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29話 バイト




「兄ちゃん、こっちの注文まだ来てないよ」


「あんちゃん、早くこの皿下げてくれねーか」


「水っ」


「すっ、すみませんっ。暫しお待ちくださいっ!」


天人はパップパブンでウェイターとして働いていた。

あまり広くない店の中で客からの注文が木枯らしのように吹き荒れる。

天人はその対応にテンテコ舞いだった。


(うわ〜、これじゃ体がいくつあっても足りないよ。

それになんだよ、水って。居酒屋じゃないんだし……)


猫の手も借りたいとはまさにこのこと。

客の需要に対して、供給が間に合っていない。

いや、つまようじちょうだいとか、知るかそんなものっていう注文が多すぎる。


(やっぱりきつい……こんなの何日も続くのかな……)


天人がこのパップパブンで働いている理由、それは数時間前に遡る。



*ー*ー*ー*ー*



「はあっ!? 三日!? 三日のうちに出て行かないとならね〜のか?」


「はいはいそうだよっ、あんたらみたいなショタには興味ないんだよっ。

しっかりと荷物まとめとくことだね」


アルトはパップパブンに来て初めの日の昼、快眠快眠と店の中に降りてきた。

そこで天人に聞かせた悲報をアマネがアルトにも伝えたのだ。


「でっ、でもさっ。さっきまで死んだように似ていたんだぜ、俺は。もう少し……」


「おだまりっ! 三日といっても十分な方じゃないかっ、それにこんな国に長居しても仕方ないよっ!?

あとあんたあまり騒ぐなっ!」


既にそこには来店してきた客が数名いた。

皆が店長に一丁前な口を利くがきんちょに視線をよせている。


「おっ、お〜い、アルトッ」


アルトが起きてきたのを見つけた天人は直ぐにその手を引いて、店の奥の厨房に押しやった。


「駄目だろっ、アマネさんにあんな口聞いたら。

これから色々お世話になるのに」


「駄目だろって、そりゃあ…………って、お前こそなんだよっ、その服っ!?」


アルトは天人の服に目をやった。

アマネが着ていたのと同じ服を着ている。

もちろん男性用ではあるが。


「ここで働くことになったんだよ、アマネさんに頼みこんだらなんとか金が貯まるまではって。

部屋もさっきアルトが寝ていた寝室を僕とアルトで使わせてくれるって。

給料はヒラッヒラらしいけどね」


「ったく、安上がりの臨時店員として落とし込まれたんじゃね〜のか? 分かった、頑張れ、俺は寝る」


「なっ、何言ってるんだよ、アルトも働くんだよ」


天人は隅に置いてあったアルト用の制服を指差した。

その馬鹿げた制服にアルトは目を丸める。


「はっ、なんだこの服!? こんなの着てどうやって客の注文取ったりするんだよっ!」


「アマネさんがアルトのいかつい寝顔見て、これは接客は無理だって。だからこれを着て店先で客の呼び込みを……」


「いやいやいや、それもっとスマイルとか大事だろ」


「これを着れば関係ないよ」


「嫌、絶対に嫌だ。そんなの着るぐらいなら俺はここから出て行く!!」


「めんどくさいなぁ、いいから着てみてよ」


「ちょっ、お前、天人やめっ。やめろ〜〜!!」


こうして天人はウェイター、アルトは客の呼び込み要員としてパップパブンに雇い入れてもらうことになった。



ー*ー*ー*ー*ー



(とりあえず、席は埋まったし……)


「おいっ、何やってるんだい。暇なうちにちゃっちゃと皿洗い済ませちゃいなっ」


(それはウェイターの仕事じゃないよ)


天人は店長であるアマネに逆らうわけにもいかず皿洗いを始める。

なんやかんや天人たちを置いてくれて、優しい人のはずなのだが、アマネの人使いっぷりは、ちょうどスクールカーストのトップがやる、パシリの扱いよりもひどかった。

息をするようにアマネの口から次々と注文が飛ぶ。

もしかしたら客の注文よりもアマネの注文の方が多いかもしれない。


「天人ちゃん、そんな浮かない顔してたら接客に差し支えるわよ」


「デルタール……さ……おゔぇっっっ!!?」


喫茶店で出てはいけないモノが天人の口から出てしまう。

目が焼け焦げるような痛みが天人の五感を一時奪う。

いつか体験した気色悪い感覚が内発する。


「何……その格好?」


「ふふっ、昔私が着ていた制服よ。どう? 多少歳食っててもにあうでしょ」


(ずっと居座る客を追い出すのには適性かも……)


