36話 公開処刑
そして翌日の正午、天人はカリス城の前にある処刑台の上へと運ばれた。
処刑台に上がる天人の体を二人の兵士ががっしりと押さえつけている。
(ここが処刑台……高いわけでもなく、低いわけでもない。でも下にいる人たちが処刑される人を不都合なく観れる位置。
まるで、またあのゲームに参加したみたいだ)
土色の木材でできたその処刑台は高さおよそ三メートル。
天人とともにカリスもその台に上がっていた。
どうやらこの国でも罪人の公開処刑が行われるときは王がその罪状を述べるらしい。
集まった国民たちの前でカリスは始めた。
「この者は昨日、リリース教会での一連の騒ぎに拍車をかけた罪により今日死刑とする」
大雑把に語られるその内容。
既に天人のしでかしたことは国民にとって周知の事実となっていたからだ。
つまり、ここに集まった人々はただ単に死刑が執行される瞬間だけを見に来たのだ。
(あ〜始まるよ。罪人が殺されるところならやましい気持ち抜きで楽しめるな)
(この前の件でしばらくデッドオアマニーが開催されなくなるって聞いて、血に飢えてたんだよなぁ。
まさかこうやって補給できるとは)
(こ〜ろ〜せっ! こ〜ろ〜せっ! こ〜ろ〜せっ!)
不謹慎と知り口には出さないものの、ほとんどの者がこのような歪みを持っていた。
家族や友人、知っている身近な人が死ぬ、それは嫌!
でも他人なら……見てみたい、その死ぬ瞬間を。
生ける者がその活動を停止する瞬間、人が人形になる瞬間、それまで必死に抵抗していた者が嘘のように黙りこくる瞬間。
蟻の行列をプチプチと指で潰すような快感を、人で感じてみたい。
そんな残虐性を秘めた者たちが集まっていた。
両手で目を覆う人たちもしっかりと指の隙間から処刑台を凝望している。
(アルトたちはどこかな?)
天人はその群衆の中にアルトたちの姿を探した。
いるなら前の方か、そうやって下を見るが残念ながら、台の板に遮られて真下を見ることは出来なかった。
(一応……アルトたちは助けに来てくれるよね。
もし来なかったら……どうしよう)
天人は冷や汗こそかくことはないものの、事の重大さに気づいてきた。
今から自分は処刑される、それは死ぬということ。
今更ながら天人はそれに気がついた。
そして、キョロキョロと下を見る。
やっぱりアルトたちの姿は見当たらない。
(やっぱり当然なのかな。
昨日アルトが言った通り、僕とアルトはそういう関係じゃないんだ。
命をかけて守り合える関係じゃなかったんだ……)
天人はうなだれて、ポケットの中のダリュウズ・アイを握った。
なぜかカリスが返してくれたそれを天人はここまで逃げるために使おうとは思わなかった。
それは"フェニックス"が持つなんらかの弱点をカリスが知っているのではないかという憂慮、そして安易に逃げ出せばアルトやデルタールを巻き込んでしまうのではないかという恐れからきていた。
いずれにせよ国から狙われる身になる、そこからどうすればいいのか皆目見当がつかなかったのだ。
(でもこのまま死ぬくらいなら……)
そうこうしてるうちに処刑台の上に天人をその能力によって死罰する任を承ったリアナが二人の兵士と入れ替わりにあがってきた。
そして処刑台の上は天人、リアナ、そしてそれを後ろから見守るカリスの三人となった。
その下ではなぜ自分が天人を罰せられないのかを不服に思うキュラがそれに睨みを利かせていた。
リアナが天人の正面に立った。
○
「おいっ、もうすぐ始まるぞっ、なんでだっ、助けに行かせろよっ!?」
「分かってるわよ! でも見なさいよっ、あそこにはリアナもカリスもいるっ!!
然もキュラも処刑台のしたにいるのよっ!?
