30話 アマネ・クリメタ
「このジジイッ、死ぬまで脳天叩き割ってやろうかいっっっ!!」
「ひいいいいいっっっ」
「ちょっ、おばさん落ち着けって」
今度はアマネが虫の息のおじさんの息の根を止めようと、包丁片手に飛び出てくる。
アルトはアマネを止めようと、おじさんの前に出た。
だが、その包丁がアルトの肩に突き刺さる。
「イッデェェェェェ!!!」
「はっ……ばっ、このバカ助っっ! 何飛び出してきてんだいっ!?」
アルトを刺して正気に戻ったアマネはそのまま倒れそうになるアルトを抱き抱える。
店から吹っ飛ばされて来たおじさんはその隙に顔の血を拭いながら、大急ぎで逃げ出す。
それも眼中に入れずアマネはさぞ取り乱した様子でアルトを店の中に入れ込んだ。
店に入ると、その肩を紅に染めたアルトに天人は葉をがたつかせた。
「あっ、アルトッ! 何でそんなことにっっ!!」
天人が血を流しながらアマネに抱えるアルトに血相を変えて叫んだ。
それにアマネは申し訳なさそうな顔で答える。
「私が悪いんだよ、客に手を出そうとしたあたしをこの子が止めようとして……本当にすまないよ」
アマネが尻尾を引かれた猿のごとく消沈する。
アマネは血を流すアルトを店の厨房に連れて行き、壁にもたれこまさせた。
アルトはうめきながら、右肩をおさえる。
よほど深く刺さったのか流血が止まらない。
アマネは横でおどおどしている天人に言った。
「あんた……たしか"ユニコーン"のダリュウズ・アイを持っていたね?」
「あっ、はい。持ってますけども……」
「取って来なっ!!」
「はっ、はいっ!」
さっきよりもけたたましい声をあげるアマネに天人は考えるよりも先に体が動いた。
なによりアルトの容体は一刻を争う。
天人は急いでその二つのダリュウズ・アイを持ってきた。
「よしっ、今からこの子を治すよ」
アマネは二つの眼を自身の目にかざした。
アマネの姿が変化を遂げてゆく。
それを見た天人は何から突っ込めばいいのかわからなかった。
(そっ、そんな。アマネさんが統術師? しかも、両眼使い?
それに……これが両眼の力を発動させた"ユニコーン"の姿……)
天人はその美しき姿に自然とさっきまで乱れていた心が浄化されてゆくのを感じた。
''ユニコーン"の両眼を取り入れたアマネ、その姿はまさにこの世界で幻獣とし、語り継がれるユニコーンそのものだった。
洗練された鋭敏なツノ。
頭部に炎のようにそびえるタテガミ。
今すぐ姫を城へと誘う方がよっぽど望ましい美馬が油くさい厨房の中に爆誕した。
「さあ、いくよ」
アマネがそのツノをアルトの額にかざす。
ああ、この美馬から放たれる声がこんなおばさん声じゃなければどんなにいいだろう。
天人はそんなことを思いながら、みるみるうちに完治するアルトを見守った。
「うぅ……俺寝てたのか、なんか気分がいいや」
天人は怪我をする前よりも清々しい顔つきで目を覚ました。
それを見て息をつくと、アマネは自分の目から眼を取り出した。
天人は回復したアルトに喜ぶのもさることながら、今度は両眼を使用したにも関わらずけろりとしているアマネな恐る恐る声をかけた。
「あの〜、両眼を使ったのに全然辛くないんですか?」
それに対し、アマネはボ〜ッとしていたのか気が抜けていたのか曖昧な笑みを浮かべながら返事をする。
「えっ、ああ。この通り私は元気だよ」
「そうですか。でもなんで両眼を……」
「そんなことよりも……!!」
アルトが天人の発した言葉を遮る。
アルトは不服そうな顔でアマネに詰め寄った。
「なんで店から急に血だらけのおっさんが飛び出してきたんだよ?」
「すまないね。私の過失だ……」
「だからっっ」
「アルト、僕が話すよ」
天人はそう言って詰め寄るアルトをなだめた。
アルトは天人の申し出にアマネの口から真相が聞けないのを不満そうにしながらも部屋の奥で天人からその詳細を聞いた。
ーーーーー
つまるところ、アマネは客の別の客に対する発言に対してキレて、さっきの凶行に至った。
その発言というのがタウンPDから来た客に対する富裕層であるさっきのおじさんのものだったらしい。
"おうおう、首輪をつけたゴミが店の中にいるなぁ。
俺がお掃除してやろう"
そう言うと、おじさんはさも当たり前のようにその客のテーブルを蹴り上げた。
その勢いでテーブルに置かれた熱いコーヒーは宙を舞い、そのテーブルの幼い赤ん坊を抱えた母親にふりかかった。
"ハハッ、いい気味だ。お前たちは生まれたときからゴミなんだよっ。もうタウンPDから出てくるなっ"
熱湯が降りかかり火傷をした赤ん坊を懸命にあやす母親におじさんはそう言ったらしい。
それを見たアマネはそのおじさんの耳に口を近づけそう叫んだ。
"何言ってるんだい、あんたは!!