デルタールは平たく言えばミツネコのコスプレをしていた。

ただやたら露出が多い。

全体的にクリーム色っぽいのに、胸を強調するようなピンクのバンドが胸部についていて、脚はほぼ露出状態。

なけなしの網タイツが足を覆っている。

それが美脚ならいいものの、網の間から垣間見えるのは食事中には絶対に見たくないすね毛だらけのオッさんの足だった。

しかも、デルタールがやたらその足を強調しようと、足を頭のところまで上げながら歩くからたまらない。


「よぉ、デルタールちゃん。久しぶりに会えて嬉しいよ〜、俺のココがさむくってさぁ〜」


蓼食う虫も好き好き。イタイおじさんに惹かれるイタイおじさんもいるようだ。

一人の中年の男らしい客がコーヒーを運ぶデルタールの尻を愛撫する。

そしてそのとき天人の中に溜まっていたものが張ちきれた。


「うっ、うぐぅ……ウボエエエエエエッッ!!!」


「うわぁ、このガキ吐きやがったあ!!」


「うぇっ、きったねえええええっっっ」


「ちょっ、ちょっとあんた何してるんだいっ!?

こっち来なっっ!!」


口からキラキラの結晶を吐き出す天人をアマネが厨房へと押し込む。

そして混乱する店内はデルタールに一任されることになった。


「デルタールちゃ〜ん、もっと腰振ってよ〜〜」


「ほらほらほら〜、君の腰の振りに呼応して、僕の財布も緩んじゃうよ〜」


デルタールに支配されたパップパブンはもはや清楚な喫茶店ではなかった。

オカマとおかまフェチによる半キャバクラバーと化していた。


「さぁ、さぁ、さぁっ! 皆さん一緒に腰を振りましょ〜」


デルタールが腰を振るごとに客から金が落ちる。

まさに生きた福小槌だ。

挙げ句の果てに皆が全裸になり、踊り出す。


この日、パップパブンは過去最大の収益だったという。



ーーーーー



「ったく、あんたはああいう過激な演出が苦手なんだね〜。これだから、ひよっこローティーンは……」


「すみません。でもここカフェですよね。あれじゃキャバクラか何かですよ」


「馬鹿っ、あたしがいつもあんなどんちゃん騒ぎ、許すと思うかいっ?

今日は特別だよ。なにしろデルタールが帰ってきたことで

大喜びの客が沢山いたからね〜、ったくみんな人がいいよ」


厨房の椅子に天人を座らせコップの水を飲ませると、アマネはその向かいの椅子に座りしみじみと言った。

今日集まっている人たちはほとんどがデルタールのファンだ。中年のおっさんばかり。

おかげで子連れの親子などの一般客はすっかりその空気に怯えている。


(そうなのか。デルタールさん、ちゃんと居場所があったんじゃないか。

それなのに……この国を捨てたのか……)


