたに何かしらの意図があることを信じてたんや」


そうだ、リリース教会で語られる"アカリス物語"、それはカリスの過去を抜き取ったものなのだ。

何故カリスがこれを教会で語らせ、人々に聞かせているのかその真意はわからない。

どれだけ語って、どれだけ知ってもらっても、子供たちは蘇らない。

贖罪にはならないのに。


「いいな、次にあいつ(天人)が現れたときはためらいなく俺が殺すで、分かったな!?」


「……あいつのダリュウズ・アイは……凶器にならない」


「…………」


そう死んだ目でそう言う父親にガンたれてキュラは舌打ちをした。

そのキュラの目もまた、吐き出したように生気が抜けている。

そしてもう暴言を飛ばすことなくキュラはその部屋から出て行った。

その間際にこう言い残して。


"親父、俺の尊敬する親父を殺さんといてくれや"


「キュラ……」


カリスはそのとき初めて腰を上げた。

だがそのときには息子の姿はドアの向こうへと消えていた。


(キュラ……)


言葉を出す相手を失ったカリスはその拳を握りしめる。

握った拳から血が(にじ)みでる。

閉じたまなこから涙が出る。

貧民街の住民から王に成り上がり、決して人に見せようとしなかった涙が……。


(キュラ、お前の人生観は俺には合わないのかもな。

俺はお前たちが幸せになれば他のものはどうでもいい、あのときは本当にそう思った。

それをするためにいくつもの非情なる法を、機関を作った。

それで実際に多くの人が苦しみ死んでいった。

だが……)


キュラは処刑やリリリリリーで死んだ者たちの顔を浮かべようとした。

でも誰の顔も浮かばない。

処刑の場にも、リリリリリーのデッドオアマニーにも、カリスが立ち会ったことは昨日の一件を除き一度もなかったからだ。


(俺が実際に手をくだした者は一人もいない。

それは俺が弱い、臆病者だからだ。

自分が決めたことなのにそれに向き合えてないんだ、俺は。

半端者……おあつらえ向きだな)


カリスが自分で決めたこと、それによって多くの人が死んだ。

それは自分にとっては正しいことだと、自分の信念に基づくものだと、カリスはそう思っていた。

だが、貯まり増えていくのは国民の不満、自分への陰口、息子からの軽蔑の眼差し、満たされず広がっていく闇だけだった。


(俺は……間違ってないよな? あんたはどう思う?

俺を選んだあんたは今の俺を見てどう思ってるんだ?)


カリスはそのまま声を発することなく、自身の鼓動が聞こえてくる部屋であの頃に浸り始めた。





「お姉ちゃん、私間違ってないよね?

あいつが……おかしいんだよね?」


リアナは自室で姉の骸にそう話しかけた。

リアナに揺らされた骸骨はその顎の骨をカタカタと鳴らす。


「ハハッ、そうだよね。私間違ってないよね。だって私が暖かいと思うのはお姉ちゃんだけなんだもん」


リアナは姉をギュッと抱きしめた。

たった一つ、何の気兼ねもなく素で話せる存在、お姉ちゃん。

それがリアナの生きるたった一つの希望だった。


(よかった、今日もまたお姉ちゃんと生きられた。

この人とならこのゴミのような世界で生きていける。

他のものなんていらない。

分かり合えるものなんて一つあればいいんだ。

私にとってそれは、お姉ちゃんなんだ)


リアナはその頭蓋骨に口づけをし、眠りについた。

幾度となく過ぎていく日々、リアナはその時間をこうやって過ごしている。



ーーーーー



「あんたらにはまずーー」


「だから俺は……」


「アルトッ、いい加減にしようよっ?」


「いい加減って、なんだか俺が悪いみたいじゃねーかっ!」


アルトは天人がアマネにダリュウズ・アイを使いこなすための弟子入りを志願した次の日、まだそれを渋っていた。

店の中の椅子に腕組みをし、断固とした態度でアルトは首を振った。


「二日連続で、店を休んでくれたじゃないか……それに」


「……なんだよ」


「強くなろうって言ったよね、誓いを守るために」


アルトの中に数日前の記憶がよぎった。

泣きながら自責する天人に自分が言った言葉だ。

忘れるはずがない。

あれはアルトが自分にも言い聞かせた言葉なのだから。


「……わかったよ、やればいいんだろ?」


(今さら敬語は使わないけど……)


