32話 アカリス物語
「これは昔のお話、アカリスのお話……」
そうやってゴビは語り出した。
○
"アカリス物語(改訂版)"
これは全然遠くない昔の話。
ある国のある貧民街で、アカリスは四人の子どもたちを抱え、貧乏で家もない状態でありながらも僅かな愛をすくい取り、幸せに暮らしていました。
(息子三人に娘一人、子沢山に恵まれつつも妻なしにやってこれたのはきっと貧民街のみんなのおかげか)
アカリスは毛布で子どもたちと包まりながら時々そう考えていました。
ぼうぼうと茂ったあご髭をいじくりながら。
(されど今は誰もが困窮する身。いつまでも頼ってはいられない。いや、いつか恩返しもしなくては)
今、アカリスの国は他国からの侵略者との戦いにより大きく揺れ動き、アカリスたちが住む貧民街にまでも敵兵がやってくるほどの劣勢にありました。
そして無慈悲にもその日はやってきたのです。
その日アカリスはこの世が終わったかのように感じました。
「バッシャーン!!」
「ズッゴーン!!」
「バッゴーン!!」
「パッシャーン!!」
「ドッガーン!!」
「ガガリリババババ!!」
鳴り響く銃声や悲鳴、建物が決壊する音。
遂に戦争の魔の手がアカリスたちのところにまで及んできたのです。
逃げ惑う人々。
「父さんっ、あそこで僕たちの寝床が燃えてるよっ!?」
「見るなっ! 今は生きることだけを考えろっ!!
いいから走るんだっ!!」
「お父ちゃん、怖いよ〜」
アカリスは泣く四人の子どもたちを連れ、辛うじてその場から逃れることができました。
しかしその日の惨劇の所為でアカリスたちの生き場所だったところは全て焼け野原となってしまったのです。
「うわ〜ん、ママ〜!! パパ〜!!」
振り返れば親をなくして泣きわめく子どもたち。
中には自分よりも小さい赤ん坊を抱き抱えている子どももいます。
(今日でこんなにも戦災孤児が生まれたのか……。
こんなの……惨すぎる)
アカリスは一人一人の子どもたちの顔を見渡しました。
中にはアカリスが日頃からお世話になっていた方の子どももいました。
(みんな子どもたちを敵兵からの銃撃守って死んでいったのか。愛する我が子のために……。
けれど残されたこの子たちはどうなるんだ、これから先ただでさえ生きていくことが困難なこの世界で、一体どうやって……)
身を震わせながら自分に抱きついてくる息子たち。
抱きつく相手を失った子どもたち。
アカリスはその淀見切った空気の中に大きく息を吹き込んだ。
「パパやママを失ったみんなっ!!
俺の元に集まってくれ!!!」
アカリスがそう叫ぶと、戸惑いながらも親を失った子どもたちはアカリスの元へと駆け寄ってきました。
みんな同じ血を体から流している。
(今度は俺が……)
アカリスは集まってきた子どもたちを一人一人抱き抱えていきました。
こうしてアカリスは大家族を背負うことになったのです。
ーーーーー
そうして経つことの一年。
アカリスは合計三十四人もの子を育てるビッグファザーとなっていました。
「お父さん、おかわり」
「お父ちゃん、またこの子がお漏らししたよ〜」
「パパ〜、お腹すいたよ〜〜」
アカリスのこの聖母のような行いはこの国を占領してしまった敵国の中でも話題となっていました。
しかしながら、満足な生活を子どもたちに与えられるわけでもなく。
アカリスたちは日に日に積もる空腹による腹の痛みに悩まされていました。
(くそう、このままではいよいよ子どもたちの中に餓死者が出かねない。
だが、闇市での盗みももう限界だ。
かといって食料を無心できる相手もいない)
アカリスは子どもたちの中で一番幼少の子の顔を振り返りました。
その子はまだ一歳で十分な食事を取れていないこの状況で
真っ先に死にそうな勢いで弱っていました。
本来ならばまだ授乳をするのが好ましい年齢。
それなのに離乳食を作ってやることもままならないのです。
(この子は……俺の子だ。ずっと……)
アカリスはその夜、子どもたちが寝静まった後、その一歳の赤ん坊を連れある場所に向かいました。
「着いた。ここならば……」
そこは井戸がある場所。
深さ何十メートルもある井戸。
この真っ暗な井戸の中には身投げしたり、捨てられた赤ん坊の遺体が山積みになっていたのです。
アカリスはその赤ん坊を井戸の上に持ち上げて言いました。
「なあ、お前は俺たちアカリスファミリーの一員だ。
飢えの苦しみも、喜びも、この一年間ずっと共有してきた家族だ。
俺たちは思い出繋がっている。
たとえその命が……無くなったとしても」
「オギャアアアアアアア」
(……すまない!!)