あの顔……きっとなんで自分が天人ちゃんを裁けないのか不満に思ってるのよ、ダッサイわ〜〜!!」
リアナと天人が向かいあった時、処刑台から離れたところで、アルトとデルタールは天人を救出するタイミングについてギャーギャー言い争っていた。
「あんたらっ、少し黙ってな!! そんな大きい声で騒いで……少しは暗々裏にことを運ぼうと思わないのかいっっ!!?」
周りに聞こえるような大声でアマネがそれを叱責する。
アルトたちは天人の公開処刑が決まって誰よりも早くこの場に駆けつけてきたつもりだった。
だがそこには既に徹夜で処刑台の前に並んでいた殺人狂たちが巣食っていた。
「ここからの距離、また"天狗"を使うか? でも今回もこの前と同じというようにいくのか?」
「だからあんたは口を閉じろって言ってるだろっっ」
アルトは"天狗"を使うか迷った。しかしユーランド王国の統術師たちが言ってたことによるとこの"天狗"の幻覚を見るのはそれを使うものより格下のものだけらしい。
リアナやキュラは自分より格上であることにアルトは薄々気づいていた。
ましてカリスは未知数だ。
「やっ、まずいわ。リアナがダリュウズ・アイをっっ」
デルタールの視線の先でリアナがその両目に"ゴルゴン"の眼を取り入れていた。
リアナの目の色が変わり、その頭からは何匹もの蛇が出現した。
それは噂だけで語り継がれてきたゴルゴンの姿そっくりだった。
(まじかよ。あの女俺たちと同じくらいの年齢で両眼を使えるのかよ……!!)
アルトは羨望と失望が入り混じった目でリアナを見た。
その横でアマネ蚊が鳴くような声で呟いた。
「なんで……キュラじゃなくてあの子があの上に立ってるんだい……?」
その声はアルトやデルタールには聞こえなかった。
アマネはそのとき初めて処刑台に立っているのがリアナで、その下にいるのがキュラだと気づいたようだ。
「あら、アマネさんずっとさっきからあの子が立ってますよ?やだわ〜、老眼かしら」
デルタールの無意識の軽口もアマネの耳には入らなかった。
アマネの視線は処刑台一点に注がれていた。
○
「刑を……執行します」
リアナは天人の両目を見つめた。
「えっ、何? 体がっ!?」
天人は自分の手足の感覚がなくなっていくのを感じた。
(体が……石にっっ!?)
天人は自分が石化しているのに気づいた。
感覚がなくなった体の部位は全て白い石に。
(駄目か……もうダリュウズ・アイを取り出すこともできないや)
天人の視界には目を深緑に染めたリアナだけが映っていた。
その感情を灯していないように見える目にはどこか切なさも感じられる。
「待ちなっっっ!!!」
天人の頭部以外の全てが石化したとき、突如馴染みのあるでかい声が人波の中から響いてきた。
その瞬間リアナも天人の石化を止める。
「アマネッッ!!?」
その声を発した者の正体にいち早く気づいたのは天人と同じく処刑台に立つカリスだった。
「そこの者たちっ! その場から散れっ!!」
カリスが指差した先にいた者たちがそこから離れた。
(アマネさんっ!?)
天人は思わず声を出しそうになった。
なんとそこには地に頭をつけて土下座するアマネの姿があったのだ。
「おいっ、何してんだよっ!」
「そうよ、アマネさんっ! いったいなにかんがえてるんですかっ!?」
その横にはデルタールと手に"天狗"を握りしめるアルトの姿があった。
(アルトッ、来てくれたんだっ。デルタールさんもっ!
でも……なんでアマネさんが……?)
「アマネ……どういうつもりだ?」
カリスが天人が聞きたかった質問をアマネにした。
その話し方からカリスはアマネを知っているように感じられる。
アマネはそのまま頭を垂れたままその旨を周りの皆が耳を塞ぎたくなるような大声で叫んだ。
「頼むっ……そっ、その天人というガキを助けてやってください……カ……王っっ!!」
カリスはじっと眼下のアマネを見つめた。
そして暫しの時間が経つと、未だに微動だにしないアマネにカリスは折れたようにこう言った。
「もうよい、この者を解放するっ!」
その刹那、その場にいた皆がざわめいた。
当然だ、昨日あれほどのことをした犯人を逃し、しかも王の息子にも危害を加えた天人の罪を帳消しにするとカリスが宣言したからだ。
しかもなんの権力も持たない一市民によって。
「親父っ、どうゆうことやっ!?」
下で見ていたキュラも突然の父の発言に処刑台に登って直談判しようとした。
だがカリスは手を広げそれを抑止する。
「分かりました、お父さま」
リアナはそう言うと目から力を抜き、ダリュウズ・アイを取り出した。
その瞬間天人の石化しかかっていた体もみるみるうちに元の体へと戻った。
「うわぁ〜、死ぬかと思った」
それを見た国民たちは蜘蛛の子が散るようにその場から去っていった。
そしてそこにはアマネ、デルタール、アルトだけが残った。
カリスはやりきれないような口調で天人に言った。
「さっさと戻れっ、そしてさっさとこの国から出て行けっ! あとアマネには感謝するんだなっ」
「……わかった」
天人は今しがた命を助かった命でカリスに歯向かおうとは思わなかった。
だが処刑台から降りる直前、天人は思い出したようにその場に立ち尽くしているリアナの元に戻った。
「なに……?」
リアナは不思議そうな顔で戻ってきた天人の目を見た。
その目にはやっぱりなんの感情も感じられない。
でも彼女が決して無情の人間ではないことを天人は知っていた。
「リアナ……ちゃん。昨日のことだけど、やっぱり君は間違ってると思う」
天人はそうやってリアナの手を取った。
そのリアナの手は冷たかった。
「きっと……暖かみを感じられるのは家族だけじゃない」
天人はそう告げて、カリスとキュラのギラリとした視線の中を掻い潜り、アルトたちが待つところまで走って行った。
そしてリアナは頭の中で今天人が言ったことを何度も反復させていた。
(どういうこと? 何が言いたかったの、あの人は?