天人はようやく腹を決めたアルトに安堵した。

アマネに弟子入りを大大に宣言した手前、それを撤回するわけにはいかない。


「そのうるさいガキはやっと静まったのかい、じゃああんたらのこと話して貰うよ」


アルトが折れた音を聞き、アマネが店の奥からやってきた。

アマネは弟子入りするからにはお互いのことを話すべきだと天人たちに素性を明かすことを求めたのだ。


「まずあんたらのダリュウズ・アイからだ。持ってるの全部見せなっ」


天人とアルトはそれらをテーブルに広げた。

八個のダリュウズ・アイ、その一つを見て、アマネは驚愕した。

その量よりもある一つの眼に。

アマネが反射的にそれを手に取る。


「なっ、なんであんたらがこれを持ってるんだい?」


「えっ、なんでってそれは……」


「おばさん、それは天人のものだ。ラメットのものじゃない。よく見ろ、それは()()だろ?」


アマネが持ったそれは、"かまいたち"だった。

ラメットのものと勘違いされていると思ったアルトはその誤解を解こうとする。

だがそれは誤解でもなんでもなかった。


「右眼でも左眼でも関係ないよ。"かまいたち"はもともとワイアラ王国に両眼ともにあったんだよっ!!」


「「ええっ!?」」


天人とアルトは段々と曇った表情が、懐疑的なものになるアマネを見てそれを弁解しようとした。


「違うよっ、アマネさんっ! それはーーー」


天人は仕方なくその"かまいたち"を入手した経緯を話した。

その成り行きで天人たちがユーランド王国から来たこともアルトがその王子であることも天人が神王眼の持ち主であることも全て。


「だから僕たちは決してそれを盗んだわけじゃないんだっ!」


「そうだぜ、おばさんっ! 純真無垢な少年たちがこんな手の込んだ話でっち上げると思うかっ!?」


「…………ちょっと待ちな、頭が壊れそうだ」


百突っ込んでも、足りない情報を浴びせられたアマネは五分かけてそれを噛み砕いた。

そして"かまいたち"の県に行き着く。

天人たちが国に来てから確かにダリュウズ・アイを盗み出す時間はなかった。

少なくともそれは事実だ。

となると、天人が五年前に手に入れたという話を信じるしかない。


「わかったよ、どちらにしろあんたらがそれを盗むことはできないね」


「あっ、ありがとうございます」


「馬鹿っ、俺たちが謝ることじゃないだろ」


アルトが頭を下げる天人の方を小突く。

アマネは胸の中のモヤモヤを払拭し切れたわけではないが、そこからは疑心が消え去っていた。

恐らく天人たちがアマネに見せてきた挙動も後押ししてのことだろう。


「しかし、あんたらのことはもう全部聞いてしまったねぇ」


アマネが首を振って、ため息をついた。

すると、生まれかけた沈黙を阻止しようと天人が口を開く。


「あっ、あの。アマネさんは何のダリュウズ・アイを使ってるんですか?」


それは愚問だったようだ。

アマネはさらに深いため息をつく。


「そんなの持ってたらあたしはとっくに反逆でもしてるだろうね。

この国でかつて統術師として戦っていたもののダリュウズ・アイは全部カリスに取られたよ。

今はあいつらがそれを流用している」


「さいでしたか」


天人は我ながら当然のことを聞いたことに身を縮こませた。

だがアルトはアマネがこぼした言葉を聞き逃さなかった。


「なあ、おばさん。あんた今ダリュウズ・アイを持ってれば反逆でもするって言ってたが、まさか俺たちのでそれをするつもりじゃないだろうな?」


アルトがそう思ったのも無理はなかった。

なにせ、アルトたちが持っているダリュウズ・アイの数はユーランド王国が持つ数を上回っている。

それゆえにアマネの反逆という一言が冗談としては片付けられなかったのだ。


しかしアマネはアルトの思ったことを察したようだ。


「ふふっ、確かにあんたらの持ってる数は多いよ。でもこの国の統術師はカリスらを除いてあたしだけだよ。

他はみんな戦争で死んだ。

月眼を持って生まれた子供もカリスは抜け目なく、チェックして、手中に収めているさ。

あたし一人で突撃する馬鹿に思えるのかい?」


「……それもそうだな」


アルトはそれに納得した。

アマネの言う通り、カ国を統治するものが杜撰なことをするわけがない。

力で押さえつけているならなおのこと。


(どうやら、このおばさんは信用できそうだな。

昨日の件で裏でカリスと繋がってるかもしれないとも思ったが、それもなさそうだ。

それなら遠慮なく弟子入りでも何でもしてやろうじゃねーか)