アカリスはそうしてその子を井戸に落としました。
井戸の中にその子の泣き声が吸い込まれてゆき、やがて消えてなくなりました。
「何……してるの。パパ……?」
「……えっ!?」
アカリスはそのとき初めて背後の気配に気づきました。
振り返ればそこには実の子供の一人ラアナがいるではありませんか。
「今、井戸に落としたのって……何?」
その凍りついたラアナのその顔は全てを悟っていることを示唆していました。
それでも父親にそれを問うのは自分が見たことを否定してほしい、そう訴えかけているようにも見えました。
「……ごめん。ごめんごめんごめんごめん!!!」
アカリスは泣きじゃくりながら娘の体に抱きつきました。
ラアナはそのまるで小さな子どものように自分にしがみつく父親の頭にそっと手を乗せました。
「大丈夫、お父さんが頑張っていることは知ってるよ」
"人は万人を愛することはできない。
愛することができるのは自分の目に入るものだけ。
もしその大事なものが抱えきれなくなったなら……視界に入れなければいい。
愛することと哀れむことは違う"
そしてそれから数日後、アカリスは最大の選択に迫られることになったのです。
「アカリスというのはお前か?」
この国を乗っ取ったとされる国の兵がアカリスを訪ねてやってきたのです。
「はい、私ですが」
アカリスはその兵の呼び出しに恐る恐る答えました。
彼の後ろにはその兵に怯える三十人もの子どもたち。
アカリスは出来る限りトラブルが起きないことに注意を払いながら、その要件というのを聞き出しました。
「お前にとって、いやお前ら家族にとって夢のような話だ。今ここで結論を出せっ」
兵はそうやって、その内容を話し出しました。
それはまさにビギナーズラック、願っても無い夢のような話でした。
新たに侵略することができた国の支配者、つまり事実上の王になってほしい、それが要件でした。
アカリスの新たな貧民街での統括力、それが上層部の人間の耳を傾けさせたというのです。
ただ……
「お前が連れて行けるのはお前の子供四人だけだ」
アカリスが連れていけるのは実の子供四人だけ、それが条件でした。
それは何故なのか、何度聞いても答えは返ってきませんでした。
七回目に聞いて返ってきたのは、嫌なら断ってもいいの一言です。
「お父さん、やめていかないで」
「パパ、ずっとここにいるよね」
「僕たちは家族だもんねぇ」
血の繋がりのない子どもたちがアカリスの手足にしがみついてきました。
まるで食料をくれと頼み込む乞食のように。
でも、アカリスは即答しました。
「その話……乗る。助かるのは……拾うのは俺の本当の家族だけでいい」
そこからはもう秋の日暮れようでした。
アカリスは国の王となり、富を築きました。
アカリスは決めたのです。
もう二度と息子たちにあんなひもじい思いはさせない。
もう救わない、自分の手が届かないものには二度と目を向けない、と。
(もう、何も救わない。だが自分の子どもたちだけは何よりも愛しい、何にとっても変わらない息子たちだけは、俺がこの手で……!!)