私が間違ってるってこと? じゃあ結局あの人も私のお姉ちゃんを否定してるんだ。許せない……あれは私だけのもの、私にしか感じられない暖かさを持っていて、いつでも私を迎え入れてくれる存在。私は……)
「おいっ、リアナッ! さっさと城に戻るぞっ!!」
ふと気がつくとリアナの後ろではカリスが怪訝そうに彼女を見つめ、その下ではキュラが訝しげにカリスを睨んでいた。
「はいっ、お父さまっ」
リアナは今しがた天人に触られた手を処刑台の床にこすりつけると、カリスとともに城の外へと戻った。
○
「なあ天人、最後あの女と何話してたんだよ?」
「いや……なんでもないよ。迷惑かけてごめん」
「ああ、全くだぜ」
その帰りデルタールはともかくアルトは思いのほか天人を責め立てなかった。
それよりも二人の注意はその道中全く口を開こうとしないアマネに寄っていた。
それは天人も同じだった。
そしてパップパブンに着いた時天人はアマネにずっと気になっていたことを話した。
「アマネさん……助けてくれてありがとうございます。
でも……なんであそこまでして……僕を助けてくれたんですか?」
天人は敢えてカリスとの関係については問わなかった。
例も述べず、何かしらの因縁があるに違いないそれについて単刀直入に聞くのはナンセンスだと分かっていたからだ。
ただアマネから返ってきた言葉は……
「あんたのためじゃないよっ!!」
それだけだった。
そしてアマネは臨時休業の看板を表に出すと、奥の部屋に天人とアルトを連れて行った。
「あんたたち、本来はもう明日ぐらいにあんたたちはここを出て行っ貰う、その約束は覚えているだろうね?」
「えっ、ああそうだった」
「ごめん、僕のせいで全然お金稼げなかった」
だが二人が何かを言い出す前にアマネは続けた。
それも熱がこもった口調で。
「それであんたらに提案がある」
「えっ、なんだよ」
「いいから黙って聞きなっ! それにあんたあたしにタメ口聞ける立場じゃないだろっ」
アルトはどうせ正社員として雇い入れるとでも提案されると思ったのだろう。
つい、間の抜けた声をこぼす。
だが天人はちゃんとそれに食いついた。
「なんですか、それは」
「ふん、あんたはちゃんと聞く耳を持つようだね。
それで話というのが……あんたらあたしが両眼を使えるというのは知ってるね?」
「はいっ」
そう、アマネはダリュウズ・アイを両眼取り入れて使用することができるのだ。
「それなら話は早い。それで、あんたらは両眼が使えない」
「その通りです」
「これでもう察しただろ? どうだい、あんたらあたしの弟子として暫くここにいないかい?
両眼を使えるようになりたいんだろう?」
それは思いもよらぬ話だった。
たしかにアマネは両眼を使える。
だがそれについて天人とアルトに伝授する義理はないし、まさか向こうからこんな話を持ちかけてくるとは。
「おばさん、悪いが……」
「是非お願いしますっ!!」
天人は首を横に振ろうとしたアルトの頭を下にねじ伏せて言った。
両眼を使えるようになれるかもしれない上に宿も貰える、こんなにうまい話はない。
「いいだろう、それじゃあこの店に置いてやるよ」
アマネはにんまりと笑い、横にあった酒瓶を開いた。
このとき、天人とアルトはなぜ急にアマネがこんな提案をしたのかという疑問を不思議と口にしなかった。
そしてそれは今後、アマネから直接語られることもなかったのだ。