そしてアルトは両手をテーブルにつけ、頭を下げた。

天人も慌ててそれに続く。


「「よろしくお願いします」」


アマネはそれにどこか懐かしいものを感じたのか、遠くを眺めるように二人を見た。

そして勿論、それを承諾する。


「ふんっ、いいだろう。相変わらず片方は口調を直すつもりは無さそうだけど、師匠への礼儀というものはわきまえてくれそうだね。

ついてきなっ!!」


「「はいっ!!」」


そうして天人とアルトはアマネに言われるがまま、これから長い間修行することとなる場所へと連れていかれた。

歩くことおよそ〇分。

つまり店の中だ。


「って、ここのどこで修行するんだよっ!!」


アルトは椅子を蹴り飛ばして怒鳴った。

だがアマネはそれにテーブルを叩き割って答える。


「馬鹿言ってんじゃないよっ!!

あんたら両眼が使えるようになるための訓練ってのが全然わかってないんだねっ!?

すぐにくちごたえばかりっ!」


(僕何も言ってないんだけどなぁ)


天人とアルトに手元のコーヒーカップを投げつけると、アマネは思いっきり顔をしかませた。

それは車で引かれたブルドックのように酷いものだった。

怒りと愉快が天人とアルトの頭を駆け巡る。


「「ぶっ、ぶふっ!!」


「笑うんじゃないよっ!!」


それにアマネが無理難題をぶっこむ。

天人とアルトはその急な忠告に耐えかね、思いっきり息を吐き出した。


「うわ〜、何ですか急に」


「まったくだぜ、何だよ急に怒らせたり笑わせたり」


二人がぶつける疑問にアマネは依然とした態度で答えた。


「これがこれからの修行の肝だよ。あんたら、両眼を使うにおいて片眼のときと決定的に違うことがわかるかい?」


「えっ、え〜と、それは」


「ダリュウズ・アイを二つ使えば、その中にある生物の石が目覚めるだろっ?

それに耐えるための精神力が、肉体の力よりも要求される。

……あっ」


アルトは気がついたようだ。

だが天人は両眼を使った時のリスクについてアルトに説明されたことを忘れたようだ。

ぼけっとしている。


「ああ、そうだよ。あんたらはここで金を稼ぐことも兼ねて接客をしてもらう。

安心しな、この店にはまともな客なんかほとんど来ないから、しっかりと精神が鍛えられるよ」


デルタールがパップパブンに帰ってきてまた働き始めて以来、彼のケツを狙ったおっさんどもがゴキブリのように湧くようになった。

その正気じゃないホモ野郎どもの相手をするのに理性は不必要。

一緒にいれば店内にいる全員の心も犯されてしまいそうな状況になっていたのだ。

彼らと接客するとなると、それはまともな精神でいるのは困難だ。


「それからあんたらには、一日中体に五百キロの重りをつけて過ごして貰うよ。

な〜に、心配いらないさ。

客にはバレないからねら」


それからアマネは重さ五十キロのお盆や、重さ百キロの掛け布団など色んなものを天人たちに紹介した。

皆、アマネが昔使っていたものだという。


「なあ、あんたクレイジーか?」


修行に見えて、全くそれっぽくないことをさせられそうになっているのではないかとアルトは反発をする。

どこに行けば百キロの掛け布団など売ってるというのだ。


「はい、口出しした。アルト、腕立て五万回だよ」


「はぁっ、なんで……」


「いいこらやりなっ!」


なぜか笑顔でアマネはアルトにそれを促した。

天人からの白い目も受け、アルトは仕方なくそれに応じる。


「あんたら、覚えておきなっ!

あたしは鍛えるとなったら容赦しないよ。

両眼を使うなど何ヶ月も先のことだと思いなっ!

三分使えるようになればいいとかそんなの論外。

実戦じゃ、両眼は十五分は使えないといけないよ。

でなきゃ、お話にならない」


アマネがそう言い、不気味な笑みを浮かべると天人は股間がじっとりとしめるような感覚に襲われた。


「ははは……」


後悔しても遅かった。

そこから天人たちの地獄のような日々が始まった。




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