アカリスはその後、ほかの子どもたちがどうなったのか、詳しいことを知ることはありませんでした。
ただ定期的にやってくる使いによると、貧民街は閉鎖されたということだけがアカリスの耳に入ってきました。
アカリスは永遠の富とともに永遠の傷をその心にあったのでした。
そして今もその傷は鈍く痛み続けているのでした。
○
「これが、後にリリースライズ教を開くことになったアカリスの物語でございます。
長らくのご清聴ありがとうございます」
ゴビはそう言い、口を閉ざした。
アカリスは自分の生き様から今のリリースライズ教の教えを説いたという。
アカリスは自分がした善行によって国の王様になれた。
だが、多くの子どもが犠牲になった。
このことから自分がしたことには何倍もの報いがくる。
このことから我々は常日頃からこのことを心がけた行いをしなければならない。
(なんか、この話……今みたいな朝早くに聞くには重いし、リリースライズ教の教えとやらへの関連付けもなんだかこじつけくさいし、これを毎週聞いてるのか。大変だな)
もちろん口には出さないが、アルトはそう思った。
そして、天人の方をちらりと盗み見る。
どうやら大丈夫そうだ、体がゆらゆら揺れているだけで発作レベルではない。
どうやら大騒ぎを起こす心配は必要なさそうだ。
「早くおわんねーかな」
アルトは両手を頭に回し、足を組んだ。
今のアカリスのお話で過ぎた時間は十分程度。
正直もうお腹いっぱい。それがアルトの心境だった。
それはその後の時間の流れにも影響する。
アルトはとても長く感じた。
そこからお経のようなものをぶつぶつと唱えさせられて、歌詞が"リ"しかない賛美歌を発狂しそうになる気持ちを抑えながらも八分間歌いきった。
(こんなくだらないことしてるのかよこの国の輩は、毎週日曜にこんなことを……。これならカルロの奴の演説の時間といい勝負じゃね〜か)
そんなこんなで時間が過ぎていくうちにアルトのところに小さな箱が回されてきた。
上の真ん中に丸い穴が空いた立方体の箱。
「なんだこれ?」
アルトはそのなんの説明もなく(聞いてなかっただけだが)回ってきた箱になんとも言えない気味悪さを感じながらもその穴に手を突っ込んだ。
中から手のひらサイズの白い紙が出てくる。
"四十九番 十万ゴルベリ"
(はあっ? なんだこれ、十万ゴルベリ!?
くれるってか? 払えってか!?)
すると、全く意味がわからなずに首をかしげるアルトの頬を隣のデルタールは全てお見通しとばかりにねじりあげた。
「いっ、いてえっ! 何すんだよっ!?」
「こっちが聞きたいわよっ! ちゃんと話くらい聞いときなさい。ほら見なさいよ、この天人ちゃんの食べっぷり!!」
「なんだよ、それ!? 天人は別に何も……あれ?」
「あ〜、美味しいなあ」
天人はどこから持ってきたのかお茶碗に入れられた大量の白米を箸で口に頬張っていた。
それはいろんな意味で教会というものににふさわしくない光景だった。
「あいつ……なんであんなもの食ってんの?」
「あの子の紙には米十キログラムグラムって書いてあったの。つまり……」
デルタールは天人の足元に置かれた藁の米袋を指差した。
パンパンにコメが詰まっている。
つまり天人は米十キログラムを獲得したのだ。
「だから、天人は今米を食べまくってるのか。
ってゆーか……その米精米してないだろ!?
なんで食ってんだよ!!