いいかいっ、人という存在に差異などあるはずがないのさっ!!
同じヒトとして生まれたんだからっ!!
あんたの方がよっぽどゴミ人間だよっ!!!"
そういうが早く、アマネは持っていた拳でおじさんの顔をぶん殴った。
そしてそのおじさんが店の外へと飛ばされたのだ。
「パップパブンはタウンPD出身の人が気兼ねなく出入りできる存在だったんだって。
それでもって普通のお客さんも入れる。
アマネさんは偏見なく皆が同一の人間としていられる場を作ってだんだ。
それに大きな水を差したあの男が許せなかったんだよ。
アルトは気の毒だったけどさ」
天人がそうやってアルトの背中をポンポン叩くとアルトはそれを払いのけた。
どうやら別のことに腹を立てているらしい。
さっきから手に持った紙切れを強く握りしめている。
天人はそれをもう大丈夫だととり、会話を転換させた。
「ところで……アルトを助けたのはアマネさんなんだ。
アマネさんが"ユニコーン"の両眼を使ってアルトの傷を治したんだ……」
「……えっ?」
アルトは突然投げ込まれてきた事実に耳を疑った。
それは思わず天人につかみかかるほどだ。
「それ……本当かよ。
だったらなんであのアマネっておばさん、国の戦力として召集されてないんだよ」
「さあ、僕らがいた国とは違うからそれはなんとも。
それよりもなんでそんな鍛えないと手に入れない、両眼を操る力をアマネさんが持っているか、それが疑問なんだ」
「そうだよなぁ。独学で取得したとは考えにくいもんな。
そうだ……あのおばさんに直接っ」
「それはやめてあげて欲しいの」
天人とアルトはビクッとしてドアの方を見る。
そこにはいつから立っていたのかデルタールがいた。
今朝と比べて異様に肌がプルプルしている。
デルタールは他の部屋に聞こえないように静かな声で二人に言った。
「アマネさんのことについて、あなたたちが気になっていることは話すからちょっと市場までおつかいを頼まれて欲しいの」
「えっ、なんで? 店はどうなるの?」
「臨時休業よ。さっきのこともあったし、アマネさん一人になりたいそうなのよ。
頼まれてくれるわよね」
そういうことならと天人とアルトは首を縦に振った。
デルタールはありがとうと言うと、アマネのことについて話し始めた。
ーーーーー
数分後、天人とアルトは初めてワイアラ王国に来た時に立ち寄った市場を訪れていた。
「アマネ・クリメタ……またこの国の軍人で統術師としてこの国のために戦っていた。
が、この国の統治権をカリスが握るとともに突如辞任。
今は喫茶店パップパブンを営む店長か……」
アルトが小銭をジャラジャラとポケットの中でかき混ぜながら呟く。
デルタールから聞いたアマネの過去に二人は驚いた。
そしてアマネが今の店を開いた根幹を知った。
「今までも国の富裕層とそうじゃない人たちでの社会的格差はあったらしいけど、口に出す人はほとんどいなかったんだね。
それがカリスがこの国に来てから国の体制がガラッと変わって……」
「さっきのおっさんみたいなのが時々沸いてくる訳か」
要するに人同士が見下しあっているわけだ。
ユーランド王国、グリジアルス王国と国を見てきた二人だが、国そのものがこういった差別を推奨しているケースは前代未聞だった。
天人は目を凝らすと周りにあるもののほとんどがその国の方針に基づいていることに気づいた。
同じ商品でも人によって見るべきものが変わる値札、
首輪をつけて歩く人々、財布を拾ったのにそれに対する施しがされるのを無視される人々(これはリリースライズ教の教えとやらに引っかかりそうだが)。
他にも簡単に足をかけられたり、恐喝されたり、殴られたり、首輪をつける人々は皆心身ともに廃れ果てた表情を浮かべている。
「こんなに簡単に人を貶めていいのかな。なんで……昔は仲良くしてたんじゃなかったの?」
天人は思ってたことが不意に口から出ていた。
でも隣のアルトは気づかない。
きっと元王族という立場もあり、どこかで言い表しがたい罪悪感を感じているのかもしれない。