天人はデルタールの胸中が分からなかった。

今この店で働くデルタールのその姿には一切の負の感情が見えない。

そう考え込む天人にアマネが切り込んだ。


「さぁ、どうするんだい。まさかこのまま休むなんてことはないだろうね〜。

そんな猫の手にもならないヘナチョコには少しでもこの店に居座った宿賃として有り金全部溶かして出て行ってもらうよ。

どうせ一文無しなんだろうけどね〜?」


アマネが黒い顔に意地が悪いニヤつきを浮かべる。

その不味いクロワッサンみたいな顔に天人は口に含んだ水を吹き出しそうになる。

でも返す言葉は無論決まっていた。


「勿論そんなこと言いませんよ。人から受けた恩にはそれ以上の施しをもって答える。

それがこの国の人たちの考えなんでしょう?」


天人がアマネに笑って返す。

アマネはそれにニッと口角を広げてた。

でも、目は笑っていない。

アマネは天人のコップを取り上げる。

そして残っている水を天人の膝に垂れ流した。


「ちゅっ、ちゅべたっ!?」


天人はさっきまで気持ちよく口に含んでいた冷たい水が突然、自分の膝にかかってきて飛び上がった。

アマネはそのコップを流し台に放り込むと椅子から立ち上がった。

その目は不機嫌そのものだ。


「なんかませていいこと言い出すなと思ったら、リリースライズ教かいっ。

二度とその教えをあたしの前で口にするんじゃないよっ、あんたはリリリリリーでの地獄を身をもって目の当たりににしたんじゃなかったのかいっ!!

もういい、さっさと仕事場に戻りなっ」


「えっ、ちょっとアマネさんっ」


天人が声をかけたときにはもうアマネは鉄板で何かジュ〜ジュ〜と調理し始め、天人の声など全く耳に入らない状態だった。

あるいは意図的にそうしたのかもしれない。


(そうか、リリリリリーはリリースライズ教に直結してるんだ。それにしても、アマネさんはこの教えを嫌っているなんて……」


天人としてもこのリリースライズ教の教えを乱用する者たちが市場やリリリリリーでいたのを、いけすかないとは思っていた。

でもアマネがその宗教自体を憎んでいるとは思わなかった。

教え自体はさっきの反応から、天人と同じように悪くないと思っているようだが。


(とりあえず今はお仕事しないと。アマネさんと話すのは二の次かな)


天人は客がいる店内に戻った。


「何……これ……」


そこはまさに嵐が通り過ぎた後だった。

酔いつぶれた男たちが泥のように床に倒れ込み、訳の分からない汁やシミがあちこちに転がっている。

おまけにいくつかのテーブルには萎びたティッシュの山ができている。

天人はそれをつまみ、すぐに投げ捨てる。

なんだかイカ臭い。


その惨劇の後の焼け野原にデルタールはしぶとく生き残っている小太りのおじさんの相手をしていた。


「デルタールちゃん、俺もう限界だよ〜〜」


「んもう、しょうがないわね〜」


デルタールは立ち尽くす天人には気づかない様子でそのおじさんに肩を貸しながら、その店内にある奥にあるのとは別のドアを開けた。


「さあさあ、入りましょっ、お、じ、さ、まっ!!」


デルタールがボンっと尻を突き出しよれよれのおじさんをその部屋の中に押し込む。

そしてそれに続いてデルタールが中に飛び込む。

ガチャリとドアの鍵が閉まった。


(えっ、なになに、どうなったの? 何この部屋、なにしてるのっ!? デルタールさんっ!?

今のおじさん半分ねてたよね!?

状況読めてなかったよね!?)


天人はドアに耳を押しつけた。

そこからは耳にナメクジでも入れられたかのようなヌメヌメとした空気と淡い声がつたわってくる。

天人は身震いし、そこから耳を離した。

そのドアの上を見ると、この部屋の名前律儀にも丁寧な字でが書いてある。


「リフトルーム……開けないでおこう」


一々驚いていてはキリが無い。

働くとはきっとこんな苦労の積み重ねなのだろう。

天人は廊下に散らばってるおじさんをほうきで吐き出し、また店内に入ってくる新しいお客様たちを店の中に案内した。


ふしだらなおじさんおことわり。





「ったく、なんで俺がこんなことしないといけないんだよ」


アルトは店先のちゃっちい椅子に桃色のウサギの着ぐるみを着て座っていた。

強い日光が差す炎天下の中で臭くて分厚い着ぐるみを着せられるのは一種の拷問に近い。

しかも着ぐるみの穴が空いているのは外の景色を見るための両目の部分とウサギの口の部分だけなので息も苦しい。

しかも若干湿ってる。


(気分悪っ……)


椅子に座ってるだけで汗が滲み出る。

なるほど、この着ぐるみの異様な悪臭は歴代の人間の肉汁らしい。


(どうりで生々しい臭いがすると思ったぜ。あ〜あ、こんなさびたウサギで客が寄ってくるのかよ)