しかもなんの差し支えもない風によお!!?」
「アルトちゃん、食欲は理性を超えるのよ」
「わけがわからねぇ……」
でもそれは本当のようだ。
天人は白米と思われた玄米を籾ごと芯ごと食っている。
人はもしかしたらその気になれば犬のクソだって食えるのかもしれない。
「つまりアルトちゃんはこれよ」
「デルタールがそう言うと、アルトの膝にパサリと札束が置かれた。
十万ゴルベリがその膝の上に。
「うわっ、すげぇ重いっ。膝が潰れそうだっ!!」
アルトはその膝に置かれた十枚のひらひらの紙に大興奮した。
今自分が手にしているのは一万ゴルベリ札、その事実がアルトの泥に沈んでいた心を一気に引き上げた。
「やべぇ、なんか涙が出てきそうだ」
しかしアルトがそうやって感極まっているのに対して、デルタールは申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、アルトちゃん。非常に言いにくいんだけどね」
「おうっ、なんだっ」
今なら何を言われても驚かない。
アルトはそんな気持ちでデルタールの言葉を待った。
「そのお金、倍以上にして返さないといけないわよ」
「……えっ?」
アルトは驚きで口が塞がった。
デルタールの説明が次から次へとアルトの耳に流れ込んでくる。
「あのね、アルトちゃんが貰ったお金や天人ちゃんのお米は"償承品"って言って後から倍以上に返さないといけないの。
天人ちゃんは米二十キロぐらむ、アルトちゃんは二十万ゴルベリってね。
なにしろ、リリースライズ教の教えに乗っ取っての行いだとか……」
アルトは崖から落とされた気分になった。
手元にあるお金が戦争の召集令状みたいに見えてくる。
隣でそれを聞いていた天人も口に入れた米をむせ返していた。
「それで……返せなかったらどうなるんだよ」
「それは……」
「はいみなさまっ!! 今から神使人による刑の執行が行われますっ!」
そのときゴビが放った声でアルトたちの会話が途切れた。
(なんだ、処刑? どういうことだよ)
そして祭壇の前に手足を縄で縛られた四人男女が連れてこられた。
その四人は年齢がバラバラだ。
でも皆うつろな表情をしている。
その四人を悪い例としてさらけ出すかのようにゴビは続けた。
「この人たちは皆、償承品を返せなかったものたちです。
今から神の使い、神使人によって裁かれます」
その光景を見てデルタールはポツリと言った。
「ああ、なるのよ。返せなかったら」
「……まじかよ」
そうしてその神使人というのが現れた。
「皆、こんな日曜の朝にきてくれてありがとうな、俺が今日こいつらに天誅をくだす"キュラ"やっ!
よろしくなっ」
キュラという男が祭壇の前に現れた。
特にムチや縄を持っていんわけではなく手ぶらに見える。
「あいつはキュラ。カリスの部下で"ダイヤ"の称号を持つもの。
その正体はカリスの実の息子よ」
「あいつが……カリスの息子……?」
その見た目から年齢は三十代だとアルトは推測した。
もう可愛い子どもではやっていけない年頃だ。
「今から刑を執行するって……一体どうなるの……?」
天人は目を大きく見開きながら言った。
その目が血走っているのが見える。
天人は揺れ動く感情を抑え込んでいた。
「なんの凶器も持たないで手を下す方法、それはあなたたちがよく知っているはずよ」
デルタールはそう言って頭を抱えた。
そして瞬時に天人とアルトはその意味を理解した。
「「それってまさかっ」」
再びそのキュラという男に目を向けたとき、二人はその男が手に何かをかざすのを見た。
「「ダリュウズ・アイ……!!」」
キュラの左目は黄土色になり、その脇下から指先にかけてコウモリのような羽が出現した。
口の両端からは鋭く長い尖った歯が顎の上あたりまで伸びている。
「約束。それは絶対に破ったらあかんことや。
破ったら、それは人間関係も崩れてしまう。
一度破った紙が元に戻るか、戻らへんやろ?
人間関係も同じや、みんなもきいつけや。
ところでこの四人は神との約束を破ったんや、こらあかん」
キュラは歯を光らせながらその手足を縛られているうちの一人、比較的若い女性に近づいた。
神使人による処刑が行われようとしていた。