天人はアルトがブレーキをかけなかったことでその感傷にどんどん浸っていった。
(僕が訓練所にいた時もそうだった。
同じ年齢、同じ仲間の中で傷をつける者とつけられる者ができていた。
束の間の優越感に浸るために他人を傷つける。
麻薬みたいなものだ。
その快感を味わおうとどんどんそれを繰り返し、エスカレートしていく。
そして麻薬に溺れた本人は気づかない。
どれだけの犠牲が今の自分の下に沈んでるのか。
ちょっとしたはずみで人と人はねじれあい、もう元には戻れなくなる。
あの頃は……僕は何を考えてたんだろう)
天人はふと訓練所での同期であったマルの顔が思い浮かんだ。
憎たらしい人の形をした肉まん。
それが今では懐かしくさえ感ぜられる。
それくらい天人はユーランド王国を出て広い視野を持つことができた。
(もしこの国の人たちが麻薬に溺れてるのだとしたら、その麻薬を売っているのはカリスだ。
一体どんな人なんだろう。
でも……考えるまでもないか)
天人の中のカリスは人の皮を被った悪魔だった。
人のふりをして人を悪の道へと誘う。
そうしてできた肥やしをその悪魔がすすっている。
「おい、天人っ!? 何してんだよっ、早く行くぞっ」
アルトの急かす声が聞こえる。
いつのまにか天人は道の真ん中で立ち止まっていた。
その拍子抜けしてるアルトの顔を見ると、自分が深く考え込んできたことが恥ずかしくなる。
「うっ、うん。わかった。買うのは確かコーヒー豆だったよね」
天人は駆け出した。
いったい今の時間がどれくらい続くのだろう。
今アルトといる時間、天人はそれが唐突にかけがえのないものに思えてきた。
もし、アルトと自分がねじれあってしまったら、自分たちはもう今のようにはいられないのか。
そして今自分とアルトはそもそも、ねじれるのを心配できるほどの関係なのか。
踏み入れた足先から、心がどんどん沈んでいく。
天人は息ができないような苦しみに襲われた。
「って、何してんだよ!? 早くしね〜と、元気になったあのおばさんにまたどやされるぞっ」
アルトがまた立ち尽くし始めた天人の尻に思いっきり蹴りを入れた。
そのとき天人は沈んでいた沼から助け出された気がした。
「あっ……ごめんっ。そうだね、行こう」
そうやって二人は買い物をすませ、パップパブンへと戻った。
ーーーーー
「ごめんね〜、アマネさん。ついさっき酔いつぶれて寝ちゃったみたいなのよ〜。
だ〜か〜ら、私があなたたちの晩のおかず、作ってあ〜げ〜るっ」
「「いえ、結構です」」
天人とアルトを出迎えたのはアマネのヤケ酒に付き合わされたのか酔いつぶれて今にも人格崩壊を引き起こしそうなデルタールだった。
いや、これが平常運転か。
デルタールはふい〜〜と酒ぐさい息を吐き出すと、突然その体を硬直させた。
「あれっ、どうしたのデルタールさんっ?」
天人は心配しながらただ床の一点を見つめるデルタールの顔を覗き込んだ。
「ウボォエエエエエエエエエエエエ」
「うわぁああああああああああああっっっ!!!」
突如デルタールの口から溜まりに溜まった汚物が吐き出される。
天人はそのゲロ爆弾をモロに顔に食らってしまった。
危うくそのまま失神してしまいそうになる。
「ああ〜、ごめんごめん。ちょっと吐いたら酔いがさめたわ。買い物ご苦労様っ」
デルタールは憑き物が除霊された人みたいにすっきりとした顔で言った。
その憑き物が移ってしまった天人はその場に倒れこむ。
店の中の辺り一面、ゲロの海だった。
「あらっ、ちょっと天人ちゃん、疲れちゃってるみたい。
このままほっておこうかしら」
「……おうっ」
一刻も早く悪臭漂うその場から離れたいアルトは天人を見殺しにすることを選んだ。
そして寝室に向かう途中、デルタールは思い出したように言った。
「あっ、そうそう。明日私たち出かけなきゃいけないわよ」
「はっ、どこへ?」
「リリース教会」
「どこ、それ」
「まあ、教会みたいなものよ。リリースライズ教のね」
その宗教名を聞いたとき、アルトは今さっき抑え込んでいた不快感に襲われた。
リリースライズ教、またその名が出てきた。