店の前に泰然と居座るウサギを不気味がる者もいれば、指をさして嘲笑する者もいる。

要するに可愛いとは思っていない。


中にはそのウサギの中から目を覗かせるアルトを不憫に思い、何も言わず金を置いていく者もいる。

これではタチの悪いホームレス状態だ。


(っくそ、なめやがって。鼻にかけるつもりはないが、俺は元王族だぞっ。

そんな態度をとって……)


「わあ〜、ウサギさんだ〜〜!!」


「えっ……」


母親に連れられた幼い三歳ぐらいの少女がアルトに手を振りながら寄ってきた。

その身なりから高貴な身分であることが読み取れる。

なにより、首輪をしていない。

正真正銘、リリリリリーにいたブルジョワたちと同じ部類の人間だ。


「ねぇねぇ、飴ちゃんちょ〜だいっ」


その少女がアルトの右手にぶら下がっているバスケットをさした。

アルトの口からため息がこぼれる。


(あ〜あ、いい身分して物乞いか。

将来が心配だな、この子は)


アルトがバスケットの中から飴玉を取り出し、少女に握らせる。

すると少女は両手をバタつかせハシャギ出した。


「ありがとうっ、ウサギさんっ。わたしっ、将来はウサギさんのお嫁さんになるねっ」


愛らしい表情を少女が浮かべる。

前言撤回、この子は将来いいお嫁さんになる。

アルトはそう確信した。

不覚にもその健気さにアルトもほっこりとする。

だが、その母親から出た一言がアルトを震撼させた。


「どこがいいの、そんな奴」


(…………はっ?)


一瞬何を言われてるのかアルトは分からなかった。

しかしその母親は娘に催眠術でもかけるように辛辣な言葉をかけ続ける。


「いい、こんな仕事をしてるのはろくな人がいないの。

男は年収三百万を超えてやっと猿。

五百万を超えて人並み。

一千万を超えてやっと女が寄ってくるのよ。

なのに見なさいっ、このゴキブリっ!!

こんな凌ぎ仕事してる人のお嫁さんになるなんて、口が裂けても言ってはダメッッ!!

ゾッとするわ!!!」


けんまくする母親が娘のほっぺをつねる。

そしてその少女は涙目になりながら懐から紙とペンを取り出し、なにかを書き殴った。

そしてそのまんまの勢いでそれをアルトに突き出す。


「ごめんっ、ごめんねっ、ウサギちゃんっ」


それを手渡すと少女は泣きながら母親とともにその場から去っていった。

話に取り残されたアルトは訝しげにその手渡された紙に目をやる。

そこにはこう書かれていた。


"一万ゴルベリ"


なんだ、かわいいところあるじゃないかとアルトはそれを仕舞う。

だが、アルトはハッと気づき、もう一度その紙を見た。


(小切手……つまり本物の金。

なんか……惨め……。

前言撤回。可愛くないガキ……)


その瞬間、アルトは無残にもその小切手にプライドを打ち砕かれた。

王族としてのアルトはもう死んだんじゃないだろうか。

とりあえずは瀕死状態だ。

アルトの目から涙が出てくる。

もしかしたらこの着ぐるみの妙な湿っぽさは汗のせいだけじゃないのかもしれない。


(なんか……俺このまま死ぬんじゃないかな……)


そう心も体も萎縮しきったとき、突如店から何がが飛び出してきた。


(こいつっっ、さっき入ってきた客!?)


アルトの目に飛び込んできたのは顔を赤い血に染めたおっさんの姿だった。

気の毒に、せっかく口に入れた飲み物も全部出してしまったんだろう。

口と股から何かを吐き出したようなあとが見える。


「ふざけんじゃないよっ!?

あんたなんかもう二度とこの店の敷居をまたぐなっっっ!!」


続いて乱心したアマネの黄色い声が聞こえてくる。

怒りのあまり声が裏返っている。


(なんなんだよ、全く……)


アルトは着ぐるみの頭を外し、汗を拭いながらそのおっさんを解放しようと駆け寄った。

その時、それを見たさっきの少女が悲鳴をあげた。


「キャアアアアッッ!! ウサギさんの頭がもげたーー!」


「ねっ、言ったでしょ。仕事のできない男はダ〜メッ!」




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